第十五話 「世界信用管理機構《エレボス》」
会議室から、
音が消えた。
誰も動けない。
空間中央へ展開された巨大契約陣。
黒色。
脈動する無数の契約文字。
そして中央には、
帝国監査局の紋章。
秤と鎖。
それが意味するものを、
全員理解していた。
「……嘘だろ」
ルークが掠れた声を漏らす。
帝国監査局。
世界最大監査機関。
国家すら査定する絶対組織。
その監査局が。
世界信用支配計画の中核にいる。
「《エレボス》……」
セリスが静かに呟く。
彼女の顔から、
完全に感情が消えていた。
レオンは投影された契約構造を見つめている。
視える。
世界中へ伸びる契約線。
国家。
銀行。
財閥。
宗教。
軍事。
全てが、
一つの巨大契約へ接続されている。
世界信用管理機構。
それは単なる金融機関ではない。
世界そのものを管理する契約体。
「……帝国は」
レオンが低く呟く。
「最初からこれを作るために、
恐慌を起こしていたのか」
カインが頷く。
「黒月恐慌は実験だった」
「国家を破綻させれば、
人間は信用へ縋る」
空間の温度が下がる。
「だから帝国は作った」
カインの声が響く。
「国家を超える、
唯一絶対の信用管理体制を」
ヴァルディスが苦しそうに目を閉じる。
「……《エレボス》計画」
老人は知っていた。
その反応だけで十分だった。
ルークが信じられない顔をする。
「総監……
知ってたんですか」
ヴァルディスは沈黙する。
数秒後。
老人は静かに言った。
「存在だけはな」
「だが、
ここまで進行しているとは思わなかった」
カインが冷笑する。
「監査局はいつもそうだ」
「“知らなかった”で済ませる」
「カイン!」
セリスが鋭く制止する。
だが男は止まらない。
「世界を監査する?」
「笑わせるな」
「監査局自身が、
世界最大の腐敗じゃないか」
その瞬間。
レオンの視界が激しく揺れた。
信用視。
《エレボス》契約陣の最深部。
そこに、
異常なものがある。
(……人間じゃない?)
契約構造が異質だ。
国家でもない。
財閥でもない。
まるで。
“信用そのもの”が意志を持っている。
「レオン?」
セリスが異変に気付く。
レオンはゆっくり前へ出た。
黒い契約核を見つめる。
そして。
理解してしまう。
「……これ、
生きてる」
全員が凍りつく。
「何?」
ルークが聞き返す。
レオンの額に汗が流れる。
「《エレボス》はただのシステムじゃない」
「超大型契約生命体だ」
沈黙。
理解不能な話だった。
だが。
レオンには視えている。
世界中から吸い上げられた信用。
契約。
恐怖。
依存。
それら全てが、
一つの巨大存在を形成している。
カインが静かに言った。
「ようやく見えたか」
「アルヴェインだけなんだよ」
「《エレボス》の本当の姿を視認できるのは」
ヴァルディスが険しい顔で問う。
「目的は何だ」
カインは答える。
「完全信用統一」
「全国家を破綻させ、
世界を単一契約へ統合する」
つまり。
世界政府。
いや。
もっと酷い。
“信用だけの世界”。
国家も、
自由市場も、
個人資産も消える。
全てが《エレボス》へ管理される。
「狂ってる……」
ルークの声が震える。
だが。
世界信用図は既に赤く染まり続けている。
東方聖導院崩壊。
灰鉄諸侯領市場停止。
自由都市同盟信用低下。
始まっている。
もう止まっていない。
「……監査対象を確認した」
レオンが静かに言った。
全員の視線が向く。
レオンの瞳には、
巨大な黒い契約核が映っている。
世界を喰らう怪物。
《エレボス》。
ならば。
やることは一つだ。
レオンはゆっくり監査印を握る。
赤黒い監査光が、
会議室全域へ広がっていく。
その瞬間。
《エレボス》契約陣が脈動した。
まるで、
こちらへ反応するように。
レオンは静かに宣言する。
「これより」
空気が凍る。
「世界信用管理機構への監査を開始する」




