第十四話 「第二次黒月恐慌」
帝国中央監査塔。
世界信用図が赤く染まり始めていた。
《東方聖導院共和国》
《国家信用率 41%》
《自由都市同盟》
《市場保証低下》
《灰鉄諸侯領》
《軍事契約暴騰》
警報が止まらない。
監査官達が通路を走り、
各監査室で怒号が飛び交っている。
世界経済が、
音を立てて崩れ始めていた。
「資金移動量が異常です!」
「帝国側へ世界資産が集中してる!」
「国家間保証が消えていく!」
ルークの端末にも、
無数の赤文字が流れ続ける。
「……これ、
本当に恐慌だぞ」
彼の声は震えていた。
レオンは巨大信用図を見つめている。
視える。
世界中の契約線。
その全てが、
一つの巨大構造へ収束していた。
帝国中央信用議会。
七大財閥。
世界金融中枢。
そこが意図的に、
市場流動性を吸い上げている。
「資金回収だ」
レオンが静かに言った。
全員の視線が集まる。
「各国市場から信用を引き剥がしてる」
「国家を干上がらせる気だ」
ヴァルディスが目を閉じる。
「四十年前と同じ手法か……」
カインが冷笑する。
「いや」
「今回はもっと酷い」
男は信用図を見上げた。
「前回は世界恐慌だった」
「だが今回は違う」
「帝国は最初から、
世界統一信用体制を作るつもりだ」
ルークが顔を引きつらせる。
「統一信用体制……?」
「全国家債務化」
カインは淡々と答える。
「各国を破綻させる」
「帝国財閥が救済する」
「結果、
全国家が帝国信用へ従属する」
室内が静まり返る。
つまり。
世界そのものを、
帝国金融網へ組み込む。
国家を消し、
信用だけの世界を作る。
「狂ってる……」
ルークが掠れ声で呟く。
だが。
レオンには分かっていた。
帝国ならやる。
既に契約構造が動いている。
これは陰謀ではない。
実行段階だ。
「止める方法は」
レオンが問う。
カインが即答する。
「中央信用議会を監査する」
「世界金融核を止めるしかない」
ヴァルディスが険しい顔で言う。
「不可能だ」
「議会は帝国最高機関だぞ」
「監査権限ですら制限されている」
「だからアルヴェインが必要なんだろ」
カインが睨み返す。
空気が張り詰める。
セリスだけが、
黙ってレオンを見ていた。
彼女は理解している。
決めるのは、
この男だ。
アルヴェイン最後の監査官。
信用処刑人。
その時だった。
警報。
《緊急速報》
《東方聖導院共和国》
《国家破綻宣言》
全員が振り返る。
空中投影。
巨大宗教国家。
その中心部で、
国家結界が崩壊していく。
人々の悲鳴。
燃え上がる市場。
崩れる信用光。
国家が死ぬ瞬間だった。
ルークが呆然と呟く。
「……始まった」
国家連鎖崩壊。
黒月恐慌の再来。
そして。
今度は、
世界規模だ。
レオンは静かに拳を握る。
父達は、
これを止めようとした。
だから消された。
なら。
自分はどうする。
その時。
カインが一枚の黒い記録板を机へ置いた。
《アルヴェイン監査家最終監査記録》
レオンの呼吸が止まる。
「……これは」
「お前の父が残した」
カインの声が低くなる。
「最後の監査結果だ」
レオンはゆっくり記録板へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
膨大な契約情報が脳へ流れ込んだ。
国家粉飾。
恐慌誘導。
財閥市場操作。
そして。
帝国中央信用議会最深部。
そこに存在する、
一つの異常契約。
巨大な黒い契約核。
まるで、
世界そのものへ寄生する怪物。
レオンの瞳が見開かれる。
「……なんだ、
これは」
カインが静かに答える。
「世界信用管理機構」
その名を聞いた瞬間。
ヴァルディスの顔色が変わった。
「待て……!」
だがもう遅い。
記録板が完全起動する。
空間へ、
巨大な黒色契約陣が投影された。
その中央に刻まれていたのは。
帝国監査局の紋章だった。




