第十一話 「中央帰還」
帝国中央監査塔。
帰還した瞬間、
異常さは誰の目にも明らかだった。
塔全域が封鎖されている。
通常監査官に加え、
重武装した契約鎮圧部隊まで配備。
空中には監視術式。
通路には緊急封印陣。
まるで戦時体制だった。
「ここまで酷いの、
初めて見た……」
ルークが小さく呟く。
セリスは無言で歩き続ける。
レオンは周囲を見ていた。
監査官達の顔。
全員が怯えている。
帝国監査局は、
本来“恐れられる側”だ。
その監査局自身が、
何かを恐れている。
それが異常だった。
通路奥。
巨大封印扉の前で、
二人の監査官が敬礼する。
「総監執務区画、
封鎖確認済み」
「第零課のみ入室許可」
扉が重く開いた。
内部は静かだった。
巨大な円形室。
壁一面に世界信用図が広がっている。
その中央で、
ヴァルディス総監が立っていた。
だが、
老人の様子がおかしい。
疲弊している。
いや。
追い詰められている。
「来たか」
低い声。
ヴァルディスはレオンを見る。
「座れ」
全員が円卓へ着席する。
数秒の沈黙。
やがて総監は静かに口を開いた。
「まず確認する」
「この部屋の会話は、
第零級秘匿監査指定だ」
空気が変わる。
第零級。
帝国監査局最高秘匿区分。
国家元首すら閲覧不可能な機密。
ルークが息を呑む。
「そこまで……?」
「そうだ」
ヴァルディスは淡々と言う。
「これから話す内容は、
帝国そのものを揺るがす」
レオンは黙っていた。
既に予感している。
これはただの内部事件じゃない。
もっと根深い。
「四十年前」
ヴァルディスが語り始める。
「帝国は黒月恐慌へ突入した」
世界規模金融崩壊。
三十二国家消滅。
国家信用連鎖崩壊。
歴史上最大の経済災害。
「表向き原因は、
市場暴走とされている」
「だが違う」
老人の目が細まる。
「黒月恐慌は、
意図的に引き起こされた」
室内が凍る。
ルークが立ち上がりかける。
「待ってくれ……
あれは世界史級災害だぞ」
「誰がそんなことを」
ヴァルディスは答えない。
代わりに、
空中投影を開く。
そこに映し出されたのは、
一つの監査記録。
《極秘監査対象》
《帝国中央信用議会》
レオンの瞳が細まる。
「……中央信用議会」
帝国最高経済機関。
七大財閥による世界金融統治機構。
つまり、
帝国そのもの。
「アルヴェイン監査家は、
当時この組織を監査した」
ヴァルディスの声が重くなる。
「そして発見した」
老人は静かに言った。
「帝国は、
世界規模恐慌によって財閥支配を強化しようとしていた」
沈黙。
誰も動けない。
レオンだけが、
静かに投影を見つめていた。
「……わざと世界を壊したのか」
「そうだ」
ヴァルディスは即答する。
「国家を破綻させ、
債務支配下へ置く」
「そのために恐慌を利用した」
ルークの顔が青ざめる。
「狂ってる……」
「だが成功した」
老人は冷たく言う。
「黒月恐慌後、
帝国財閥は世界支配を完成させた」
世界が静まり返ったようだった。
レオンはゆっくり拳を握る。
父達は、
それを暴こうとした。
だから消された。
「アルヴェインは監査結果を提出した」
ヴァルディスが続ける。
「結果」
老人は静かに目を閉じる。
「帝国中央信用議会は、
アルヴェイン監査家抹消を決定した」
重い沈黙。
レオンの胸の奥で、
何かが冷えていく。
父は正しかった。
だから殺された。
「……なぜ今、
俺にこれを話す」
レオンが問う。
ヴァルディスはゆっくり目を開く。
「簡単だ」
老人の声が低く響く。
「同じことが、
再び始まろうとしている」
その瞬間。
世界信用図の一角が赤く染まった。
《東方聖導院共和国》
《国家信用率急落》
警報。
さらに。
《複数国家同時市場操作を確認》
《黒月級連鎖崩壊予測》
ルークが震える声を漏らす。
「まさか……」
ヴァルディスはレオンを見据える。
「信用処刑人レオン」
「お前に問う」
老人の瞳が鋭く光る。
「帝国を監査する覚悟はあるか」




