最終話: 私の居場所
笑い合いながらカフェでコーヒーを飲んでいると、扉が開いた。
「ごめんなさい、今日は臨時休業なの……って、ルキね」
「入ってもいいか?」
「もちろんよ……座って。今、コーヒーを淹れるわ」
「ありがとう」
ルキは静かに扉を閉めると、ルシナの隣に腰を下ろした。
「ルキ、屋敷まで来てくれてありがとう。ルキも一区切り、ついたかしら?」
「あぁ……俺も一緒に行けて良かった。ユージンとも会えたし」
「ふふ……仲良かったものね」
「ユージンは、俺が世話になった執事なんだ」
ルキはルシナに、そう説明した。
「そうなんだ〜」
「少しは疲れは取れたか?」
ルキは、セイラにそっと問いかけた。
「えぇ。体は疲れているけど、心は軽くなったわ。貴方もでしょ?」
「あぁ……そうだな」
ルキは、微笑むとコーヒーを一口飲んだ。
「セイラさんのお屋敷まで、どれくらい距離があるんですか?」
「そうね……馬車で半日かしら?今朝早くに出て、昼過ぎにここに着いたから」
「そんなに遠いんですね……あれ?昨日は……」
「ふふ……。お兄様がね、転移魔法を使ったから、昨日はもっと早くに往復出来たのよ」
「……転移魔法?」
「えぇ……。かなり金額が高いし、専門の魔法師の力が必要だから、滅多に使うことは無いんだけどね」
「まぁ、リオン様だから出来たってところだな」
セイラとルキが、視線を合わせながら答えた。
「……因みに、リオン様の爵位って……」
「侯爵よ」
(ひぇっ……やっぱり上位貴族だった。そうだよね……国境付近だもんね)
「お兄様は、昔から頭も、勘も、良くてね、そこに財力が加わるから、敵に回したら怖いわよ。見た目がキレイだし、ポーカーフェイスを極めているから、騙されるのよ」
「セ、セイラさん?」
「私も妹ってだけで、よく注目されていたし、比べられたわ。ほんと迷惑!お兄様の交友関係も広くてね、私が何かをすると、すぐにお兄様に情報が入るのよ?」
セイラの愚痴が止まらない。
「まぁ……リオン様は、優秀でしたから」
ルキは、セイラをたしなめる様な視線を送った。
ルシナも覚えがある思いだった。流美にも出来の良い兄がいたし、ルシナの姉は美人だった。
(なんだろ……セイラさんの気持ち、すごくわかる)
「だからね、ルシナ、ルキみたいな人が良いわよ。誠実で、人一倍守ろうとする思いが強いの」
ルキは飲みかけたコーヒーを、吹き出しそうになった。
「ルキ、今度ルシナを連れて王都にでも行って来なさいな。この町じゃ、デートするにも限られているでしょ」
セイラはルシナに、いたずらっぽくウインクをする。
「わあ、王都……行ってみたい」
「ふふ……決まりね」
「セイラ……君は、リオン様に似ていると思うよ」
「あら、やだ……やめてよ。似てないわよ」
「ふふっ……セイラさん、元気になって良かった」
ルシナが笑うと、セイラは照れた笑顔を見せた。
「えぇ、あなた達のおかげよ」
暖かい陽だまりの様な、空気が店内を流れる。
コハナは、その様子をじっと見つめていた。何かを確かめるように。
「ルシナ……貴女が住んでいるのは、この町じゃないわよね?」
セイラは突然、ルシナに問いかけた。
「……へ?……はい、そうです」
「隣国の崖の上に住んでいる……間違いないわよね?」
コハナは、じっとセイラを見つめながら、その先を待っている。
「ルシナを雇ったときに、調べたの。隣国の子爵令嬢が、無実の罪で足を切られて、崖上小屋に連れてこられているって話を……」
「……そこまで知っていて、雇ってくれたんですか?」
「えぇ……ジャスミンと重なってね。放っておけなかったの」
「……そうだったんですね」
セイラは無意識に爪を弾きながら、何かを考えるようにうつむいた。
「ルシナ……この町に越してこない?お兄様に貸しを作りたくはないんだけど、この町の住人として迎えることが出来るわ」
セイラは真剣な眼差しで、コハナとルシナを交互に見た。
「隣国の情勢が、きな臭くなってきたって情報が入ってるの。……だから、この町に来ない?」
「……分かった」
ルシナが戸惑っていると、コハナが先に答えた。
「えっ……コハナ?」
「小屋よりも、この町の方が安全」
「……コハナが言うなら、そうなんだろうね」
ルシナにとっても、どうしてもあの小屋に住みたいわけではなかった。
「でも……湖は……」
コハナは、ノスタルジアの近くじゃなくても良いのだろうか。
「それは、大丈夫。いつでも行ける」
「そっかぁ……この町に住めるなら嬉しいな。でも……どこに住めばいいんだろう?」
「ルキの店の近くに、空き物件があるわよ?コハナも一緒に住めるし、なにより、ペット可!」
「そこにする」
またしても、コハナが即答する。
「えっ?コハナ?」
「フーも一緒。これは、譲れない」
「そうだけど、決断、早すぎない?」
「ルシナは嫌?」
「そんな事ないよ!ただ、あまりの展開の早さについていけてないだけ……」
「じゃあ、そうと決まれば契約は任せて。家具とかも、私から支援するわ。ジャスミンのお礼よ」
そう言うとセイラはウインクをし、軽やかな足取りでバックヤードに入っていった。
「えー、なにこの展開……」
「ルシナ……こうなったセイラは、誰にも止められない。任せてしまった方が楽だ」
*****
一週間後——。
ルシナは、町のアパートメントにいた。
ルキの店からほど近いそのアパートメントは、セイラが所有する物件だった。
周りには公園もあり、静かな環境が広がっている。住人は少なく、優しい老夫婦と、画家志望の若い女性が猫と一緒に暮らしていた。
「えっ……なにこれ、展開早すぎなんですけど」
アパートの中は広く、居間のほかに二つの部屋があった。キッチンやシャワー室、トイレも清潔に整えられている。
家具はセイラによって、センスの良い上質なものが揃えられていた。
フーは新しい家に興奮して、隅から隅まで探索している。
ルシナは、小屋から運び出した毛布や服を、それぞれの部屋に置いていくと、ボルドーのハイヒールをそっと飾った。
崖上小屋で、いつも眺めていたハイヒール。
今日は、どこか誇らしげに輝いて見えた。
「もう、荷物は全て運び終わっているか?」
ルキは部屋を見回しながら、ぽつりと問いかけた。
「うん。ルキありがとう」
ルキは引っ越しの手伝いをしていたが、あまりの荷物の少なさに驚いていた。
「家具とかはセイラさんが用意してくれたから、本当に手荷物だけで済んで良かった」
ルシナがそう言うと、ルキは「それにしても少ない」と呟いた。
「ルキ、お疲れ様。少し休憩にしましょう」
そう言うと、コハナとルキと一緒にコーヒーを飲んだ。
「でも、小屋どうしよう?私がいなくなったら、モーヴェ達が探しに来るんじゃないかな」
コハナは、ルシナをじっと見た。
「しばらくは気付かない……。だから、その間に——爆破する」
「はい?」
コハナの口から、とんでもない言葉がさらりと出た。
「爆破って……壊すってこと?」
「うん」
「どういうこと?」
ルキも目を見開き、コハナの言葉を待つ。
「爆発する球を、置いてきた。あとは妖精たちにお願いするだけ……。妖精たち、楽しみにしてる」
「は?」
「小屋に地下を作ってくれたときと、同じ方法。妖精たち、壊すの好き」
「妖精ってそんな事するのか?」
ルキがコハナに訊ねた。
「うん。元々イタズラ好きだから……。今回は、特に好きな子、集めた」
「……コハナ、女神さまは何て?」
ルシナは、ルキに聞こえないように小声で聞いた。
「『面白そう。やっちゃえ』って言ってた」
(女神さま……それでいいんですか?)
「引っ越し終わった……。やる?」
「えっ?今?」
コハナは、こくりと頷く。
「近く行く?それともここにいる?」
「えー、近くがいいかな。どうなるか見てみたいかも」
*****
ルシナは、コハナとルキと一緒に崖の近くまで来ていた。
あまり近くにいると疑われるだろうとのルキの助言により、少し離れた場所に立っている。
「じゃあ……いくよ」
コハナは無表情のまま、淡々としている。
「妖精たち、お願い」
「せーのっ!」
“““どーーん!!”””
崖の上から、ぱすんっ!と、気の抜けた音だけが響いた。
「……おわり?」
「うん」
ルシナがコハナに問いかけると、コハナは何事もなかったかのように短く答えた。
「もっと大きい音がするかと思っていたが?」
「そんなことしたら、人が集まる」
「……確かに」
ルキの問いに、コハナは淡々と答えた。
「小屋は、木っ端微塵。ルシナも……木っ端微塵。だから、探されない」
「……私、死んだことになってる?」
「うん」
コハナは、いつも通りの声でそう言った。
「そっかぁ……」
ルシナは、ルキと、コハナを見つめる。
「私は、私!この世界で、生きていく!」
力強く二人に宣言した。
「よし!町に帰ろう!」
「うん」
「あぁ……帰ろう」
そう言うと、ルシナ達は町に戻っていく。
明日から、また新しい日常が始まる。
ルシナの足取りは、これまでよりも、ずっとずっと、軽かった。
完。
ここまで読んで下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。
人生で初めて書いた物語が、まさかの長編になったことは、私自身も驚いています。ここまで書けたのも、星を下さった方、ブックマークをつけてくれた方、感想を書いて下さった方、毎日読んで下さった読者の皆さまのおかげです。
読んで下さった、お一人お一人に、心から感謝を申し上げます。
閲覧があるたびに、頑張ろうと力になりました。
私の好きな世界を、文章にして、物語にして、投稿するのは、勇気と根気がいるものでした。
それでも、ルシナやコハナの居場所を作る、自ら選択して境界線を作るというのが、テーマだったので、私の力の範囲内ですが、表現出来たかなと、思ってます。
完結まで書くのは、想像以上に楽しく、書き足りない部分もあります。
ここで、一旦、本編完結とさせていただきまして、
書き足りたりない場面を、番外編とか、ショートストーリーなどにして、載せていきたいと思います。
今、考えている番外編は、
⚪︎流美〜魂の選択後の現実世界では〜
⚪︎リオン様の封筒とスタンプの選び方
⚪︎正装したルキとドレスを着たルシナのダンス
⚪︎ジャスミンがカフェに来た
この辺りを、考えています。
もう少し、お付き合い下さいませ。




