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【本編完結】崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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80: 見えていた未来

「いやはや……まさか、ルキオさんまでご一緒とは思いませんでしたよ」


ユージンの自室に案内されるまま、ルキはテーブルに添えられた椅子に腰を下ろした。


ユージンは慣れた手つきで紅茶を淹れると、ルキと自身の前にカップをそっと置いた。


紅茶の香りがふわりと漂い、これまでの緊張を解していく。


「ユージン、筆頭執事に昇格していたんだな。おめでとう」


「ありがとうございます。前任の筆頭執事が突然解雇されたんで、ただの繰り上げですけど……」


「……そうか。繰り上げかもしれないが、ユージンが積み上げてきた信頼のおかげだろう」


「はは……そうだと良いんですけどね」


ユージンはカップに口をつけ、わずかに視線を落とした。


「いつから、筆頭執事に?……やけに板についていたじゃないか」


「そうですね……三年前です。リオン様が領主になられてからになります」


「リオン様のご両親は?」


「……あぁ、王都のタウンハウスに居られますよ。早々に引き継ぎをされて、隠居されました」


「隠居って、この屋敷じゃないんだな」


「えぇ……前領主様も奥様も、ジャスミン様を見るのが辛いと仰って……。ですが、もしかしたら戻ってこられるかもしれませんね」


「リオン様は、王都と領地を往復しているんだな」


「えぇ。この静かな環境の方が、仕事がしやすいそうです。王都は騒がしいと」


「……そうか」


ルキは小さく息を吐いた。


(……俺は逃げたんだよな。でも、セイラもリオン様も、逃げずに戦った。……どんな手を使ってでも)


「今朝のリオン様は、なかなか面白かったですよ。ジャスミン様の顔の上に花を撒き散らかした時の表情といったら……ふふっ」


ユージンは楽しそうに目を細め、肩をわずかに揺らした。


「あんなに整ったお顔が、あそこまで崩れるとは……ふふっ。……それでも、お美しいのですが」


「その場に立ち会ったのか?」


「えぇ……私も、もうお看取りかと思いましたが……豪快なくしゃみとともに、何事もなかったかのように話し始められて……。しかも、第一声が『お兄様、老けた』ですよ?」


ユージンは思い出したように小さく肩を震わせた。


「……あのリオン様にそう言えるのは、ジャスミン様だけでしょうね」


「あぁ……そうだな」


ユージンが笑うのを見て、ルキは、この屋敷に光が差したのだと感じた。


本当の意味で、前に進み出したのだろう。


「あの花、セイラ様がご友人から譲り受けたと……。あの白銀の光……ルキオさんは、何かご存じですか?」


ユージンの瞳に一筋の光が差し、真っ直ぐにルキを見据えた。


ルキの記憶に、ストラップの光が過った。


攻撃魔法が相殺された……あの光——。


「……何か、ご存じのようですね?」


ルキの表情を読み取ったユージンは、間を置かずに問いを重ねた。


(……セイラだったら、きっと表情ひとつ変えないんだろうな)


「……その友人は、俺の友人でもある」


(……セイラは、ルシナ達に向いたリオン様の興味を逸らそうとしていた)


「……それ以上のことは、セイラ様に聞いてくれ」


「……ふふ。なかなか手強いですね」


ユージンは穏やかに笑うと、何も言わずに紅茶を一口飲んだ。


「ユージン、やっぱり君は能力を見込まれて筆頭執事に任命されたんだと思うよ」


ルキは片目をつむりながら、ユージンをちらりと見やると、紅茶を口にした。


ユージンは、肩をすくめ「そうですかね〜」とつぶやき、興味深そうに、ルキの全身を見た。


「ルキオさんは、今は何をされているんですか?騎士……では、ないですよね?」


ふいに、ユージンはルキに問いかけた。


「町で靴屋をやってるよ。今は靴職人だ」


「……お祖父様の店を継いだんですね」


「あぁ……親父には殴られたけどな。護衛騎士の職を辞めてまでなるものなのかってな。そのあと、大喧嘩さ」


「お父様は、ルキオさんに期待されてましたから……。ジャスミン様の事件の後のルキオさんは、私から見ても苦しくなる表情をされていました……」


ユージンは、ルキに真っ直ぐ向き合った。


「ですが、今は前を向いて歩こうとする、希望のある青年の表情をされています」


ユージンの瞳から、一筋の涙がこぼれた。


「……あの事件は、誰にも防げませんでした。前領主様も、リオン様も、感謝こそすれ、決して責めてはおりません」


静かな語り口なのに、強くルキの心を揺さぶった。


「……ユージン、ありがとう」


ジャスミン事件の後、ルキはジャスミンを抱えてタウンハウスに戻ると、リオンに謝罪した。

その後の事は、よく覚えていないが、頭から血を流して泣いていたのは覚えている。

おそらく、壁にでも頭を打ちつけていたのだろう……。


それ以来、流さなかった涙が、今、堰を切ったように溢れた。


「……ありがとう。その言葉で救われたよ」


ユージンはそっとハンカチをルキに手渡した。

何も言わず、空になったカップに紅茶を継ぎ足す。


「……落ち着かれましたら、マドレーヌはいかがですか?」


そう言って、皿にマドレーヌを乗せた。


ルキは、「ありがとう」と礼を言うと、マドレーヌを一口食べ、紅茶を飲む。


「ユージンに教わった淹れ方は、今でも役に立ってるよ」


「そうですか」


紅茶を飲みながら、ユージンは満足そうに頷いた。


「好きな人相手に、美味しいコーヒーも淹れられるし、セイラ様のカフェの手伝いもできた」


「……好きな人、ですか?」


「あぁ……心から好きになれる人と、出会えたんだ」


ユージンは、一瞬瞬きをする。


「……それって、セイラ……」


「違うよ……そんな、畏れ多い……」


ルキは、言葉を重ねる。


「明るくて……一人で不安でも、真っ直ぐに未来を見つめる人なんだ」


ルキの瞳に、光が差す。


「それは、ようございました。リオン様もセイラ様も、心配されておりましたよ。ジャスミン様の事件のせいで、幸せになろうとしないと、嘆いておられました」


(あぁ……俺は、どんなに周りが見えていなかったんだろう……。いや、見ようとしなかったんだな)


ルキは紅茶をじっと見つめた。


(前を向いて歩く……俺が靴を作り始めたのは、そんな理由だったのかもしれない)


「ルキオさん、幸せになってください。そして、誰かを幸せにしてください」


ユージンの言葉が、真っ直ぐに心に響いた。


「そうだな……。みんなが笑って過ごせる。それが、きっと幸せなんだろうな」


ルキは、ユージンを真っ直ぐ見る。


互いに、責任を持つ大人になった。


「ユージン、ありがとう。これからも俺と良き友人でいてくれ」


「もちろんです」


ユージンは、穏やかに微笑むと手を差し出し、互いにしっかりと握手を交わした。



ーーーー



その頃、食堂では、ジャスミンの明るい笑い声と、セイラの控えめな笑い声が響いていた。


「お姉様、笑いすぎです!涙を流す程、おかしいですか?」


「ふふふ……。お兄様が老けたって、第一声がそれって……でも、確かに老けたわよね……」


「勘弁してくれないか……。領主になってから大変なんだよ……」


「目が覚めたら、お兄様がおじさんになっているのよ?……衝撃じゃありませんこと?」


ジャスミンは真面目な顔をして、反論する。


「あははは……」


とうとう、セイラはお腹を抑えて笑い出した。



コハナが見た、未来。

そのものだった。

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