78: ルシナの決意と、ルキの後悔
「なんか、すごい人だったね……」
静かになったカフェで、カイはぽつりとつぶやいた。
「それにしてもさ、ルシナ。挨拶するとき、貴族の令嬢みたいだったよ」
カイはルシナをじっと見つめた。
「……そう?なんか、自然と体が動いたんだよね」
確かに、魂が混線する前は子爵令嬢で、カーテシーやお茶会でのマナーは今でも自然と出来る。
(だけど、今はただのルシナだもん)
「……それって、自然に出来るもんなの?女の子ってすごいんだね〜」
(……カイが単純で、助かった……)
ルシナは、深くため息をつく。
「じゃあ、俺は薬草屋に戻るよ。なんか、今日はいろんなことがあったな〜。カフェは営業続けるの?」
「うん、そうしようと思うよ。あと数時間だし、忙しい時間は過ぎたから」
「そうなんだ!なんかあったら駆けつけるから、遠慮なく声かけて〜」
「ありがとう!」
そう言うと、カイは慌ただしく店を飛び出していった。
「任されたんだもの。閉店まで、頑張らなきゃね」
「手伝う」
コハナの一言に安堵しながら、ルシナは『休憩中』の札を外す。
「ねえ……コハナ、聞いてもいい?」
コハナは、ゆっくりと頷いた。
「セイラさんに、白い花の小瓶を渡してって、念押ししてたのって……」
「白い花がキーポイントなのは見えてた。あとは私が、宣言すれば確定する」
「ほわ〜……すごいね〜。じゃあ、リオン様が花をぶちまけたのも……」
「……それは、ただの不器用だったと思う」
コハナは、無表情のまま首を傾げた。
「……ジャスミンさんが目覚めたのっていつ?」
「私が宣言した後だから、今日」
「えっ……リオン様、急いで来たんだね」
(急いで来たようには見えないくらい、スマートだったな……)
「……コハナ、もう一つ聞いてもいい?」
「なに?」
「宣言は絶対って……」
「うん……絶対。私は未来が見える。でも、それはあくまで可能性。多数ある可能性が、宣言によって固定される。それが、神託の巫女の仕事……だった」
コハナの表情が、わずかにこわばる。
「笑えば、勝手に解釈されて、間違って認識されたし、命に関わる選択も任せられた」
コハナは、真っ直ぐ前を見たまま、ルシナと視線を合わせない。
「……耐えきれなくなった」
ルシナは、ふいに泣きたくなった。
でも、コハナは泣くことすら、できなかったのだろう。
「……ねぇ、コハナ。最後に笑ったのはいつ?」
コハナの視線が、ゆっくりとルシナに向けられる。
「……覚えてない」
ルシナは、胸を押し潰される気がした。
そして、コハナに神託をねだった人間に、怒りさえ覚えた。
「……コハナ、ここでは笑っていいよ。泣いていいよ。ここでは、誰も未来なんて聞かない!未来は、自分で切り開くものだもん!自分で決めるものだし、誰にも分からないものだから……だからっ……」
ルシナは、ぎゅっとコハナを抱きしめた。
「なんでルシナが泣くの」
コハナは、ルシナの背中をそっとさすった。
(……決めた!コハナを笑顔にする!)
ルシナは、涙を拭くと、新たな目標を心に決め、カフェの仕事へ戻った。
その様子をコハナは、じっと見つめていた。
*****
カイは、薬草屋へ戻りながら、リオンの言葉を思い返していた。
「白い花って、俺も貰った小瓶のやつだよな……そんなんで、危篤状態から、劇的に回復するもんなのか?」
あらゆる薬草の効果が、頭の中を高速で巡るが、該当する薬草はない。
「……あの花、どっかで見たことあんだよな〜」
小瓶には、瑞々しさを保つ魔法がかかっていた。
だが、それはただ保つだけの効果だ。
だとしたら、花か……。
白銀の光。
まるで、神秘の光のようだ。
加護を持つ花の研究……。
「……あっ」
カイの記憶が蘇る。
「……俺が適当に作った薬!あの時に見たやつ!机の上にあった……!」
カイの足がぴたりと止まる。
「……そもそも、なんで俺の机にあったんだ?」
カイの頭の上で、妖精が胡座をかき、自慢げに胸を張っていた。
「加護のある花の研究……挫折したけど、もう一度、やってみるかな」
カイは、浮き立つ気持ちを抑えきれず、薬草屋へ向かって駆け出した。
*****
「お兄様、転移魔法を使ったんですか?」
移動する馬車の中で、セイラは目を見開き、リオンに詰め寄った。
「ああ、急いでいたからね。何をそんなに怒っているんだい?」
「一体、いくら使ったんですか?国の有事でもあるまいに!」
「でも、ブランシャール家の一大事だ。だから、落ち着きなさい」
リオンは澄ました顔で、セイラをたしなめる。
「資金は?」
「ふふ……あの小娘の家が所有していた山から、かなりの金が出てね。我が家の資金もだいぶ潤ったよ」
「それだけでは、ないですよね?」
「ふふ……もちろん。その小娘と共謀した家、数件……いや、十数件から、徴収したよ。あとは、私の友人たちに魔法で協力をしてもらったかな」
「“彼ら”を動かしたのですか?」
「我が家の一大事だからね」
リオンは涼しい顔で答えた。
「あの者たちの社交界での立場は、徹底的に潰しましたけれど……まだ資金は残っていたのですね」
セイラは、妖艶に微笑んだ。
転移魔法を使うには、手続きと多額の資金が必要だ。
それを、躊躇いもなく使う。
会話の中に、不穏な言葉が混ざるのを、ルキは静かに聞いていた。
「それで、お兄様。ジャスミンは、いつ目覚めたんですか?」
「今朝だよ」
「今朝?!数時間前じゃないですか?」
「あぁ……だから、こうして急いで迎えにきたんだ」
町から転移魔法が施された魔法陣まで、数十分。
馬車ごと転移し、その後さらに一時間ほど走ると、屋敷がある。
普段なら、馬車で半日以上はかかる距離なのに……。
(数時間前……今朝。コハナが“目覚める”と言ったから?コハナの能力は本物……。だとしたら、危険すぎる)
(白い花の入った小瓶も、ルシナから貰ったと手紙に添えてしまった……)
セイラは指先で爪を弾きながら、馬車の中から遠くに見えてきた屋敷を眺める。
「セイラ……何を考えている?」
鋭い眼差しがセイラを見据えている。
「……いいえ、何も」
(お兄様が、ルシナとコハナに向けた視線。逸らさせないと……)
「そうか……」
リオンは静かに笑みを浮かべると、目を閉じ、馬車が止まるのを待った。
ーーーー
屋敷の中では、使用人たちが慌ただしく動いていた。
「リオン様、お帰りなさいませ」
ルキと親しかった執事は、今では筆頭執事となり、主人の帰りを丁寧に迎えた。
「セイラ様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」
「ジャスミンは、何をしている」
「はい。お部屋でくつろがれておられます。レモンティーとマドレーヌをご所望でしたが、医師より本日は控えるよう指示が出ております」
「そうか……医師の指示に従え。では、食べられるものは?」
「はい。ホリッジがよろしいと、伺っております」
「ホリッジか……ジャスミンは苦手だったな」
「左様でございます」
「少しでも食べやすいよう、調理しろ」
「承知致しました。料理人に伝えます。リオン様、セイラ様、ご希望の食事はございますか?」
「私たちもホリッジを頂こう」
筆頭執事は穏やかに微笑み、「承知致しました」と一礼した。
ルキは、二人の後ろから屋敷を見上げる。
(俺は、ここで働いていたんだな……。
あの時、ジャスミンを守れていれば……。
セイラが悪どいことすることも、令嬢たちの家が潰されることも、なかったのかもしれない……)
ルキの胸に、逃げ出したくなるほどの罪悪感が込み上げる。
筆頭執事は、ルキを見ると、満面の笑顔で迎えた。
「お久しぶりです、ルキオさん。またお会いできて嬉しいです」
その笑顔が、なおさら苦しかった。




