27. 三角関係
「ただいま」
「おかえり、体育祭お疲れ様。頑張って走ってたね」
お母さんは、お父さんと一緒に体育祭を見に来ていた。
「うん。ちょっと疲れちゃった」
私は部屋に行ってベッドになだれ込む。
「はぁ」
家に着いたのにまだ胸のあたりがつかえている。藤咲さんはただ助けてもらっただけなのに。
『夏樹くん』
すごく女の子らしい声だった。
夏くんもああいう子を見て、可愛いって思うのかな。
ぼんやりしていると机の上のスマホがピロンと鳴る。
画面には彼の名前。
『もも、体育祭お疲れ様』
一言だけのメッセージ。
返信する気になれなくてスマホを静かに伏せた。
「……いけない。明日までの課題があるんだった」
※※※
夕食を少し残した私を見て、お母さんが心配そうにしている。
「萌々香、何かあった?」
「……うん、ちょっと」
お父さんと結翔が見ているテレビの音が小さく聞こえてきた。
「お母さんって……その……お父さんを見てモヤモヤしたことってある?」
結局私はこういう話をお母さんに聞いてしまう。
お母さんは「うーん」と考えて言った。
「あるよ。お父さんってモテていたから、女子が寄ってきてね。本人はなんとも思ってないけど、こっちは『どうして気づかないの?』って思う時があるの」
そうなんだ。
こんなに仲良さそうでも、そういうことってあったんだ。
「……若松くんもモテそうだもんね」
「うん……可愛い女子に名前で親しそうに呼ばれてて」
「あーそれ気になる」
「……何も言えずに帰ってきちゃった」
「そっか。その子は萌々香がいることを知らないのかもね」
確かにそうか。
佳澄が言ってたようにあの時、無理矢理にでも2人のところに行ったほうが良かったのかな。
「1回だけだし、様子見てみる」
「そうね」
私は部屋に戻ってスマホを手に取る。
そして『夏くんも、お疲れ様』とメッセージを送った。
大丈夫――私が夏くんの彼女なんだから。
※※※
翌日。
「おはよ」
「夏くん……おはよう」
登校中に彼に会えた。
昨日はああいうことがあったけど、こうして隣にいれば安心できるんだよね。
「夏くん、リレーで転けた子を助けてたね」
「あ、うん……放っておけなくて」
「そういうところ、ちょっとお医者さんみたいだなって思っちゃった」
「本当? ももに言われたら嬉しいかも」
いつも通りに話せてほっとしていると、後ろから誰かの足音が――
「夏樹くん!」
この声は、まさか。
「おはよう、夏樹くん♪」
「あ……おはよう」
藤咲さんが彼の肩にポンと手を置く。
昨日よりも距離が近くて、胸の奥がチクリと傷んだ。
「じゃ、またあとでね!」
そう言って別の子のところに向かう彼女。
一瞬の出来事なのに、やけに長く感じてしまった。
夏くんに、ちゃんと聞かなきゃ。
「ねぇ、夏くん。藤咲さんと……仲いいの?」
「うーん……昨日初めて喋ったんだけど、向こうは前から知ってたみたいで。バド部で体育館にいるし」
前から知ってる……もしかしてバレー部の夏くんのこと、ずっと見てたのかな。
「……なんかその……夏樹くんって呼んでたから」
「あれには驚いたよ。あの子の名前すら知らなかったから」
「そうなんだ……良かった」
夏くんは何とも思ってなさそうだ。じゃあ大丈夫なのかな。
「……もしかして、妬いてる?」
「あ……そうかも」
言った瞬間、心臓が変な音したかも。恥ずかしい。
「……可愛い」
そう言われてすっかり顔が熱くなってしまった。
けれどそれから、藤咲さんは時々夏くんの前に現れるようになった。昼休みにうちのクラスに来たり、部活が終わった時にも彼の近くにいたり……これって明らかに彼に気があるよね? どうしたらいいんだろう。
「藤咲さん、なんかずっと若松くんに喋りにきてるけど」
ある時、佳澄が呟いた。
「バレー部女子も警戒してたよ。あのふたり付き合ってるんじゃないかって言ってる人もいたから『違うよ』って言っといた」
「ありがとう、佳澄」
「若松くんが気にしていないとはいえ、向こうがあそこまでくるとね……」
そう、帰りは私が一緒にいることが多いにも関わらず、藤咲さんは夏くんに声をかけている。肩に手を添えて「夏樹くん」と呼んでキラキラの笑顔を見せられると、彼だってドキドキするんじゃないかな。
そして11月の半ばを過ぎた頃だった。いつものように部活が終わってから体育館に向かうと、そこには夏くんにぴったりと寄り添う藤咲さんの姿が。
「やだ……どうして」
唇をきゅっと噛んで2人を眺める。すると彼が私に気づいて手を振ってくれた。
「あたしも一緒に帰っていい?」と藤咲さんに言われる。
何となく断りにくい雰囲気で、仕方なく3人で歩いた。
「寒〜い! 体育館もちょっと冷えてきたよね」
「そうだな」
「だけど冬休みに空調工事があるんだって! だから3学期はマシだよね」
「それは良かった」
体育館の話かぁ……と思いながら適当に頷いてみる私。
「そうだ、バレー部って今度練習試合あるんだっけ?」
「あ、うん。期末テスト終わってからだけど」
「緊張するよね、あたしもまた試合があるんだけど」
今度は試合の話か……私、どう頑張っても話に入れないような気が。
「藤咲さん、強そうだよね」
「え、そうかなぁ? 夏樹くんだって今日のスパイクかっこよかったよ♪」
「ありがとう」
夏くんが嬉しそうに笑ってる。
運動部の話で盛り上がっている2人……私はまるで透明人間になったみたい。
こんなの……耐えられないよ。
「私……こっちだから。またね」
そう言った瞬間、私だけ空気が変わったみたいに寒くなった。
角を曲がって早歩きをする。遠回りだけど、今の私にはこうするしかなかった。
「うぅっ……」
いつもより身体が冷えるのは、冬が近づいてきたせいだけではない。
頭の中に思い浮かぶのは、夏くんと藤咲さんの笑顔――それを無理矢理かき消すように、私は走り出した。




