26. 体育祭
(萌々香視点)
あやめちゃんの体調も回復傾向で、夏くんは時々病院に行っている。来月には退院できるようで、彼も私もほっとしていた。
気づけば10月も下旬に入り、体育祭が近づいてきた。木々が紅葉しつつあって、秋らしくなってくる。
体育祭のクラス対抗全員リレーの練習で、夏くんは誰よりも速く走り抜けていた。
「すごーい、若松くん速い!」
「かっこいいよね」
「憧れる……」
そういうわけで、体育の時間では夏くんが走るだけでみんなが盛り上がっている。
「萌々香、若松くん大人気だね」と佳澄が言う。
「うん、足が速いと注目されるよね」
「お、彼女の余裕」
「ちょっと声大きいって」
※※※
体育祭当日。
すっきりとした青空が広がり、色とりどりの旗が風に靡いている。
プログラムが進んでいき、私は綱引きや二人三脚に出場した。結果はまぁ……そこそこかな。
「では、クラス対抗全員リレー。次は2年生です!」
いよいよ全員リレー。
私はそこまで足が速くないので、順番は真ん中あたり。佳澄は序盤で、夏くんは最後のほうだった。
「位置について、よーい……スタート!」
うちのクラスは1位ではないものの、前の方を走っている。
「頑張れー!」
「いけー!」
佳澄もかなり飛ばしていて、順位を保ったままバトンを繋いだ。走り終わったあともそこまで息切れを起こしておらず、ニコニコと笑っている。
あっという間に自分の番が来て、コースに出る。待っている時が一番緊張するけれど、呼吸を整えてバトンを受け取った。前の人を抜かそうとは思わない。順位を下げないようにひたすら走るのみだ。
「ハァ……ハァ……」
バトンを渡して自分の番は終了。どうにか順位は維持できた。
「うちのクラス何位?」
「2位だ!」
「頑張れー!」
私も応援に集中しなくちゃ。皆の声が重なり、走者にパワーを送っているみたいだ。
(次は……夏くんだ)
彼が、さっとコースに出るだけで風向きが変わったような気がする。バトンを受け取って、今スタートした。1位との差は少しあるけれど、追い抜けるかな。
「若松くーん!」
「きゃー!」
女子の声援を浴びながら夏くんが駆け抜ける――
すると、前を走っている1位の女子が勢いよく転んでしまった。あれは痛そうだ……大丈夫かな?
後ろから走ってきた夏くんは、彼女の隣で足を止めていた。近くでしゃがんで「大丈夫?」と言っているみたい。
しばらくして、彼はその子に肩を貸してコースを外れる。そのまま救護テントまで、彼女を連れて行った。
レースは続いており、その女子のクラスとうちのクラスは、順位を落として次の人がスタートしていた。
「あーあ……ビリになっちゃったよ」
「けど仕方ないよね」
「若松くん優しい」
ビリは残念だけど、ああいう時に率先して助けられるのって、医者を目指す夏くんらしいなと思った。
救護テントの方を見ると、消毒が終わったみたいで、夏くんと女子が一緒に歩いてきた。
「ねぇ、あれって藤咲さんだよね」
「ほんとだ」
「バド部のアイドルの?」
あの女子はバドミントン部で一番可愛いと言われている、藤咲さんという子らしい。セミロングの髪をまとめていて、小動物のような愛らしさ。夏くんの方を見て笑顔を見せている。
あれ……?
何だろう、このモヤモヤした気持ち。
藤咲さんが転けた時は心配だったのに、夏くんと並んで笑っているのを見ると、胸が詰まるような。
ふたりの距離も近くて、仲が良さそうに見えて――そこだけが、運動会から切り取られたように見えてしまう。夏くんの笑顔の向け先が私じゃないことが、心の中で小さく痛んだ。
「萌々香ちゃん、席に戻ろうよ」
「あ……うん」
彼を目で追いながら、私は応援席に戻った。
そのあとは3年生のリレーがあり、すべてのプログラムが終わった。教室に戻って下校する。
「萌々香ー! お疲れ!」
「お疲れ、佳澄」
「……どうかした?」
「あ……ちょっと疲れてて」
今日は久々に佳澄と帰ることにした。
「それにしてもあの若松くん、かっこよかったね」
やっぱり夏くんの話題が出てきた。
私は小さな声で「うん……」としか言えない。
「……ねぇ佳澄。藤咲さんってどんな子?」
「あ、あの子はねぇ、バド部だから体育館で見かけるけど、可愛い顔して試合は強いらしいよ」
「ふぅん」
「……気になるんだ」
「そうかも。転けて大丈夫かなって思ったんだけど……彼との距離が近くてモヤモヤしちゃった」
こういうのを嫉妬っていうのかな。やだ、嫌な彼女になってないかな。
「確かに。他の女子と親しく見えるとちょっとね」
「うん……」
「あ。噂をしていたら」
佳澄がそう言うので前のほうを見ると、男子と一緒にいる夏くんのところに藤咲さんがいる。
「今日はありがとう! 夏樹くん」
……夏樹くん?
その呼び方が、耳から離れなかった。
夏くんは、まんざらでもないような表情。
どうしてそう呼ばれているの……?
「っ……」
「萌々香、大丈夫?」
「……わからない」
「ここは彼女の貫禄を見せないと!」
「え、そんな勇気ないよ……」
結局夏くん含む男子たちと、藤咲さんが一緒に帰って行った。彼の背中がだんだん遠くなっていくように感じる。
「萌々香……もし気になるなら、彼にちゃんと言ったほうがいいよ」
「うん、ありがとう佳澄」
冷たい風が私の身体に突き刺さる。
さっきまでの体育祭の熱気も、夏くんの笑顔も、すべて流れてしまうみたいだった。




