25. 回復
「あやめの意識が……戻った……!」
夏くんの声が震えている。
あやめちゃんが……目を覚ましたの?
「本当? 夏くん……」
「ああ、体力は落ちているけどちゃんと話せるって」
「よ、よかったぁ……」
気づけば目のあたりが熱くなってきた。
こらえきれずに、涙があふれてゆく。
「うぅっ……」
「もも……大丈夫?」
「だって……だって……私も……すごく……怖かったんだから……」
こんな私を夏くんはそっと抱き寄せる。今までで一番あったかくて気持ちいい。
「ありがとう、そこまで思ってくれて」
「うぅっ……ほんとによかったよぉ……」
髪を撫でられながら、彼の腕の中で落ち着くのを待っていた。何だか子どもみたい……けれど今日はこうしていたかった。
「明日、早速病院に行ってくる」
「うん……気をつけてね」
※※※
(若松くん視点)
翌朝――
いつもよりも朝日があたたかく感じる。
あやめもこんな気持ちなのだろうか。
「結翔くん、朝だよ」
「ん……ねむい」
結翔くんを起こしてリビングまで行くと、すでにももが起きていた。
「おはよう、夏くん」
「おはよう、もも」
まるで一緒に住んでいるような気がして、鼓動が大きくなる。この1週間ほど、彼女にはずいぶん支えられてきた。一緒にいるだけで、辛さも苦しさもましになる。
朝食の準備をしているももの背中に、そっと腕を伸ばして肩に触れた。顔を向けた彼女と目が合って、思わず笑ってしまう。
「姉ちゃんとなつくん……母さんと父さんみたい」
俺はさっと離れ、ももはますます赤くなる。そんな顔を見るたびに、守りたくなる。
「も……もう結翔ったら」
朝食を済ませて学校に出発する。
ももが少し照れながら、俺の方を見ていた。
「私さ、お父さんとお母さんが仲良さそうなの見て、恥ずかしかったんだけど……さっき結翔に言われてちょっと嬉しかったかも」
「ハハ……そうだったんだ」
「いつか、あんなふうになりたいなって……あ、ごめん……今からこんな話するのも……」
喋りながら、また真っ赤になっているもも。
そういうところも可愛い。
「俺はいいと思うよ。ももとなら」
言った瞬間、自分も顔が熱くなるのがわかった。
※※※
放課後、俺はあやめの病院に向かった。夕方の病院は人が少なくて落ち着いている。エレベーターで8階まで登ってナースステーションまで行くと、母さんが来てくれた。少しどころかかなり疲れてそうだったが、表情は明るかった。
4人部屋の窓際、あやめは弱い光を浴びながら、静かに外を見ていた。
「……あやめ」
声をかけると、ぱっとこちらを向く。その顔はまだ不安そうに見えたけど、瞳はしっかりと俺を見ていた。
「お兄……ちゃん」
「……良かった、あやめ……」
「うん……怖かった。同じ景色が繰り返されてて……意味がわからなかったよ」
「そうだったんだな」
想像できないぐらいの怖さだったのだろう。また、こうやって話せるのが奇跡のように感じる。
ふと棚を見ると、俺が渡した健康祈願のお守りと、くしゃくしゃになった小さな封筒が並べて置いてある。
「あ……ごめんお兄ちゃん。私、記憶ないんだけど……竹宮くんのお姉ちゃんがくれたカード、ずっと握りしめてたみたい」
「え……」
母さんが口を開く。
「そうなの。呼んでも返事をしなかったけど、そのお手紙とお守りは手放さなかったんだから」
それで、あんなにくしゃっとなってたのか。
無意識にお守りともものメッセージカードは、ぎゅっと手に握ってたんだ。
まるで、遠くからももが応援してくれたようだな。
「……大事にしてくれてたんだな」
「うん……だってこれを見てると嬉しいから」
その時のあやめの笑顔は、きらきらと輝いてるように見えた。同時に、ももへの感謝の気持ちも膨らんでゆく。
「竹宮くんも、竹宮くんのお姉さんも、あやめが早く元気になるようにって祈っててくれたんだよ」
「……うん!」
※※※
帰宅してから、すぐにももと通話した。
「はぁ……良かったね、あやめちゃん」
電話口からは、ももの安心し切った声が聞こえる。
「うん。食事がある程度とれるようになって、検査で異常がなければ退院できるみたい」
「そっかぁ……もう少しだね」
「それでさ……意識が朦朧としている時でも、もものメッセージカードと、前に買った健康祈願のお守りだけは握り締めてたんだって」
「え? そういうことってあるんだ」
「うん、ももがいてくれて……助かった」
そう言うと、息を吸う音が聞こえる。
「……そ、そんな……あやめちゃんが頑張ったからだよ。私、ただ……お祈りしてただけで」
「……ありがとう、もも」
「うん……」
電話を切って、スマホの画面を見つめる。
彼女のうさぎのアイコンも微笑んでいるような気がした。
――ありがとう、もも。
心の中でもう一度そう言った。
画面が暗くなると、部屋の静けさが戻ってくる。胸の奥に残ったあたたかさだけが、はっきりと残っていた。




