24. 彼がいる日々
あれから夏くんは、1日おきぐらいに泊まりに来るようになった。ずっとひとりでいると、どうしても悪い方に考えてしまうみたい。私は彼と過ごせるのが嬉しくて、寝る前のお喋りを楽しみにしていた。
「……あやめちゃんはどう?」
「時々目を開けることがあるらしい。けど……意識はまだ」
「そっかぁ……」
私でさえも怖く感じるので、夏くんや家族の人たちは相当不安なんだろうな。
「私は何もできないけど、ずっと祈ってるから」
「ありがとう、もも。その気持ちだけで十分だよ」
そっと彼の肩にもたれると、大きな腕で引き寄せられる。こうしているのが好き――何も話さずにただ彼のぬくもりに身を委ねているだけで、ほっとするの。
ゆっくりと目を閉じると、眠気が漂ってくる。
そうだ、体育祭の練習でたくさん走ったから疲れてたんだ。
夏くんって心地よくて、このまま私は……
「もも」
「……」
「……可愛い」
――その時、身体がふわりと宙に浮いた感じがした。
夢と現実の境目で、誰かに運ばれるような安心に包まれた。
「おやすみ、もも」
頭を優しく撫でられる感覚があった。
身体がふわふわしていて、雲の上にいるみたいだった。
※※※
「おはよう」
「おはよう、萌々香。今日一日よろしくね」
「……え?」
「言ってなかった? 私たち出張で、明日に帰るから」
――忘れてた。
うちのお父さんとお母さんは、お客さんの都合でたまに出張がある。今日がその日だった。
「うん、わかった」
夏くんと結翔も起きてきた。
「結翔、宿題ちゃんとやるのよ」
「余裕だってー!」
「じゃあ行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
玄関のドアが閉まる音がして、家に静けさが広がった。親たちがいないと、家の空気がいつもより大きく感じる。
夏くんがトースターに食パンを入れながら言った。
「ふたりで出張とかあるんだね」
「そうなの。多分半分くらいデートしてるよ」
「ハハ……」
「なつくん、パンまだー?」と結翔。
というか、いつの間にその呼び方になってるの?
「はい結翔くん」
「サンキュー」
ん?
あまりにも彼がうちに馴染んでいて、まるで……
「ねーちゃん、牛乳」
「……あ、わかったわよ」
家を出て、夏くんと一緒に学校まで向かった。
「ねぇ夏くん。今日は……どうする?」
「そうだな。いったん家に帰るけど……」
両親がいないからといって、特別なことがあるわけじゃないけど……せっかくだから一緒にいたいな。
「もものその顔見たら……行きたくなった」
「え、わかっちゃった?」
「……まぁね」
その時、秋風が私たちの背中をそっと押してくれたような気がした。涼しいはずなのに、胸の中には熱さが残っていた。
※※※
夕方に家に帰ると、結翔がお菓子を食べていた。
「ちょっとそれ、ひとりで食べないでよ」
「げっ……バレた」
「もう……」
お母さんが朝に干した洗濯物を取り入れて、結翔とたたんでいるとインターホンが鳴った。
「あ! なつくんだー!」
結翔がダッシュで玄関に行ってドアを開ける。
「こんばんは、結翔くん」
「いえーい」
「夏くん」
「もも」
「……ねーちゃん、“もも”って呼ばれてんの?」
私たちは同時に固まる。
夏くんは視線を落としてから「……うん。呼んでる」と照れながら言った。
「そっか! じゃ、なつくん。ねーちゃんをよろしく頼んだ!」
「……もちろんだよ」
それを聞いて、今度は私の頬が赤く染まっていく。
夕食は、お母さんの作り置きのロールキャベツを温めて食べた。
「……なつくんって、これからもずっとうちに来るの?」
「いや、あやめの調子が良くなれば帰るよ」
「ねーちゃんが寂しそう」
「結翔、夏くんだって家族がいるんだから」
食後にそれぞれお風呂に入ってから、3人で映画を観た。いつも親が出張の時は、結翔と映画を観ている。
今日は夏くんとソファで隣同士。シーンが変わるたびに腕が触れて、心の奥でトクンと音がする。
――映画が終わってソファを見ると、結翔が爆睡していた。
「あぁ……結翔ったらまた寝ちゃった。よく途中でこうなるんだよね」
私が起こそうとしたら、夏くんが「いや、大丈夫」と言って、ひょいと結翔を持ち上げた。
あまりにも軽々と抱き抱えるので、私は驚く。そしてたくましい彼の姿に見惚れていた。
「夏くん……すごい。重たくない?」
「うん。昨日はももをベッドに寝かせたからね」
「え……?」
そうだ、彼に寄り添ってそのまま私……
あの時、浮かんだ感覚があったのはそういうことだったの……?
やだ……夏くんに抱えられるなんて。
彼が結翔を部屋のベッドに寝かせてから、リビングに戻ってきた。
「ありがとう、夏くん」
ソファでふたりっきりになって、何となく黙ってしまう。
遠くの方で微かに車の音が聞こえる以外は、お互いの鼓動の音しか聞こえない。
「……こっちこそありがとう、もも」
夏くんは穏やかに笑う。
「あやめが入院するようになってからでも、俺がこうして普通に過ごせるのは、ももと家の人たちのおかげだから」
「夏くん……」
彼の手が、ゆっくりと私の手に重なる。
あったかくて、つい彼にしがみついてしまう。
顔を上げるとすぐそばに彼がいて――
目を閉じて、唇が触れようとした時だった。
夏くんのスマホが光り、彼が画面を確認する。
すぐに――表情が明るくなるのがわかった。
「あやめの意識が……戻った……!」




