22. 不安
(若松くん視点)
「もも、可愛いかったな」
彼女と出かけた帰り、俺は思わず呟いた。
夏休み明け、ももの顔を見るたびに鼓動が速くなっていた。このままではいられなくて……彼女に想いを伝えた。まさか俺にこんな日がくるなんて。
思えば、初めて会った時からずっと気になっていた。
俺だけでなく、あやめのことも考えてくれる優しい彼女。そう思いながら今日もらった小さな封筒を、あやめに渡した。
「これ、結翔くんのお姉さんから」
「わぁ……可愛いカード! ありがとうお兄ちゃん。入院するとき持っていくね」
あやめが笑っているのを見て、ほっとする。
「というか、今日お兄ちゃん……デートしてきた?」
しまった。
今渡したらさっきまで会っていたのが、バレバレだ。
「あ……昨日学校でもらったけど渡すの忘れてて」
「……あやしい。私、あの人ならお姉ちゃんになってもいいよ」
ん? お姉ちゃんって……
「な、何言ってんだよ」
彼女の顔が思い浮かんで、声がうわずった。
「最近お兄ちゃん、変わったね。前より優しい」
小学生とはいえ、女子ってどこか鋭い。
まだ話すのは恥ずかしいので、「そうか?」とだけ言った。
※※※
それから数日が経ち、あやめは入院した。手術までの間にしんどい薬を使うらしい。
「なるほど……」
タブレットで調べながらうなずく。手術前の薬による副作用も色々とあるが、術後の方が体力が低下するのか。一時的に抵抗力が下がるので、感染症などに気をつけなければならないらしい。
「患者はもちろん大変だけど、医者も大変なんだな」
――それでもいつか、俺だって。
部活が終わると、大体ももと一緒に帰ることが多かった。いつものベンチはすっかり俺たちの場所になった。秋に入り、涼しい風が頬を撫でる。
「あやめちゃん、入院したんだね」
「うん、術前の薬が入ったところだよ」
「……何だか夏くん、お医者さんみたいな言い方だね」
彼女にそう言われて、胸が熱くなった。
「実は俺……あやめみたいな人たちを助ける医者になりたいんだ」
「え……すごい」
「だからその……とりあえず数学は頑張ってる」
ももは俺の方をじっと見つめて「……素敵」と言った。
そう言われると照れくさい。
「夏くんならきっとなれるよ、お医者さん」
「……そう言われると、本当にそうなれる気がする」
「じゃあ、何かあったら夏くんに診てもらお」
「ハハ……」
「私はまだ将来のこと、考えてないや」
「ゆっくりでいいと思うよ」
「うーん……」
考えるポーズがまた可愛い。
彼女はどんな女性になるのだろう。
「わからないけど……お医者さんの夏くんを支えてあげたいな」
ぎゅっと俺の腕にしがみつく彼女。お互いに顔が少し赤くなっている。
「ももは、今でも俺を支えてくれてるよ」
「……えへへ」
※※※
あやめの手術当日。
母さんは朝早くから家を出発して行った。
俺もソワソワしていたが、切り替えて学校に向かう。
「おはよう」
ももと校門前で一緒になった。今日は隣にいてほしいなと思ってたので、心が落ち着いてきた。
「無事に終わるといいね」
「うん……」
その日の夕方、あやめの手術が無事に済んだと母さんから連絡があった。今日はあやめのそばにいて、明日帰ってくるらしい。
「良かった」
俺はデスクマットに挟んだ吉のおみくじを見て、息をついた。
しかし、そこから1週間後。
「……そんな……すぐ行きます」
夜に電話がかかってきて、母さんが慌てている。
「どうしたの?」
「あやめが意識障害を起こしたみたいで……」
「え……」
どうやら意識がおかしなことになったらしい。名前を呼んでも返事ができず、急にベッドから飛び出したり、意味のわからないことを言うようだ。
「それ……戻るよね?」
「戻ると思うわ。病院に行くわね」
「行ってらっしゃい」
俺は一気に不安になった。手術の合併症でこういったことはあるって知ってたのに、いざとなると怖くなってくる。
「あやめ……」
翌日、鎮痛剤が打たれて落ち着いたものの、あやめは意識がない状態になる。
「嘘だ……あやめは目を覚まさないのか?」
「落ち着いて、先生たちが今対応してくださってるから。私はしばらくここにいるわ……ごめんね夏樹」
そう言われて電話が切られた。俺はタブレットで調べたものの、答えは出てこない。
「どうしよう……」
胸が潰れるようで、息が少し苦しかった。
さらに翌日。
俺は学校で誰とも話せずうつむいたままだった。あやめの声が頭の中で聞こえてくる。
『お兄ちゃん、デートしてきた?』
最近まであんなに元気だったのに……手術なんてしなければこんなことには……。
考えれば考えるほど頭痛がしてくる。
食欲も湧かない。
調子が良くないので部活は休むことにした。
帰り道がやけに長く感じる――そう思いながら歩いていると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「夏くんっ……」
ももが息を切らしている。
まさか……来てくれたのか? 吹奏楽部はどうしたんだろう。
「……部活、今日だけ休んじゃった」
「もも……」
「夏くん、何かあったの? 今日ずっと辛そうだったから心配で」
「……」
気づけば彼女を抱き締めていた。
「な……夏くん……」
「もも……俺……もう」
彼女は俺の背中に手を回してくれた。ゆっくりと撫でられ、じんわりとあたたかさを感じる。
「私には、何でも言ってくれていいんだよ」
その言葉に思わず目頭が熱くなる。
ももになら、全てを話したい。
「……あやめの意識が……ないんだ」
「うそ……そんなことって」
「母さんはずっとあやめについてくれている。医者の先生も診てくれてるんだけど……もしこのまま目を覚まさなかったらどうしようって……」
ももの瞳も潤んでいる。
俺の手を両手でしっかりと握ってくれた。
「夏くん、私も不安だけど……そばにいさせて」
「もも……」
そしてふっと穏やかな表情になる。
「うち……来ない?」
「え……」
また、ももの家にお邪魔するなんて。
だけど今は誰かと一緒に、いや……彼女と一緒にいたかった。
「ありがとう、もも」




