17. 公園
「……竹宮さん」
「わ、若松くん……」
しばらくその場で静止する私たち。
やがて、ふっと力が抜ける。
「……ごめん。なんだか無視してるみたいで」
「ううん、私のほうこそ」
隣同士で、一歩ずつ前に進んでいく。
少しずつ心が落ち着いていくのがわかった。
彼がそばにいるって、こんなに安心するんだ。
何も話さなくても空気感だけで、気持ちが通じ合いそう。
ふいに彼が口を開く。
「実はさ……」
「ん?」
「情けないんだけど、最近うまくサーブが出来なくなって。調子良くないからって、先に帰らせてもらった」
若松くんも……?
まさか、自分と同じことになってたなんて。
「私もなの。フルートうまく吹けなくて、帰らせてもらった」
「え……竹宮さんも?」
ふたりとも理由は同じかもしれない。
けれど、それ以上言えない。
「あ……私、若松くんと今話したら……大丈夫な気がしてきた」
「本当? 俺も……たぶん」
「誰かと話すのって大事だよね」
「だよな」
ふたりで笑い合う。
「……時間あるよな。せっかくだから、どこか行く?」
彼はそう言いながらも、耳が赤くなっている。
「うん……ちょっとだけね」
私たちは公園まで歩いて行った。
少しだけ暑さはましになっている。
ベンチに座って若松くんの方を向くと、彼も私を見ていた。
また目が合った……。
どうしてこんなに見てしまうのだろう。
「あやめちゃんは、体調どう?」
「元気だよ。10月に手術が決まったんだ。それさえ終われば一安心かな」
「そっか。もう少しだね」
「結翔くんも、学校だよな」
「うん、宿題ギリギリまでやってたよ」
「わかる」
――とりあえず、妹や弟の話をしてしまう私たち。
もっと他に喋りたいことがあるはずなのに。
「竹宮さん……文化祭って、合唱と文化部の発表や展示があるんだっけ?」
「そうだよ」
「じゃあ前の学校と同じだな」
「うん」
「いや、違うか」
「え?」
若松くんはもう一度、私の方を見つめる。
「今年は竹宮さんのフルートが見れるから、吹奏楽部が楽しみだ」
「……」
そんなこと言われたら、私……若松くんのこと……
「あ、ごめん。こんなこと言ったらプレッシャーだよな」
「ううん、そんなことない」
ちゃんと言わなきゃ……
「若松くんがそう言ってくれるから、頑張れるの」
「竹宮さん……」
「だから……ありがとう」
「うん……」
もう大丈夫。
明日からはちゃんと、フルートの練習ができるはず。
「……俺さ」
「ん?」
「もっと竹宮さんと、一緒にいたくなった」
彼の真剣な眼差し。
そっと手が伸びてきて、私の手に……微かに触れる。
私の肩がぴくんと揺れたけど、そのまま自分の手を伸ばしてみた。
心が熱くなって、ドクンという音が響き合う。
彼の大きな手の中に、包まれた。
あったかくて心地良い。
ずっと――こうしたかった。
「私も……同じこと、考えてた」
そう言うと、彼が小さく笑う。
包まれた手がさらにぎゅっと強く握られた。
「もう俺……前みたいには戻れないかも」
「若松くん……」
「だって……君が好きだから」
その言葉が、夕暮れの空気に静かに落ちていく。
胸の奥に、やわらかい光がともった。
顔も、耳の奥まで真っ赤になっていくのがわかった。
「私だって……好きなんだもん」
指が絡み合い、しっかりと手を握り合う。
もう離さないって言われているように。
「良かった……無理だったらどうしようかと思った」
彼がいつもの笑顔を見せてくれた。
「私も……ずっと考えててドキドキしてた」
「俺、今でもドキドキしてる」
「ほんと?」
「本当だよ」
この鼓動の速さは、私たちだけが知っている。
これからも、そばにいさせてね。
「……帰るか」
「うん」
そのまま、私たちは手を繋いで帰る。
夕陽が優しくふたりを見守ってくれた。
手のぬくもりだけで、世界が少し明るくなった気がした。
※※※
「ただいま」
「おかえり、萌々香」
ちょうどお母さんが来てくれた。
「……昨日言ってた友達と話せたよ」
お母さんはほっとしたように笑う。
「良かったね」
「うん、あとさ……」
彼とのことを言おうか迷ったけど……まだいいかな。
「や、やっぱりなんでもない……」
こうは言ったけど、きっと耳は赤いままだ。
私は自分の部屋に行ってスマホを眺める。
彼のバレーボールのアイコンを見るだけで、嬉しくて胸がいっぱいだった。




