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16. 夏休み明け

 夏休みが明けて、始業式。

 まだまだ日差しがきつくて、汗がふきだしそうになりながら登校した。

 

「おはよう! 萌々香ー!」

「佳澄、おはよ!」


「はぁーまた学校だね。なんか楽しいことないかな」

「……吹奏楽部はね、文化祭のことしか考えられないんだよ」

「ほんとだ、今年も楽しみにしているから!」


 友達と話していると、若松くんが教室に入ってくる。

 私は彼の顔を見ることができずに、意味なくうつむいていた。何も見てないのに、顔が熱い。


「萌々香!」

 ポンと佳澄に背中を叩かれる。

「ふぇ!?」

 変な声が出てしまった。

 花火フェスタで彼に触れられたことを、思い出す。


「やだ……どうして」

 恥ずかしい、あの日のことをずっと考えてる自分が。

「大丈夫? 吹奏楽、練習し過ぎて疲れてる?」

「あ……多分そうかな」

 全然そうじゃない。


 始業式と学活が終わったので、私は部活に行く。

 教室を出て歩いていると、ちょうど近くに彼がいた。


 ふと目が合う――


 一瞬だったのに、スローモーションみたいだった。

 何かを誤魔化すみたいに視線を外す彼。

 いつもなら「お疲れ!」と言ってくれるのに、どうしたのだろう。


 でもそういう私も、何も話せなかった。

 気づいてないふりなんてできないぐらいに、胸の奥でトクンと音が鳴る。


「……早く行かなきゃ」

 私は必死で音楽室まで急いだ。



 ※※※



 あれから1週間。

 彼とは時々目が合ったものの、喋ることはなかった。チャットのやり取りもない。


 ――私、もしかして嫌われちゃった?


 スマホの通知を見るたびに期待しては、落ち込む。

 徐々に不安になってきて、フルートの音が揺れる。

 

 それでもあのバレー大会や、花火フェスタのことは……心に残ったまま。


「萌々香」

 お母さんが部屋に来てくれた。


「まだまだ暑いね、体調は大丈夫?」

「うん……」

 声がうまく出せていない。

 お母さんに何か気づかれたかな?

 

 でも……誰かに話したい。


「お、お母さん……」

 私は少し涙目になっていた。

「萌々香、どうかした?」


 今なら……お母さんとふたりっきりだから話せそう。


「あのね、私……おかしいの。フルートがうまくできなくって」

「そうなの? 夏休みも大体練習してたもんね」

「そうじゃなくて……私……」

「……」


「その……いつも話す友達と最近喋ってなくて。チャットも来ない。それで心配になって」

「そうだったのね」


 少しだけ、心が緩んできた。

「向こうも私のこと、避けてるのかなって。目は合うのに逸らされちゃう。私も……逸らしてるけど」


 お母さんは頷きながら優しく話す。

「目が合うってことは、お互いに気にしてる証拠よ。照れちゃってるだけなんじゃないかな。向こうも、萌々香と同じ気持ちなのかもね」

「……確かに」


 だとしたら、勇気を出して話しかけたらいいのかな。でも緊張しちゃう、これまで普通に話せたのに。


「……大丈夫。萌々香がその子を思ってるなら、いつかちゃんと話せる」


「お母さん……」


 ほんとうに話せるかな、私。


 その時、お母さんを呼ぶお父さんの声が聞こえた。

「ちょっと待っててね」

 お母さんはお父さんと何か話してから、すぐに戻って来てくれた。

 

「……単に私がいないから、探してたみたい」

「え?」

 お母さん、相変わらず愛されてるな。

 

「私も、誰かに守ってもらいたいな」

 

 あ、つい言ってしまった。

 自分でも驚くほど素直な声だった。

 

 けれど、お母さんは微笑んでいる。

「ふふ……守ってもらうだけじゃないんだよ?」

「どういうこと?」


「私はね、彼のこと……支えたいってずっと思ってる」


「え……」


 お母さんはそんなことを考えてたの……?


「お父さんに会ったのは中学生の時だったから、好きとかよくわからなくって。だけどね、だんだん心地良いなぁって。これからもこの人と一緒にいるんだろうなって……思えたの」


「そうなんだ……」

「彼の元気がなかったら励ましたいし、そばにいたい。想い合って、支え合って……ここまで来れたんだよ」


 励ます……?


『若松くんが今、緊張して不安だったら……私が励ます』


 前に私が彼に言った言葉が、リフレインする。

 本気だった。

 あやめちゃんのことも心配だったけど、一番心配なのは……若松くんのことだった。


 それに……


 今、私……


 若松くんと、一緒にいたい……


 これが“好き”ってことなの……?


 胸の奥がじんわり熱くなって、呼吸まで静かになった。


「お母さん、お父さんの前だと緊張して話せないことって……あった?」


「もちろん。いつも顔が赤くなってた。何話せばいいのかわからなかったわ」


 お母さんもそういうことがあったんだ。

 じゃあ私の今の状況って……。


「萌々香、顔……赤くなってる」

「えぇ!? うそ……ちょっと」

「そういう人がいるの?」

「あ……いや……そんなの……」


 だめ……もう誤魔化せないよ。

 

 この気持ちは――



 ※※※



 翌日。

 まだ頭がぼんやりしている。

 昨日お母さんは勘付いていただろうか。明らかにわかりやすい反応をしちゃったから。


 それでも……頑張って話せるようになりたい。


 こう思っていたにも関わらず、うまくいかなくて放課後になってしまった。

 

「竹宮さん、最近どうしたの?」

 吹奏楽部の先輩が声をかけてくれている。

 やっぱりフルートの音が震えていた。

 

「すみません……考え事しちゃって」

「悩んでることがあったら聞こうか?」


 ――言えない、彼のことなんて。

 

「あたま……いたくて」

「じゃあ早めに帰った方がいいよ。まだ日にちはあるからゆっくり休んで」

「ありがとうございます……」

 

 私は片付けをしてリュックを背負い、先に下校した。

 夕方になって少し秋の匂いが漂う。

 それだけで、胸がぎゅっとなって切ない気持ちになった。


「はぁ……情けない」


 ゆっくり歩いて校門を出る。


 ここから家までが、果てしなく遠く感じた。


 すると――

 

 後ろから、足音が近づいてくる。


 あれ……この足音、どこか懐かしいな。


 心が勝手に反応した。

 理由なんて、わかってる。


 身体が動く。

 振り返るとそこにいたのは――


「……竹宮さん」


「わ、若松くん……」


 さっきまで心細かったのに、まず最初にこう思った。

 

 ……やっと私を呼んでくれたって。

 

 


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