15. フェスタ
8月中旬には家族旅行に行き、楽しい時間を過ごした。お盆が明けると、再び部活に行く毎日である。
「もうすぐ花火フェスタだね」
「やばい、ちゃんと練習しないと」
花火フェスタで演奏する曲を中心に、パート練習をしている私たち。毎年吹奏楽部の演奏は好評で、みんなが盛り上がってくれる。
いつも通り練習を終えて帰っていると、前のほうに彼の姿を見つけた。これまでなら「若松くん!」と呼べたのに、今日は声を出すのに緊張してくる。
「わ……わかまつ……くん」
ちょっと変な声になったかも……けれど若松くんは振り向いて笑ってくれた。
「お疲れ様、文化祭の練習してるの?」
「うん……その前に花火フェスタがあるんだけど」
「あ、連絡来てたよな。あれってどんな雰囲気?」
そういえば若松くんはフェスタが初めてだった。私は簡単に説明する。
「そうなんだ。竹宮さんのフルートを見たいから行こうかな」
私のフルートを見たいから……
その言葉に思わず赤面する。
いや、これは吹奏楽部の話。彼は“フルート”が見たいだけなんだから。
――そうだ。
「良かったらあやめちゃんも一緒にどう? 花火がとっても綺麗なんだよ」
若松くんは「確かに」と言って頷いてくれる。
「あやめも誘ってみるよ」
彼が見に来てくれる――そう思うと、もっと練習を頑張ろうって思えた。
※※※
そして、花火フェスタ当日。
私は学校の音楽室で準備をする。今年はみんなでお揃いのリボンをつけた。
キッチンカーやお祭りの屋台が賑わっていて、楽しそうな声が聞こえてくる。徐々に花火を見る人たちで、混雑してきた。
「よし、みんな行くよ!」
部長がそう言って、フェスタ会場のグランドに向かった。
ステージに上がると歓声が聞こえてくる。私達は息を合わせて演奏を始めた。親子連れが多いので、有名なアニメの主題歌や、昔ながらの曲も流れる。全部で3曲、演奏を終えて息をついた。
うまくいってほっとする。
私が音楽室に戻ろうとした時だった。
「竹宮さん!」
そこには若松くんと女の子、そしてお母さんみたいな人がいた。
「若松くん……来てくれてありがとう」
「演奏、すごく楽しかったよ。あやめも喜んでる」
すると女の子が私の方にゆっくり歩いてきた。
「……若松あやめです。私も中学生になったら吹奏楽部でフルートやりたいな」
あやめちゃんの真剣な目をみて、私は嬉しい気持ちになった。緊張しながら話す姿も可愛い。
「ありがとう。吹奏楽部はやりがいがあるから、是非入ってね」
「うん!」
あやめちゃんはそう言って、お母さんのところに戻って行った。
「あ……その……竹宮さん」
若松くんに呼ばれる。
「なに?」
「……花火、一緒に見ない?」
「え……?」
周りの話し声が聞こえない。
彼と、私だけの世界ができたみたいだった。
「あ……う、うん。片付けてくるから待っててくれる?」
「じゃあ、ここにいるよ」
私は急いで音楽室まで行って、フルートを片付ける。そして「お疲れ様!」とみんなに言って若松くんのところに向かった。
身体が熱いのは、きっと夏の熱気のせいだけではない。
胸のトクンという音が聞こえるたびに、彼の顔が思い浮かぶ。
「若松くん……お待たせ」
ようやく彼と合流して、花火を見に行く。
「人がいっぱいだな」
「うん、毎年こんな感じなの」
下手すると、はぐれるぐらいの人の多さ。高校生ぐらいの集団とすれ違う時に、少し身体がぶつかる。
「大丈夫?」
若松くんはそう言って私の背中に手をやる。
大きな手からぬくもりを感じて、顔が真っ赤になってしまう。
あれ?
私、こんなに誰かの手を意識したことあったっけ。
暑いはずなのに、彼のあたたかさが心地良かった。
このままでいたいとさえ思った。
「あ……ありがとう」
声は小さいのに、心臓の音は大きい。
彼に聞こえてしまいそう。
そして人が比較的少ない場所を見つけて、私たちは花火の打ち上げを待つ。
「それでは! 10秒前! 9……8……7……6……」
カウントダウンの声も聞こえないぐらい、若松くんの隣で私は緊張していた。
その時、ドンッと言う音とともに空に大輪の花が咲いた。
「わぁ……」
「綺麗……」
次々と打ち上げられる煌めく花火。
ヒューという音とパンッという音が交互に聞こえて、金色や銀色の光が、空で泳いでいるかのようだった。
きらきらと輝く空を見ていると、私たちの手が触れる。
一回じゃなくて、何回も……その度に、心にぽっと火がつくような感覚があった。
フィナーレでは一気にカラフルな花火が打ち上がり、みんなが盛り上がったまま、最後は拍手喝采で幕を閉じた。
「竹宮さん、俺……感動した」
さっきまで花火の光に照らされていた彼の横顔が、大人っぽく見える。
私だってそう。
花火が綺麗で感動したというのもあるけれど……
若松くんと一緒にこの花火を見られて、良かったって思える。
「私も……」
彼がこっちを向く。
しばらく見つめ合う私たち。
お互いの心臓の音が響き合う。
もう少しで手が触れ合うと思ったその時――
「ねえちゃーん!」
向こうの方から、結翔とあやめちゃんがやって来た。
いつの間に一緒にいたんだろう。
「若松くん! 元気?」
「元気だよ、結翔くん」
話しているとうちのお父さんとお母さん、若松くんのお母さんも来た。
「竹宮さん、今日はありがとう」
「うん、若松くんもありがとう」
こうして私たちは家族で帰路についた。
「結翔、あやめちゃん何か言ってた?」
「おう! 花火めちゃくちゃ綺麗だって!」
私たちの後ろで、お父さんとお母さんも寄り添っている。
「何回見ても綺麗だな。あの時を思い出す」
「ふふ……忘れられない思い出ね」
私も思う。
彼と一緒に見た花火はずっと忘れないだろうな――
胸を押さえながら、空に光る星を眺めた。
※※※
(若松くん視点)
花火フェスタから帰ってきて、さっと部屋に行く。
「……竹宮さん」
自分の手を眺める。
打ち上げ花火を見ながら、彼女と何回か手が触れていた。
なぜだろう、全然――嫌じゃなかった。
もしかしたら彼女も……。
そしてあの時。
あやめが来てくれてほっとしたけれど、もう少し竹宮さんと一緒にいたかった。
あのまま誰も来なければ、今頃は――
「……何考えてんだ」
思えばバレーの大会も俺から誘った。
応援の声で背中を押されたのは、初めてだった。彼女の声が聞こえたから、最後まで頑張れたようなものだ。
気づけば、花火も一緒に見ようと誘っていた。
こんなにも彼女のそばにいたいと思っていたなんて。
この気持ちは……まさか。
そんなことを考えていると、ドアのノックの音。
「お兄ちゃん」
あやめだった。
「私、花火を見て勇気が湧いてきたよ」
「そうか、良かったな」
「それに、竹宮くんのお姉ちゃんのフルートも良かった」
「うん」
「ありがとう、お兄ちゃん。私、治療がんばる」
それだけ言ってあやめは出ていった。
これも全部、彼女がいてくれたから。
「そうだ」
俺はうさぎのキーホルダーのアイコンをタップして、チャットを打つ。
『今日はありがとう。あやめが竹宮さんのフルートと花火を見て、勇気が湧いてきたと言ってた。竹宮さんのおかげだな』
――送信。
少しして、彼女から返信があった。
『若松くん今日はありがとう。あやめちゃん良かったね、応援してるね』
胸が熱くなる。
きっと、あやめのことを相談できるからだ。
彼女があやめを元気づけてくれるから……。
そう思っていたらもう1件、メッセージが届いた。
『花火、一緒に見られて嬉しかった』
ドクンと音が響く。
さっきの返信よりもずっと大きな鼓動。
胸が痛いのに苦しくない。
こんなことは初めてだ。
もう……誤魔化せない。
俺は――




