14. 大会②
翌日、決勝トーナメントが実施された。
負けたら終わり。
体育館の空気が、予選のときとは全然違って感じられる。
「ちょっと緊張してきた……」
「わかる。応援してる側なのにね」
友達とそんな会話をしながらも、胸の奥ではずっと“ドクドク”と音が鳴っていた。
――決勝トーナメント初戦、対戦相手は予選リーグ1位通過の強豪校。
試合開始の笛が鳴ると、会場のざわめきが一気に消えた。
相手のスパイクは凄まじく速い。
ブロックも高くて、まるで壁みたい。
そのたびに、うちのチームは押し戻される。
でも、若松くんは諦めなかった。
「ナイスカバー!」
「ドンマイ、次いこ!」
声を張り上げながら、誰よりもコートを走っていた。
レシーブで床に飛び込んだとき、膝を打ったのか顔が少し歪んだ。
でもすぐに立ち上がって、またボールを追いかける。
――こんなに必死な姿、初めて見た。
1セット目は取られた。
でも、2セット目は粘りに粘って奪い返した。
「すごい……!」
「あと1セットだよ!」
手に汗がにじむ。
もしかすると、選手以上に緊張しているかもしれない。
3セット目、試合はデュースにもつれ込んだ。
もう、どっちが勝つかなんて誰にもわからない。
「がんばって……!」
祈るように見つめていると、相手の強烈なサーブが飛んできた。
チームメイトは一瞬動きが遅れる。
でも、その一歩を、若松くんだけが踏み出した。
「っ……!」
腕でしっかり受け止める。
ボールがゆっくり空へと浮かんで――味方がスパイクを放つ。
相手の指先をかすめて、ボールは相手コートのライン上へ。
……落ちた。
「決まった!!」
体育館が大きく揺れたように感じた。
味方の歓声、コーチのガッツポーズ、応援席のどよめき。
全部が一気に溢れ出す。
「若松くん、すごい……!」
自分の声が震えているのがわかった。
コートでは、仲間が若松くんの肩を叩きながら喜んでいる。
彼は汗だくのまま、少し照れくさそうに笑っていた。
その視線が、ふいにこちらに向く。
「――え?」
ほんの一瞬だったけど、確かに目が合った。
さっきまで震えていた鼓動が、今度は違う意味で跳ね上がる。
「萌々香ちゃん、顔赤いよ?」
「う、うそ……!」
友達に言われ、慌てて頬に手を当てる。
でも、止まらない。
顔も胸も、全身が熱い。
若松くんたちは準決勝進出。
次はもっと大きな相手。
それでも――
絶対、最後まで応援する……!
そう思っただけで、また心がぎゅっと締めつけられた。
※※※
結局準決勝で敗退し、うちの中学の男子バレー部はベスト8に終わった。それでも若松くんは、やり切った表情でチームメイトと笑い合っていた。ちなみに佳澄のいる女子バレー部は決勝トーナメント初戦で敗退していた。
「ほら萌々香! 若松くんところ行きなよ!」
私は友達に押されて、入り口で解散している選手たちの方に歩いていく。
そこにいる、ひときわ背が高い彼の元に向かった。いつもより身体が大きく見えて緊張してくる……こんなに背中、広かったっけ?
「わ……わかまつ……くん」
声が震えている。
「竹宮さん……! 来てくれてありがとう」
私を見るなりぱっと笑顔になった若松くん。
――胸の奥で何かが大きく鳴り響いた。
「準決勝、勝ちたかったんだけどね」
そう言って苦笑いをしている彼。
「そうだね、けど……」
私は彼の目を見て言った。
「若松くん、すごくかっこよかったよ」
こういう言い方で良かったのか、わからなくなってくる。彼も照れたような表情をしていた。
少しの沈黙のあと、若松くんが口を開く。
「竹宮さんの声、聞こえてたから」
そう言われてまた胸の奥がおかしい。
私の声、届いてたんだ――。
するとバッグに入れたスマホが鳴る。
ちらっと見ると一緒に来た友達からだった。
『うちらは先帰ってるねー♡ ごゆっくり♡』
私と若松くんのことを見ていたのだろうか。恥ずかしくなってくる。
「竹宮さん、あのさ」
「ん?」
若松くんはバッグからスマホを取り出した。
「良かったら……チャットのID交換しない?」
「え……」
一瞬、時間が止まったような感覚があった。
若松くんとID交換……?
「うん……交換する」
「じゃあコード読み取るよ」
彼と近づくだけで、スマホを触る指が震えて熱を帯びる。今日の私、一体どうしちゃったんだろう。
「……できた」
私のチャット画面に「若松夏樹」と表示された、バレーボールのアイコン。それを見るだけで心があたたまる。
「じゃ、帰ろうか」
若松くんに言われて私は「うん!」と言う。
ふたりで並んで歩く帰り道は、前よりもずっと彼を近くに感じた。
※※※
「ただいま」
「おかえり、萌々香」
お母さんが今日もニコニコしながら迎えてくれた。明らかに何か聞きたそうだったけど、私はすぐに自分の部屋に入った。
「はぁ……」
若松くんの試合での姿が頭の中で蘇ってくる。全体を見ていたはずなのに、思い出すのは彼がプレーしていたシーンばかり。
スマホのチャット画面を開いて、バレーボールのアイコンを見つめる。どうしてこんなにも、若松くんのことを思うのだろう。
「萌々香ーゼリー食べるー?」
お母さんの声だ、ゼリーなら食べられそう。私はダイニングに行く。
「……で、若松くんどうだった?」
思ったとおりそう聞かれた。
「準決勝で負けちゃったけど、すごく活躍してた」
「そっか……かっこよかったんじゃない?」
ニヤッと笑うお母さん。
私は顔を赤くしながら「うん……かっこよかった」と言った。
「良かったね、応援に行けて」
「うん」
いつもよりおとなしい私に、お母さんは気づいているのだろうか。特にそれ以上は聞かれずに済んだ。
「ごちそうさま」
そう言って私は再び自室にこもる。
すると、机の上に置いたスマホが光っていた。まるでそこだけオーラを纏っているよう。
『今日はありがとう。竹宮さんが来てくれて本当に嬉しかった』
「わ……わかまつくん」
彼から初めて来たメッセージ。三度見、いや五度見ぐらいしてから私は返事を打つ。
『私も若松くんを応援できて、嬉しかったよ』
――送信。
こんな風に男の子とやり取りすることになるなんて……私は未だにおさまらない鼓動を感じながら、スマホを握りしめた。




