11. 特別
竹宮さんの部屋に来た。前みたいにベッドに2人で腰かける。
「……良かった」
ふいに彼女がそう言って俺の顔を見る。
「若松くん、ちょっと元気になったかなって」
竹宮さんの声は、落ち着く。
それだけで心がゆっくり戻っていくみたいだった。
「うん、竹宮さんのおかげ」
「私も不安なとき、家族と関係ない話をしてると……何とかなりそうな気がするから」
もう少しで腕が触れそうになり、心の中の何かが動いた。
彼女の息づかいが聞こえてきそうで、胸の音も大きくなる。
「あ、けど若松くんのほうが不安だよね。あやめちゃんの熱が下がらなくて」
「……みんなそれぞれ不安はあると思うよ」
「私さ、吹奏楽部の演奏の前とかちょっと緊張する」
「俺も試合前はそうだな」
「え、若松くん余裕そうなのに?」
竹宮さんがそう言った時、腕がわずかに触れた。
ほんの一瞬だったのに、他の誰かとは違うぬくもりを感じる。
「そんなことないよ。強豪校との対戦とか、特にドキドキする」
「そうなんだ。ちょっとわかるかも」
「けど……チームで声をかけ合ってるかな」
「私もそう、みんながいるから頑張れる」
俺は今もこうして、竹宮さんに励まされている。
そう思っていたら、彼女も気づいたように言った。
「若松くんが今、緊張して不安だったら……私が励ます」
「竹宮さん……」
彼女の笑顔は――俺の胸を熱くさせた。
まるで、俺たちの距離がゆっくり縮まっていくみたいだった。
そばにいてくれるだけで心強くて、前向きになれる。
「ありがとう」
そう言ったものの、まだ鼓動がおさまらない。
別の緊張が、俺を揺らしていることには気づいてなかった。
※※※
翌朝。
昨日よりもぐっすり眠れて頭がすっきりしている。
「……結翔くん、朝だよ」
「ねみぃー」
結翔くんを起こしてリビングに行くと、竹宮さんが「おはよう」と言って笑ってくれる。
「……姉ちゃんいつも朝は不機嫌なのに。若松くんがいると機嫌いいな」
「ちょっと結翔……!」
なんで俺のことでそんなに変わるんだろう。それが気になって、どこか落ち着かなかった。
「ほらほら早く食べちゃってね」と、竹宮さんのお母さんがトーストを持ってくる。そしてスマホが鳴って画面を見ていた。
「……若松くん、あやめちゃんの熱が下がったみたいよ」
「え……」
うちの母さんから竹宮さんのお母さんに連絡があった。今日母さんはうちに帰ってくる。
「はぁ……良かった」
「良かったね、若松くん」と竹宮さんに肩をぽんとされると、なぜか心臓が大きい音を立てていた。
「これで一安心だな」と竹宮さんのお父さん。
ここの家族はみんな親切だ。おかげで俺は今回も助けられた。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
竹宮さんと隣同士で歩く距離感が、くすぐったいような心地良いような……いつからそうなったんだろう。
「……今日もがんばろっと」と彼女が呟く。
「そうだな」
いつもより朝の日差しが明るくて、俺たちは前を向いて歩いていた。
※※※
(萌々香視点)
また若松くんがうちに来てくれた。
その日の彼はどこか俯き気味で、声もいつもより小さい気がした。
もしかしてあやめちゃんのことで、悩んでるのかな。
誰かをこんなに心配するなんて、私ったらどうしたのだろう。
部活が終わった帰りにちょうど若松くんがいたので、やっぱり放っておけなくて……話しかけてみた。あやめちゃんの熱のことを聞くと、私まで胸がチクリと痛む。しかも家でひとりでいるなんて、きっと耐えられないだろう。
――気づいたら彼を誘っていた。
この気持ちを何というのかは、まだわからない。
私は若松くんのことをずっと気にかけているみたい。
夜は、前みたいに彼と部屋で話した。
学校にいる時よりも、距離がぐんと近く感じる。
「若松くんが今、緊張して不安だったら……私が励ます」
これは、私の中から自然と出た言葉だった。
自分でもこんなことを言うなんて、びっくりした。
そのぐらい、私は若松くんのことが心配だったのかな。
彼はうちに来て、やっと本当の笑顔を見せてくれた。
私も嬉しくなってくる。
あやめちゃんの熱も下がって安心した。
そしてこれからも何かあれば、彼のそばにいたいって――
この時初めて思った。
「萌々香、なんかいいことあった?」
「え?」
佳澄は鋭い。
私が若松くんのことを考えてたの、わかったのかな。
「……私、そういう風に見える?」
「うん、口角ずっと上がってる」
気づかなかった。
いつの間に私はこんなにも……。
恥ずかしいので、いったん彼のことは横に置いておこう。
「よし! これで大丈夫! もう私は“普通”になったから」
「ふぅん。さっきの萌々香は普通じゃないんだ」
普通じゃない……。
……あ。
若松くんのことが“特別”だってこと?
「ほら、萌々香ったら顔赤くして」
「えぇ!? やだちょっと待って!」
そんなわけない。
だって、私は自分を守ってくれるような人がいいはずだったんじゃ……。
そう、きっとそう。
だから落ち着こう、ふぅ。
「授業はじめるぞー」
先生が来たので、私は教科書を出して集中する。
もうすぐ期末テストだから、しっかり見ておかないと。
それでもさっきのことが忘れられず、シャーペンを持つ手に力が入る。
自分の気持ちがわからない。
こんなことは、初めてだから。
だけど心のどこかで、このままでいたいとも思う。
彼のことを考えると、私も頑張れるから。
そうだ。
これはきっと、モチベーションの問題だ。
この調子で今は勉強を頑張って、テストで成果を出そう。
私はようやく気持ちを整理した気になって、板書を書き写していた。
だけど、胸の奥で鳴った“あの音”だけは、どうしても誤魔化せなかった。




