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10. 家のぬくもり

 翌日――

 あまり眠れなかったけれど、学校の支度をして俺は出発した。母さんは病院のあやめにつきっきりで、今日も泊まると連絡があった。状況は変わらないということだろうか。


 学校では眠気に襲われながら授業を受けた。

 時々胸がチクリとするのは、昨日から変わらない。


 俺は俺で……頑張らないと。


 そう思いながら部活にも行く。

「若松! ナイスー!」

「若松がいたら安心だな」

「若松くんすごいよね!」


 どうにか期待に応えたくて、いつもより集中する。プレーに力が入り、少し疲れてしまった。


「はぁ……」

 帰り道、思わずため息が漏れる。

 天気も曇り模様で、余計心がどんよりとしてくる。


 その時だった。


「若松くん!」


 後ろから竹宮さんの声がした。

 彼女も部活が終わったところみたいだ。


「お疲れ様ー!」

「竹宮さんもお疲れ」

 彼女は俺の方をじっと見つめている。

 何となく恥ずかしくなってきた。


「ねぇ若松くん、今日どうかした?」

「え……?」

 

 ――驚いた。

 他の人には何も言われなかったのに、竹宮さんには気づかれていた。

 普通にしているつもりだったけれど、どこかおかしかったのだろうか。


「俺のこと、わかるの?」

「……今日ずっと疲れてるように見えて……その……気になってた」


 そう言われるだけで、心がほどけていくのを感じる。

 竹宮さんになら、言いたい。

「あやめの次の治療が始まってさ。けど熱が下がらないらしくて。昨日から母さんが病院に泊まってる」

 

 そう言うと彼女は口に手を当てて驚いた顔をする。

「うそ……それは心配だね」

「今日も帰って来なくてさ」

「そうなんだ……」


 やっと誰かに話せた。

 いや、誰でも良かったわけではない。


 竹宮さんに――聞いてもらいたかった。


「……ごめん。心配かけて。きっと副作用か何かだと思うし大丈夫だから」

「……」

 

 彼女は少し考えてからこう言った。

「……若松くんが、大丈夫じゃなさそう」

「え……」


 どうして俺のことを?

 大変なのはあやめの方なのに……。

 

「……あ、私のほうこそごめん。誰だって家族がそういうことになってたら辛いと思うから……その……若松くんが……ちょっと心配で」

 彼女が言葉を選びながら話す様子に、じんとした。


「ありがとう、竹宮さん」

「ううん。あやめちゃんは若松くんの妹だし、弟のクラスメイトでもあるから……私も心配だよ」

 こう言う彼女の優しさが胸に伝わってくる。


「……あのさ、若松くん」

「ん?」

「今日ひとりなんでしょ? うち……来る?」

「……え」


 いや、それはさすがに悪い。

 でもそう言われて……俺は心の底からほっとしていた。

 今日一日、緊張感で固まってた身体がふわっと軽くなった。

 

 思い切り表情に出たのが、竹宮さんにはわかったようだ。

「じゃあ決まりね! 行こ!」

「あ……うん。ありがとう」



 ※※※



「ただいまー」

「お邪魔……します」

「おかえり。あら若松くん! いらっしゃい」

 竹宮さんのお母さんが笑顔で迎えてくれた。


「おおぅー若松くんだ!」と、結翔くんも嬉しそうだ。

「こんにちは、結翔くん」


 竹宮さんの家はいつでもみんなが優しくてあったかい。さっきまで苦しかったのが嘘のようだ。安心するな。


「あやめちゃんの調子がよくないみたいで、お母さんが病院に泊まってるんだって」

「それは心配ね……若松くん、1人じゃ心細いでしょう? 晩ごはん用意するから」

「すみません……ありがとうございます」


 こうして俺は、再び竹宮さんの家に泊まることになった。

 晩ごはんはキャベツなどの野菜がたくさん入った、豆乳鍋だった。


「ちょっと結翔! お肉ばっかり取らないでよー」

「だって姉ちゃんに先取られそうだし」

 竹宮さんと結翔くんがこんな言い合いをしているのを見ると、笑みがこぼれる。

 

 それは、今日学校で無理矢理作っていた笑顔ではなく、自然に出てきたものだった。


「あの……ありがとうございます」

「いいのよ若松くん。萌々香も喜ぶから」

「え? ちょっとお母さんたら……」

 そう言いながらうつむく竹宮さんが、可愛いなと……少しだけ思った。こんな気持ちは初めてだった。



 ※※※



 結翔くんの部屋に布団を敷いていると、彼に話しかけられた。

「なぁ、あやめちゃんは大変なのか?」

「……今は治療中だけど、きっと頑張ってると思うよ」

「ふーん」

 結翔くんもあやめのことが心配みたいだ。

 竹宮さんのお父さんやお母さんにも声をかけられたので、一家で励まされているようだ。


「ありがとう、結翔くん」


 しばらくして彼の寝息が聞こえてきた。

 布団で横になりながら思い浮かぶのは、竹宮さんのことだった。

 

「……もう寝たのかな」


 起き上がって部屋のドアを開けてみる。

 何やってるんだ……俺。

 ドアを閉めようとすると、隣の部屋のドアが開いて竹宮さんがこっちを向いていた。


「あ……若松くん」

「竹宮さん……」

「……」

「……」


 心臓が、さっきよりずっと速く鳴っていた。こんなふうに誰かと一緒にいたいと思ったのは、いつ以来だろう。


「私の部屋、来る?」

「……うん」

 


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