第6話 豪華な街灯ほど危ない
北通りに響いた悲鳴を聞きつけ、ルネはミナと共に現場へ駆けつけた。少し遅れて、レオンと現場監督のゲルトも到着する。
石畳の通りに立っていた立派な魔導街灯の一本が、根本から真っ黒に焼け焦げ、嫌な臭いのする煙をくすぶらせていた。幸い、近くの住民がいち早く消火砂をかけたため、周囲の建物への延焼は免れていた。
ゲルトが焦げた支柱を蹴飛ばし、忌々しそうに舌打ちする。
「くそっ、またか。最近この通りじゃ、街灯のボヤ騒ぎが多すぎる」
「ゲルトさん。問題は、この一本だけではありません」
ルネは焼け焦げた鉄柱には目もくれず、通りの奥へと続く街灯の列を厳しい目で見つめた。
「大事なのは、これと全く同じ配線に繋がっている街灯が、この通りにあとおおよそ何本あるかです。すぐに数を出せますか?」
ミナが手帳を慌ててめくり、声を上ずらせて答える。
「ええとっ、北通りのメインストリートだけで、あと二十九本あります!」
「やはり……」
ルネは奥歯を噛み締めた。
素人は「街灯が一本燃えた」という目の前の現象にしか驚かない。だが、ルネの【構造眼】が捉えていたのは、その焼けた一本の足元から、通りの地下を這って残りの二十九本へと不気味に繋がっている、ドロドロに濁った太い魔力線の繋がりだった。
局所的な事故ではない。背後にあるネットワーク全体が悲鳴を上げているのだ。
「――おやおや、物騒な騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありませんな、公爵閣下」
そこへ、恰幅の良い中年の男が、数人の下働きの職人を引き連れてのんびりとした足取りで現れた。この公爵領で、街灯をはじめとする中規模な魔法設備の設置と保守を独占的に請け負っている地元業者組合の長だ。
彼は焦げた街灯を見て、「やれやれ」と肩をすくめた。
「どうやら、地下の地脈の揺らぎが大きかったようですな。運悪く過負荷がかかってしまったのでしょう。すぐに代わりの新品を用意させますから、ご安心を」
「運が悪かった? 冗談でしょう」
ルネは冷たい声で言い放ち、焼けた街灯の基部、魔石が収められているカバーを工具で無理やりこじ開けた。
「この街灯の回路は、高級な大型魔石を心臓部――『核』として、そこに三十本もの街灯を一本の線で数珠繋ぎにしています。末端に行けば行くほど魔力が弱まるため、最初の核から異常な高出力を流し続けなければならない。負荷が集中して当然の、ただ安上がりなだけの醜い設計です」
業者長は鼻で笑い、懐から金枠の立派な認可証を取り出して見せびらかした。
「何を仰るかと思えば。新任の監査官殿はご存知ないようですが、我が組合が使っているこの大型魔石と配線図は、魔法先進国であるセレネス王国の『セレネス中央認定規格』に完全適合した最高級品ですぞ。これ以上安全で確実なものなど、この世に存在しません」
「ええ、知っています。見栄えのいい巨大な核一つに頼り切る、大雑把な中央集権規格ですね。だからダメなんです」
ルネは顔を近づけ、まだ微かに熱を持っている基部の配線を指差した。
「【構造眼】を持たないあなたにも、物理的な証拠をお見せします。その線の繋ぎ目を見てください。本来、安定した魔力は青白い光を放ちます。ですが、あそこから漏れている火花の色は?」
業者長が目を凝らすと、絶縁体から時折パチパチとはぜる火花には、はっきりと危険を知らせる赤やオレンジ色が混じっていた。
「……っ! これは……」
「三十本直列の過負荷に、配線が耐えきれていない証拠です。このまま放置すれば、今夜中に残りの二十九本がどうなるか、火を見るよりも明らかでしょう」
ルネは業者長から視線を外し、レオンに向き直った。
「公爵様。今すぐ三十本すべてを根元から切り離すべきです。ですが、完全に撤去してしまえば夜の通りが真っ暗になり、治安に悪影響が出ます。ですので、暫定案を出します」
ルネは地面の砂に小枝で簡単な図を書き始めた。
「三十本の直列を、五本ずつのグループに分割します。線の途中で意図的に断線させ、それぞれに小さな仮設の留点を作って負荷を分散させるんです。これなら、あの巨大な核から過剰な出力を引き出す必要がなくなり、発火の危険は避けられます」
それまで黙ってルネの図解を見ていた業者長が、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
「ふざけるな! 中央認定の統一規格を勝手に切り刻むなど、断じて認められん! そんな勝手な工事をすれば、メーカーからの保証も切れる。我が組合は、そんなでたらめな改修の費用など一銭も出さんぞ!」
業者長の後ろで、工具袋を提げた下働きの職人たちがオロオロと顔を見合わせている。現場で実際に手を動かす彼らは、自分たちが扱っている設備が危ないことに薄々気づいているのだろう。だが、金と権力を握る経営層には逆らえない。
「勝手な工事ではありません。領民の命を守るための――」
ルネが反論しようとした時、それまで静観していたレオンが一歩前に出た。
「……費用を出さないだと?」
レオンの声は決して大きくはなかったが、通りを吹き抜ける夜風よりも冷たく、重い威圧感を伴っていた。
業者長がビクッと肩を震わせる。
「こ、公爵閣下。我々は契約通り、正規の認定品を納入し、運用しているだけでして――」
「業者組合との魔法インフラ整備契約、第七条第三項。覚えているか?」
レオンは手元に書類も持たないまま、流れるように正確な条文を暗唱し始めた。
「『受注者は、納入した設備が領民の生命および財産に危害を及ぼす恐れがある場合、直ちに無償で安全を維持するためのあらゆる措置を講じなければならない』」
「そ、それは……」
「他国が発行した認定証など、私の領地では紙切れ以下の価値しかない。現に街灯が発火し、倉庫や民家へ延焼する危険を孕んでいる時点で、お前たちは安全維持義務を完全に怠っている。明らかな契約違反だ」
レオンの灰色の瞳が、業者長を射抜く。
「監査官の提示した暫定案に従い、直ちに五本ずつへの切り離し工事を開始しろ。費用はすべて組合の持ち出しとする。これを拒否し、さらなる火災を起こした場合は、損害賠償請求の上、公爵家との全契約を破棄する」
「ひっ……! わ、分かりました! すぐさま職人を手配いたします!」
業者長は青ざめた顔で何度も頭を下げると、後ろの職人たちに「早く機材を持っていけ!」と怒鳴り散らしながら走っていった。
ルネは、小さくなっていく業者の背中を見て、ふうっと息を吐いた。
技術的な正論をぶつけるだけでは、利権や金に執着する人間は動かない。だが、レオンは『契約』という絶対のルールを用いて、ルネの技術を正しく現場に適用させる道筋を切り開いてみせた。
(これが、構造の外側を整える手腕……)
セレネスで「書類女」と蔑まれ、誰もまともに取り合ってくれなかった時とは違う。ルネは、自分の仕事が強力な盾によって守られ、推進されていく頼もしさを強く感じていた。
*
翌日の午後。
ルネとミナの指示の下、組合から派遣された職人たちは、北通りの街灯を五本ずつへ切り離す工事を急いでいた。日没までに改修できたのは十本。残る二十本について、ルネは危険な直列回路を大元から物理遮断し、制御箱へ赤い封印札を結び付けた。
「今夜、この二十本には絶対に魔力を流さないでください。祭りの照明は、魔力網から独立した手持ち魔石だけを使います」
レオンは祭りの責任者と業者長に命令書へ署名させ、独立魔力源で光る灯籠を倉庫から出させた。通りは普段より暗くなるが、人を危険に晒す理由にはならない。
日が落ち、収穫祭が始まった。
肉の焼ける匂いと笛の音の中、改修済みの十本と独立灯籠だけが穏やかに通りを照らしている。未改修区画は封鎖柵で区切られ、街灯も消えたままだった。
だが、祭りの開始から間もなく、業者組合の腕章を着けた男が制御箱の前へ現れた。彼は周囲をうかがうと、切られていた封印札を刃で落とし、持参した迂回線を遮断器の裏へ差し込んだ。
北通り三十本の稼働実績を残せなければ、セレネスの認定保証金は失効し、組合の独占保守契約も停止される。業者長から渡された作業票には、『祭礼中のみ仮復電』と記されていた。
さらに、明るさが戻ったのを見た数軒の屋台が、許可を得ないまま追加の飾り灯をその回路へ繋いだ。
宿舎で図面を確認していたルネが、弾かれたように顔を上げた。
同じ街の供給網を伝ってきた【構造眼】の粗い像が、停止しているはずの北通りで、赤い脈動が突然立ち上がったことを告げていた。
「復電された……? 止めて! 北通りを止めて!」
彼女が警鐘紐へ飛びついた次の瞬間、遠くで乾いた破裂音が響いた。




