↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完成印は押せません」婚約破棄・追放された魔法監査官は、冷酷公爵の国を立て直す~戻れと言われても契約済みです~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/44

第38話 中心予測より三日早い

ウウゥゥゥゥーーーッ!!


 ノルガルド国境要塞の観測塔から、空気を切り裂くような甲高いサイレンが鳴り響いた。


 ルネは通信室の監査鏡板から顔を上げ、窓枠に縋り付くようにして外の空を見上げた。


 本来ならば、人間の目には見えないはずの巨大な地脈の魔力線。それが今、大気中に飽和して可視化され、おぞましい赤黒い閃光となって空を逆向きに駆け抜けていた。


「……始まった」


 ルネの呟きと同時に、背後の鏡板がセレネス王都の惨状を映し出す。


 王宮の尖塔を彩っていた光がフッと消え、続いて大通りの魔導塔が、まるでドミノ倒しのように次々と消灯していく。大陸の地下を流れる巨大な地脈の位相が反転し、すべての単核式インフラに致死的な逆流を叩き込み始めたのだ。


「予測日より三日早いぞ!」


 背後でレオンが鋭く声を上げた。


「ええ。ですが、恐れていた『最短側』のシナリオ、そのものです」


 ルネは振り返らずに答えた。


 予測が外れたわけではない。だが、最も恐れていた「最短側」のスケジュールを引き当てたことで、最後の仕上げに充てるはずだった三日間の猶予が完全に削り取られてしまったのだ。


 逆位相の魔力波は、容赦なく大陸のインフラ網を直撃した。


 ノルガルドでは、ルネの指揮下で緊急耐性化を急いだ病院や水源、避難路といった国家の『重要ノード』において、陶石モジュールを用いた多点格子のフェイルセーフが見事に機能していた。一部の留点が焼き切れるパァンという乾いた音を響かせながらも、魔力は安全な経路へと迂回し、命綱のインフラは強靭に持ち堪えている。


 しかし、予算と時間の関係で後回しにせざるを得なかった一般住宅区画や旧市街の一部では、耐えきれなくなった配線が破裂し、小規模な火災と広範囲の魔力供給停止が発生していた。


 だが、旧式インフラに依存し続けていたセレネス王国の王都の被害は、そんなものでは済まなかった。


 マルセル総監が保身のために隠蔽していた脆弱区画。そこに建ち並ぶ石造りの集合住宅が、地下で共振を起こした巨大な専用核の暴走に耐えきれず、轟音を立てて崩落していく。


 悲鳴と怒号。地下水道管が破裂して濁流が街に溢れ出し、倒壊した建物の摩擦から生じた火災が、瞬く間に夜の街を赤く染め上げた。


 逃げ惑う人々の波が押し寄せ、瓦礫の下敷きになって多数の負傷者が出る凄惨な光景。インフラの暴走という脅威は決して机上の空論などではなく、圧倒的な破壊力をもって都市を物理的に蹂躙していた。


 セレネス王都の南区。


 巨大な単核結界の暴走の余波を真正面から受け、歴史ある孤児院の石造りの外壁に巨大な亀裂が走った。


 メキメキと音を立てて天井が崩れ落ち、何トンもの重さの瓦礫が、子どもたちが眠るはずだった大部屋の寝台を無残に押し潰す。


 しかし、もうもうと舞い上がる粉塵の中で、潰された寝台は『空』だった。


「……ああ。なんということ」


 そこから遠く離れた西広場の仮設避難棟。独立蓄積槽から引かれた非常灯の青白い光の下で、孤児院長のエマは、遠くで崩れ落ちる我が家の土煙を見つめ、震える手で口元を覆った。


 彼女の周囲では、毛布にくるまった子どもたちが不安そうに身を寄せ合っている。


 数日前の通信で、ルネ・エルフォードからの「設備点検という名目で、今夜のうちに移動してほしい」という真摯な頼みを聞き入れ、エマは子どもたちを全員、この避難棟へ先行移転させていたのだ。もしあのまま院に留まっていれば、今頃、子どもたちは全員、あの瓦礫の下で命を落としていた。


 同じ頃、王都の主要病院でも、呼吸補助魔導具などの生命維持装置を必要とする重症患者たちは、事前に独立蓄積槽の魔力供給網へと移送されており、途切れることなく治療を継続できていた。


「国際工務同盟から、周辺加盟国の緊急レポートが入りました!」


 国境要塞の通信兵が、次々と届く報告書をレオンのデスクに積み上げる。


「東方諸国、および南方都市同盟でも、設備の甚大な破損と多数の負傷者が発生! ただし、同盟が直接監視している主要魔法網の範囲では、魔力暴走そのものを直接原因とする死亡報告は、現時点でゼロです!」


 火災、建物倒壊、避難路の外で起きた二次被害までは、まだ集計できていない。被害全体の死者がゼロだと断言できる状況ではなかった。


 それでも、百二十年前のように主要魔法網の爆発だけで都市住民が一斉に命を奪われる事態は、緊急停止、独立蓄積槽への切り替え、先行避難によって食い止められていた。


「喜ぶのはまだ早いですよ」


 歓喜に沸き立ちそうになる通信室の空気を、ルネの冷静な声が引き締めた。


 彼女は鏡板に表示された魔力流量のグラフを指差した。


「反転はまだ始まったばかりです。単核式が自己増幅を繰り返し、『最大共振(完全な大爆発)』に至るまでには、構造上、ごくわずかな猶予時間があります」


 画面の端に映るセレネス王国の王都防衛結界。それは外からの攻撃を防ぐための光のドームだが、今は逆流する地脈の魔力を内部に溜め込み、まるで限界まで膨らんだ風船のように、不気味に明滅しながら肥大化し始めていた。


 このまま最大共振を迎えれば、結界は内側から弾け飛び、王都そのものが巨大な陥没孔と化す。


「セレネスの旧来手順では、市街への供給を切り、王宮結界へ残存魔力を集めます。そうなれば避難路の灯りが消え、国境へ向かう人々は暗闇に取り残されます」


 レオンは国境要塞の収容余力を示す盤へ視線を移した。


「王宮が市民側へ魔力を回すなら、数万規模がこちらへ来る。崩壊と流入は同時だ」


 その時、最高暗号の直接回線が鳴った。


 鏡板に映ったアルベルトは、王宮中央制御室で『優先供給切替鍵』に手をかけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。