↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完成印は押せません」婚約破棄・追放された魔法監査官は、冷酷公爵の国を立て直す~戻れと言われても契約済みです~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/44

第34話 最短二十四日で、国の命綱を組み替える

緊急改修の開始から十七日後。


 王立魔導構造院の大広間は、熱気と怒号が飛び交う国家総力戦の最前線へと姿を変えていた。


 壁一面を覆い尽くしているのは、巨大な黒板を用いた進捗盤だ。ノルガルド全土の都市名が縦に並び、横の項目には『病院』『水源』『避難路』『主幹線』『非常遮断点』といった、大災害時に人の命を繋ぐための重要ノードがずらりと書き込まれている。


 一般住宅の暖房や、街を彩る街灯などはリストにない。最短二十四日という絶望的な短期間で国中の設備を完全改修するなど、魔法の神であっても不可能だ。だからこそ彼らは、インフラの維持を捨て、生命線の確保だけに国家の全リソースを集中させていた。


 盤面の上部には、赤々と『中心予測日まで 残り十日(最短七日)』という数字が掲げられている。


「北部第三都市、水源施設の独立蓄積槽への移行完了!」


「西方防衛線の主幹線、多点格子への切り替え成功! 出力安定しています!」


 通信班が次々と声を上げ、その度に進行管理の役人が進捗盤の木札を「未了」の赤から「完了」の青へとひっくり返していく。青い札はすでに盤面の大部分を埋め尽くしつつあった。


 その巨大な広場の中央。無数の魔力線データが集約される制御卓の前に、ルネは座っていた。


 かつてのように、危険な現場へと自ら駆けつけることはしない。彼女の目は手元の監査鏡板に向けられ、各地から送られてくる膨大な測定値を瞬時に解析し続けていた。


「院長! 南部第二都市の改修班から報告です。地下主幹線の魔力波長が安定せず、手順書通りに陶石モジュールを接続しても弾かれてしまうとのことです!」


「鏡板の生データを回して」


 ルネは報告を受けると、即座に送られてきた波形の揺らぎを確認した。


「……ただの共振ノイズね。主幹線の古い魔石に不純物が混ざっているだけです。マニュアルの第四章、補足Bの手順を適用するように伝えて。予備のバイパス線を三本増やして逃がせば安定します。それ以上の現場指揮は、現地の班長に一任します」


「了解しました! 現地班へ手順を送信します!」


 通信兵が敬礼し、即座に指示を飛ばす。


 これが、現在のルネの指揮方式だった。既知の規格や予測可能なエラーは、すべて地方に派遣された改修班に任せる。現場には、公爵領でミナやゲルトと共に心血を注いで作り上げた『色分け手順書』が配布されており、専門知識のない職人でも、手順書の想定範囲内なら危険を一定以下に抑え、範囲外の値が出た時には作業を止められるようになっていた。


 ルネの元に上がってくるのは、手順書ではどうしても処理できない『未知の異常魔力』だけだ。


 かつてのように「私が全部直す」と一人で全てを背負い込み、疲労で【構造眼】を濁らせていた少女の姿はない。彼女は自らを工程の単一障害点から外し、天才としての脳の余力を、誰も解けない未知の問題を解き明かすことだけに特化させていた。


「ルネ先生! 東部地区から緊急報告です!」


 助手のミナが、青ざめた顔で駆け寄ってきた。


「第三改修班が施工した避難路の非常灯結界で、魔力漏れが発生しました! 二重監査の最中に発覚したのですが、支給された陶石モジュールのロットに初期不良があったようで、すでに接続した六箇所すべてが使い物になりません!」


 それは、大工事においては致命的になりかねない部材不良と施工ミスだった。


 だが、ルネは顔色一つ変えずに頷いた。


「素晴らしいわね」


「えっ?」


 ミナが目を白黒させる。


「二重監査の基準通りに、本稼働して被害が出る前に初期不良を発見できた。その仕組みが正しく機能している証拠よ。第三班の報告は理想的です」


 ルネは図面を広げ、東部地区の配置を確認した。


「第三班はそのまま不良ロットの回収と原因究明に当たらせて。隣の区画で作業を終えたばかりの第四班を応援に回します。彼らの持っている規格化された予備モジュールを使って、漏れが出た六箇所の結界を丸ごと交換しなさい。部品が共通なら、どの班がやっても結果は同じになるわ」


「あ……はいっ! すぐに手配します!」


 ミナは安堵の笑みを浮かべ、通信卓へと走った。


 国家規模の巨大事業ともなれば、人間のミスや部品の不良は絶対にゼロにはできない。それを個人の怠慢だ、責任問題だと糾弾して現場を萎縮させるのは、セレネス旧式のやり方だった。


 ルネが作ったのは、エラーが起きることを前提とし、それが致命傷になる前に『仕組み』で吸収してリカバリーできる構造だ。誰かがミスをしても、隣の誰かが同じ規格の部品で直せる。その強靭なネットワークこそが、多点格子の真髄だった。


「見事なタクト捌きだな。君の指揮には淀みがない」


 報告書を抱えたレオンが、ルネの隣に立った。


「公爵様。全体進捗はどうなっていますか」


「たった今、集計が出た。我が国の『重要ノード耐性化率』は、驚異の八十パーセントに到達した。残る二十パーセントも、最短発生日とされる一週間後までには確実に完了する見込みだ」


 レオンの声には、深い疲労の中にも確かな達成感が滲んでいた。国中のインフラを八割作り替えたわけではない。だが、国民の命を救うための『命綱』に限って言えば、限られた日数で、現場が積み上げた数字だった。


「現場の職人たちの働きに感謝しなければなりませんね。……ところで、同盟からの報告はどうなっていますか?」


 ルネの問いに、レオンは一転して険しい表情になった。


「国際工務同盟を通じた各国の対策状況だが……セレネス王国からの報告が、どうにもきな臭い」


 レオンは手元の書類をデスクに広げた。


「彼らは公式声明として、同盟が提示した『高負荷設備の先行停止』と『脆弱区画の段階避難』の緊急手順に対して、すでに『対応済み』であると発表している。だが……」


「書類の原本が、保全庫に提出されていないのですね」


 ルネが察すると、レオンは重く頷いた。


「その通りだ。重要ノードの遮断を確認する測定データも、病院を独立蓄積槽へ移行させたという設計変更記録も、何一つ同盟の中立保全庫に届いていない。ただ口頭で『問題ない』と繰り返すばかりだ。……実態を伴わない安全宣言ほど、恐ろしいものはない」


 セレネス旧式の官僚機構が、避難による経済的損失とパニックを恐れ、ただ数字遊びと書類上の辻褄合わせだけで現実を糊塗しようとしている。その虚飾が極限に達していることは、ルネの目にも明らかだった。


 国際工務会議の後、アルベルトは独立再計測と建設院への監査を指揮するため、いったんセレネス王都へ戻っていた。だが、王太子府から届く照会にさえ、建設院は揃った数字だけを返し続けていた。


 その時。


 大広間の奥にある、特別に厳重な暗号化が施された魔導通信機が、甲高いコール音を鳴らした。


「公爵閣下! 最前線である国境防衛拠点『暁の砦』より、閣下宛てに緊急の親展通信です!」


 通信兵の緊迫した声に、広間がシンと静まり返った。


 魔物群の襲撃か、あるいは地脈反転の早期発生か。ルネも緊張して立ち上がるが、通信機から漏れ聞こえてきた声は、全く予想外の内容を告げていた。


『こちら国境警備隊! た、只今、国境の正門に……セレネス王国の王太子、アルベルト殿下が姿を現しました!』


「なんだと?」


 レオンが眉をひそめる。


『近衛兵も連れず、ごく少数の技師と護衛のみを従えておられます! そして……』


 通信兵の言葉が、震えていた。


『門の前に武装を解除して立ち……王宮の特使としてではなく、王太子個人の名において、ノルガルドに『王都救援』を正式に求めると……我々警備隊の面前で、深く頭を下げておられます……!』


 その報告に、ルネは息を呑んだ。


 面子を何よりも重んじていたあの男が。自らの非を認め、他国の、それも兵士たちの前で土下座にも等しい懇願を行っている。


 それは、セレネス王国の首都が、いよいよ崩壊の淵に立たされているという、何よりの証明だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。