↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完成印は押せません」婚約破棄・追放された魔法監査官は、冷酷公爵の国を立て直す~戻れと言われても契約済みです~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/44

第32話 「国中が壊れる」は大袈裟ですか?

翌日、議場は総会から安全検証の専門分科会へ移された。前日の混乱を受け、議題はルネの予測の賛否ではなく、各国が提出した安全証明を精査する段階へ進んでいた。


「昨日は三十一から三十七日後と言っていたな。つまり、今日時点では最短まで三十日しかないではないか!」


 他国代表の切迫した声が大ホールに響いた。


「各国の稼働を止めるなら、損失を上回る根拠を示していただきたい」


 資料の束を前に、代表たちは腕を組んだままだった。その沈黙に乗じて、マルセルが立ち上がる。


「単核式の危険を煽り、自国の『多点格子式』を売り込む。これは利益誘導ではありませんかな?」


 同意を求める視線が議場を巡った。ルネは反論しかけた口を閉じ、手元の紙に検証すべき条件を一行で書いた。


(技術は、信仰の対象じゃない)


 ルネは顔を上げ、冷静な声でマルセルに問いかけた。


「マルセル総監。私の予測を退けるのであれば、あなたの単核式が『地脈反転による逆位相の魔力』に耐えられるという試験記録を提示していただけますか?」


「ふん。よかろう、見せてやる」


 マルセルは待ってましたとばかりに指を鳴らした。


 部下の官僚たちが、分厚い書類の束を各国の代表たちのテーブルへと配って回る。


「これは、我が建設院が過去数十年にわたり、単核式結界に対して行ってきたあらゆる高負荷試験の記録です。規定の五倍の魔力を注ぎ込もうが、外部から物理的な衝撃を与えようが、中央核は決して揺らがなかった。この数字こそが、絶対の『安全証明』です」


 配られた書類は、偽造されたものでも数値を改竄したものでもなかった。通常運用における強度試験としては、極めて正確に記録された事実だ。


 だが、ルネはその分厚い書類の束を一瞥しただけで、核心を突いた。


「……無意味ですね。この試験データは、通常方向の過負荷しか想定していない。地脈の波長が反転して入力されるという『逆位相の条件』での共振テストが、ただの一度も行われていません」


「なんだと?」


「前提条件が欠落しているんです。片側からの衝撃に強いからといって、内側からの逆位相の共振に耐えられる証明にはなりません」


 ルネの冷徹な指摘に、マルセルは顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。


「ええい、屁理屈を! 起きるはずもない空論の条件など、試験する必要もないわ!」


「起きるはずもない空論かどうか、今ここで確かめようではないか」


 議場に、低く、しかし逆らうことを許さない絶対的な威圧感を持った声が響いた。


 セレネス王国の王太子、アルベルトだった。


「で、殿下?」


 マルセルが戸惑ったように振り返る。


 アルベルトは腕を組み、冷ややかな目で自国の総監を見据えていた。


「マルセル総監。君の提出した安全証明が不完全であると指摘されたのだ。ならば、王都結界の直近の『生データ』を全てこの場に公開せよ。現在、結界に逆位相の負荷の兆候がないか、各国の専門家に精査してもらおう」


「なっ……! 国家の機密たる結界の生データを、他国の前で公開するなど、断じてなりませぬ!」


「私は王太子として命じているのだ。それとも、公開できない理由でもあるのか?」


 アルベルトとマルセルの視線が、議場の中心で激しく火花を散らした。


 アルベルトはもう、制度の権威を盲信して専門家の言葉を潰すような愚か者ではない。隠蔽を許さず、自らの手で真実を検証しようとする王太子の姿に、他国の代表たちも息を呑んで成り行きを見守っていた。


 その重苦しい沈黙を破ったのは、ルネの隣に座っていたレオンだった。


 レオンは立ち上がると、懐から取り出した一枚の書類を、ルネの前のテーブルにことりと置いた。


「公爵様……これは?」


「王都近郊の演習場に確保した、実物大試験結界の建設予定図だ。基礎工事と資材搬入は、すでに始めてある」


 レオンは議場全体を見渡し、よく通る声で告げた。


「我が国は、ルネ・エルフォード院長の予測を重く受け止めている。私は個人的には、彼女の目を誰よりも信頼している。だが――」


 レオンは視線をルネに戻し、灰色の瞳で彼女を真っ直ぐに見た。


「他国を動かし、大陸中の国家インフラを止めるという決断には、万人が納得する『再現可能な客観的証明』が必要だ。……言葉での議論は終わりだ。これよりノルガルドは、実物大の試験結界を用いて、人工的に地脈反転を再現する実験を行う」


 議場が静まり返る中、レオンはペンを取り、その図面とセットになった『実験許可書』の末尾に、公爵としての重い承認印をドンと押した。


「実物大の試験設備に人為的な逆位相の負荷をかければ、当然、結界が崩壊して莫大な損失を生む可能性がある。だが、その破壊の許可と、予測が外れた場合に発生するすべての政治的・財政的責任は、ノルガルド工務卿である私が引き受けよう」


 それは、究極の役割分担だった。


 ルネの技術を盲目的に信じて同調するだけの安易な擁護ではない。彼女が技術者として『証明』の舞台に立つために必要な、政治家としての最大の盾。


「だから、君は君の正しさを、その手で証明してこい」


 レオンの言葉に、ルネの胸の奥で、苛立ちの炎が全く別の熱へと変わっていくのを感じた。


「……はい」


 ルネは力強く頷いた。


 誰の同情もいらない。机上の議論もいらない。ただ、目の前の男が用意してくれたこの巨大なキャンバスで、世界がぐうの音も出ないほどの現象を見せつければいい。


 二人は、大陸の運命を懸けた実物大の地脈反転再現実験へと向けて、一切の迷いなく歩み出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。