↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完成印は押せません」婚約破棄・追放された魔法監査官は、冷酷公爵の国を立て直す~戻れと言われても契約済みです~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/44

第31話 百二十年前の同じひび

レオンの執務室の机に置かれたその古文書には、国際工務同盟の厳重な封蝋と共に、『同盟保全記録・第壱四八号』という照会番号がくっきりと印字されていた。


「……百二十年前の、セレネス王国の結界事故報告書」


 ルネは息を詰めながら、色あせた羊皮紙をそっとめくった。


 そこには、昔の魔法技師が手描きで残した詳細な図面と、事故現場のスケッチが記されている。当時の防衛結界の基部――魔力を集中させる単一の巨大な留点に、凄まじい負荷がかかって砕け散った痕跡。


 ルネの指先が、そのスケッチに描かれたひび割れの形をなぞって止まった。


「……同じだわ」


「何がだ?」


 傍らで様子を見ていたレオンが問う。


「この、枝分かれした亀裂の入り方です。主線から三又に割れ、さらに細かく分岐していくこの特異な波長の痕跡……私がセレネスを追放された日、完成式典で見た王都防衛結界の亀裂と、傷の入り方から負荷の集中パターンまでほぼ重なっています」


 それは、単なる素材の劣化や、魔力運用ミスで起きるような壊れ方ではない。外部からの極めて特殊で強大な力によって、内側からねじ切られるようにして生じる致命的な破壊の痕跡だった。


「セレネス旧式の結界は、百二十年前と全く同じ壊れ方をしようとしている……? でも、どうして」


「セレネス一国の記録だけでは、偶然の設備不良と言い逃れされるだろうな」


 レオンはそう言うと、机の下からさらに数冊の分厚いファイルを取り出し、ルネの前に積んだ。


「だから、同盟の保全庫から、同じ時期に周辺諸国で起きた『原因不明として処理された重大事故の保険査定記録』も追加照会して取り寄せておいた」


「……! 公爵様、あなたは本当に……」


 ルネは驚きを飲み込み、即座に周辺諸国の記録へ目を通し始めた。


 ノルガルドの東方での大規模な魔導炉のメルトダウン。南方の国での、備蓄魔石の連続破裂事故。どれも約百二十年前に集中しており、そのどれもが「一つの巨大な魔石に負荷を集中させる単核式」のインフラで発生していた。


 ルネは【構造眼】で培ってきた魔力動態の知識を総動員し、机の上の巨大な白紙に、各国の事故発生地点を点で打ち、それを線で結んでいった。


「……一つの仮説です。ですが、各国の事故地点を地脈図に重ねると、設備不良や誰かの陰謀より、この説明が最も矛盾しません」


 ルネが描き出したのは、大陸全体を貫く『地脈』の巨大な流路図だった。古い文献では、それを『魔脈』とも呼んでいた。


「おそらく約百二十年周期で、大陸の地下を流れる巨大な地脈の位相が『反転』するんです。その強大な逆流の波が、一箇所に魔力を溜め込む単核式インフラと致命的な共振(自己増幅)を起こし、内部から破壊している」


 そこまで言って、ルネはハッとした。


「なら、あの国境での魔物群の異常発生も……王都を襲った特大の魔力雷雨も」


「すべて、地脈の位相が揺らぎ始めたことによる『前兆現象』だったというわけか」


 レオンの重い言葉に、ルネは深く頷いた。


 点と点が繋がり、一つの巨大な線になった。だが、それは同時に、取り返しのつかない大災害がすぐそこまで迫っているという死の宣告でもあった。


「公爵様。このまま地脈の反転が起きれば、巨大な中央核を持つセレネス旧式の王都結界は、極めて高い確率で暴走します。それどころか、大陸中の主要都市で単核網が連鎖的に停止する大災害へ発展しかねません」


「猶予はどれくらいだ」


 レオンの冷徹な問いに、ルネは過去の事故データと、直近の雷雨や魔物発生の間隔から、複雑な数式を猛烈な勢いで組み上げていく。


「……算出しました」


 ルネは顔を上げ、きっぱりと告げた。


「次の反転中心予測日は、三十八日後。地脈の揺らぎを考慮した誤差幅は、前後三日です」


「つまり、最短で三十五日後、最長でも四十一日後には、大陸の主要魔法網が同時停止する恐れがあるということだな」


「はい。多点格子式なら負荷を迂回できる見込みがありますが、旧式インフラのままの国では、都市機能が広範囲に麻痺する恐れがあります」


 三十五から四十一日後。


 それは、一国の都合で隠蔽してやり過ごせるような規模の話ではなかった。


 四日後。ノルガルド王都で開催されている、国際工務会議の大ホール。


 各国の工務卿やインフラの専門家たちが居並ぶ議場の壇上で、ルネ・エルフォードは毅然と胸を張り、拡声用の魔導具を握っていた。


「――以上のデータと過去の保全記録より、私は、三十一日から三十七日後の間に、地脈反転による大陸規模の魔法網の同時停止が発生すると警告します」


 ルネの公式発表に、議場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


「三十日後だと!? 馬鹿な、いくらなんでも唐突すぎる!」


「過去の記録をこじつけただけではないのか!?」


 不安と反発の声が入り混じる中、セレネス王国の席から、豊かな腹を揺らして恰幅の良い男が立ち上がった。王立建設院総監、マルセル・グランツである。


「静粛に、皆様方!」


 マルセルは鷹揚に両手を広げ、鼻で笑うようにルネを見下ろした。


「我が国の優秀なる単核式結界は、いかなる負荷にも耐えうるよう設計されております。巨大な単核こそが、魔力を御する文明の象徴なのです。……ノルガルドの若き院長殿。他国の古い資料を都合よく切り貼りし、根拠の薄い大災害の妄言で大陸の秩序を乱すのは、少々悪質ではありませんかな?」


 マルセルの余裕に満ちた反論に、同調するように頷く各国の代表者たち。


 だが、ルネは一切怯まなかった。言葉で信じてもらえないのなら、それを客観的に証明する手段を用意すればいいだけのことだ。


 一方、その日の夕刻。


 国際会議のセレネス王国側控室では、マルセルが葉巻を燻らせながら、ソファに座る王太子アルベルトに向けて得意げに語っていた。


「殿下。あのような小娘の妄言に耳を貸す必要は一切ありません。我が建設院の誇る安全証明は盤石です。ご安心ください」


 だが、アルベルトの表情は険しかった。


 彼は窓辺に立ち、ノルガルドの街並みを見下ろしながら、完成式典の夜のことを痛烈に思い出していた。


 あの時も、マルセルは「安全証明は盤石だ」と言った。自分はルネの専門家としての警告よりも、その書類上の権威と、外国使節の前の面子を優先し、結果として王都結界の一部を破断させてしまった。


 もし、今回も同じように彼女の言葉を握り潰し、本当に大陸規模の災害が起きたら?


「……マルセル総監」


 アルベルトはゆっくりと振り返り、静かに、だが王太子としての絶対の威圧感を込めて命じた。


「セレネス王都結界の、独立再計測を命じる」


「は……? で、殿下、今なんと?」


 マルセルが葉巻を落としそうになる。


「エルフォードの言葉をただ盲信するつもりはない。だが、万が一の可能性すら検証しないのは、統治者として怠慢の極みだ。……総監、君の息のかかった本局の技師は使わん。王太子直轄の若手現場技師だけを集め、独立した計測班を直ちに編成せよ」


「お、お待ちください! それでは建設院の面子が――」


「面子で国が守れるか!」


 アルベルトの怒号に、マルセルはビクリと肩をすくめた。


「さらに命じる。その直轄技師班が測定した生データの『原本』は、王太子府へ送ると同時に……ノルガルドにいるルネ・エルフォードへも、一切の改竄なく同時送信せよ」


「なっ……! 我が国の機密データを、追放した女に渡すとおっしゃるのですか!?」


「彼女が嘘をついているか、それとも我が国のインフラが死にかけているか。それを白日の下に晒すための最も客観的な手段だ」


 アルベルトは冷たく言い放った。


 それは、彼なりの贖罪の始まりだった。ルネを取り戻すためではなく、王太子として国を守るため、そしてかつて自分が踏みにじった『専門家の正しさ』を、自らの目で証明するための、明確な決別と行動だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。