第四話:これが大人の騎馬戦だ!
俺が岡戸君になってから2週間が過ぎ、高校生活にも慣れてきた。
今日は体育祭に向けた競技の練習日だ。アキは普段降ろしている艶やかなロングヘアをひとつにまとめ、100メートルレーンを走っている。普段隠れていて見ることのできない汗ばんだ彼女のうなじに、思わず股間が熱くなる。
各競技の練習が終わった後は、体育祭の目玉であるクラス対抗「集団騎馬戦」だ。男女別で、まずは女子の部からC組と戦う。
アキは騎馬、騎手どちらになるのだろうと姿を探すと、近くのベンチで一人座って見学をしていた。肩を落とし、競技を見ているのかいないのか分からない、遠い目をしている。
岡戸君の記憶を辿っても、アキが騎馬戦に参加したことはない。応援合戦のときも、あきはいつも一人で見学をしていた。
「C組の連中、コテンパンにしてやろうぜ」
記憶を探っていたら、陸上部の隼人に肩を叩かれた。確かに、青春の1ページに「友情、努力、勝利」が加わるのは悪くない。そうと決まったら、行動あるのみだ。
「B組のみんな、集まってくれ!」
ゾロゾロと闘志に燃えた若い雄たちが集まってくる。しかし、勝利には冷静な判断も不可欠だ。
「勝つための作戦を考えた。よく聞いてくれ」
「それでは、男子B組対C組の練習試合を行います。……はじめっ!」
体育教師が笛を鳴らした瞬間から、俺たちの狩りが始まった。
集団の先頭騎手を務めるのは、メガネをかけた文芸部の田中君だ。小柄で華奢な彼は、ブルブルと震えていて、まさに羊のようだった。C組の狼たちはそれを見逃さない。「俺が仕留めてやる」とばかりに、群れで襲いかかってくる。
「隼人、今だ! 走れ!」
俺が叫ぶと、隼人はものすごいスピードで狼の群れを掻い潜った。田中君を乗せた騎馬は、足に自信のある陸上部と野球部の連中で強固に固めてある。
狼の群れは必死に食らいつこうと追いかけてくるが、スピードについていけず、次第に連携を崩していった。バラバラになっていく敵陣。
そこから俺たちは、孤立した狼を前後から挟み撃ちにし、二対一の構図を作り出した。もうこれで負けることはない。作戦勝ちだ。
「チェックメイトだ!」
C組の最後のハチマキを田中君が奪い取り、空高く掲げた。
「すげー! C組全滅じゃん!」
「しかも俺ら、ハチマキ一つも取られてなくね?」
「やべー! スゲー!」
「こんな闘い方……教師生活で初めて見た……」
教師が呆然として呟いた。
完全勝利に皆が興奮している。俺は今回の一番の功労者に声をかけた。
「田中君、囮になってくれてありがとう」
興奮して頬を赤らめた田中君が答える。
「ううん!僕、運動は苦手で最初は嫌だったんだけど、活躍できて楽しかったよ!
でも、よくこんな作戦思いついたね」
(――コンサル事業に携わっていたからね。社会も騎馬戦も同じだよ)
……なんて、言えるわけがない。
「集団を分断し、各個撃破する。理屈が分かれば、駒のように動かせるよ。それに、昔から知略を練る小説を読むのが好きなんだ。例えば……」
「『銀河英雄伝説』」
二人同時に、声が重なった。
文芸部の田中君はニヤリとし、得意げに中指でメガネをクイっと上げた。
田中君とは、もっと仲良くなれそうな気がした。
俺の勇姿を見届けたアキの、うっとりした顔が見たくて視線を送る。
しかしアキはベンチに座り、地面を這う蟻の行列を黙々と目で追っていた。
顔を上げたアキと一瞬目が合う。アキは慌てたように視線を地面へ戻してしまった。
ちゃんと見とけよ!……トホホ。




