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第五話:幼馴染は『目覚めの証人』

アキとの距離をもう少し縮ませたいと思い、一緒に帰ろうと俺は下駄箱で待つことにした。やはり幼馴染と一緒に帰るという憧れイベントはぜひとも回収しておきたい。


 しかし岡戸君の記憶によると、中学頃からアキは一緒に登下校するのを拒みだし、一人で先に行くようになった。一緒に行こうと何度誘っても首を縦に振ることはなかった。


 思春期による照れだろうと俺は推測した。一緒に帰りたいのに帰れない。素直になれないかわいい照れ屋のアキ。

 大丈夫、すべて俺に任せておけ。


 階段から、浮かない表情をしたアキが降りてきた。俺に気づいてパッと表情が変わった。


「おつかれ智将。騎馬戦すごかったんだってね。もう学校中の噂だよ」


 アキは下駄箱から靴を取り出し、靴を履きながら俺に話しかけた。

 同じクラスの出来事なのに、アキはどこか他人事だ。


「光栄だな!でもC組のやつらには卑怯だー!って非難轟々だったけどな。」


「そうだったんだ、智将も辛いね。じゃあまた明日ね、バイバイ」


 アキが背を向ける。俺はすかさず声をかけた。


「アキ!一緒に帰ろう!」


 アキは振り返り、一瞬目を輝かせた。しかしすぐに輝きは消え、眉をひそめた。


「……待ってたの?ダメだよ、誰かに見られたら困るし、帰らないよ」


 ここからが勝負だ。俺は思考をフル回転させる。


「ほら、俺クラスTシャツの係になっただろ? みんなの前では『任せとけ』って見栄を張ったけど、デザインが全然浮かばなくて困ってるんだ」


 捨てられた子犬のような視線をアキに投げかける。


「アキ、美術の成績も良かっただろ。この前の授業で展示されてた絵、色使いが本当に綺麗で感動したんだ。……頼む、相談に乗ってくれないか!」


 俺は勢いよく、深々と頭を下げた。


「俺を、助けてくれ!」


 数秒の沈黙。アキが小さくため息をつく。断られるか。胸が急激に締め付けられる。


「……駅までの間だけだよ。家まではぜったいダメだからね」


 交渉成立。俺は心の中でガッツポーズをした。心優しいアキは、助けを求める幼馴染を放っておけない。彼女の抱える罪悪感をついた、智将の「作戦勝ち」だ。

 俺は自分の狡猾さに、かすかな胸の痛みを感じたが、それ以上の高揚感を覚えた。これが交渉術というものだよ岡戸君!


「ありがとう。恩にきるよ」


 アキは無理に作ったような小さな笑顔を浮かべた。



 アキと横並びで歩いて帰る。憧れのシチュエーションに浮足立っていた。もし抱きしめたら、俺の腕の中にすっぽりと収まってしまうだろうな……そんな妄想が脳裏をかすめる。制汗剤だろうか、アキから漂うほんのり桃の甘い匂いが、鼻腔と下半身をくすぐる。


「アキはすごいな。俺じゃ考えつかないようなアイデアやデザインが浮かんで」


「そんなことないよ」


 アキはこの短時間でコメディチックなものから、芸術性が高いものまで多種多様なデザイン案を考えた。アキを誘う口実だったはずの相談が、思いのほか実りのあるものになっていく。


「いや、俺は全然うかばなかったから尊敬するよ。アキは歌も上手いし、美術の才能もある。芸術センスが高いんだな」


「ちょっと、褒めすぎだってば!」


照れて笑うアキは、とびきり可愛い。この和やかな空気なら、もう少し深く探れるかもしれない。幼馴染イベントに浮かれていた俺は、あえてわざとらしく、ふざけた口調で切り込んだ。


「はやくクラスTシャツ着て体育祭やりたいよな。そういえば、体育祭キッカケで付き合う奴ら多いけど、アキは付き合いたい人とかいるの?」


照れを隠すために、いつも以上にわざとふざけて言った。


「たとえば……この智将様とか?!」


――アキの足が止まった。

 さっきまでの陽気な空気が、凍りつくように冷え切る。

 まずい。切り込むのが早すぎたか。せっかく築いた均衡が、俺の拙い一言で崩れていく。


 長い沈黙が流れる。固まったまま、アキが大きく息を吸い込んだ。その吐息は震えていた。



 「ごめんね…私目覚めの証人だから、同じ宗教の人としかお付き合いできないの」



「……目覚めの証人?」


 俺は予想しない返答に唖然とした。


「ごめん!今のなし!忘れて!!!やっぱり先帰る!」


 アキはしまった、という顔をして、パニック状態で走り出した。

 

 ここで返したら、一生後悔する。

 俺は逃げるアキの細い腕を掴んだ。


「まって!目覚めの証人って、あのピンポン鳴らして宗教の話をしてくる宗教団体のこと……?」


「っそう……あっ、いや、違う!なんでもないの!」


 泣きそうな顔で焦点の合わないアキ。周りを見渡すと、神社の鳥居が見えた。人通りは少ない。


「アキ、あそこにベンチがある。少し落ち着こう」

「神社……怖い……」

「大丈夫。俺がいる。何も怖くない」


 怯えるアキの手を引き、神社のベンチへと腰を下ろす。肩を震わせて泣く彼女の背中を、優しく、何度も何度もさすった。


 目覚めの証人。誕生日も、騎馬戦のこだわりも、すべてが繋がった。でも、この取り乱し方は一体なんだ。



「…背中、さすってくれてありがとう」


「少し落ち着いた?」


「うん」


「アキは……目覚めの証人なの?」


「……うん」


「目覚めの証人ってどんな団体なの?」


「……」


「ごめん、不躾だったね。でも俺はアキが何でこんなに辛そうなのか、理由が知りたいんだ。もし嫌じゃなかったら、話してくれる?」


アキは俯いた。艶やかなロングヘアで顔が隠れて、表情は分からない。


「……わたしのこと…嫌いにならない?」


「嫌いになんかなるもんか!」


アキの体を起こし、アキの瞳をまっすぐ見つめる。

焦点の合わなかったらアキの瞳がようやく俺の瞳と合った。


「分かった。…拓也を信じるよ」


そしてアキは語りはじめた。


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