第三話:偽りの誕生日
どうやら俺は、桜ヶ丘北高校三年B組の「岡戸拓也」という人物らしい。
チャイムの鳴る1分前に教室に入る。
「おはよ、今日もギリギリだね」
アキが呆れたように言う。
「ギリギリじゃない、狙ってんの」
俺は岡戸君になりきって、コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら机についた。
自転車を全力で漕いできたにもかかわらず、息切れ一つもしない若い身体は素晴らしい。
普通の人間ならこの状況に参ってしまうだろう。しかし俺は違う。幼少期からの転校生活、8回の転職。そんな経験が育んだ『新しい環境への適応能力』は伊達じゃない。加えて岡戸君の記憶のインストール。何も恐れることはない。渋谷拓也と岡戸拓也、二人の拓也の青春は、ここからはじまる。
授業についていけるか不安だったが、岡戸くんの記憶と俺の昔の記憶が合わさり、授業も理解することができた。昔は勉強が嫌いだったが、こうして学び直すのも悪くないと思った。
休み時間になり、アキの席に宮下さんが占いの本を持ってやってきた。
「私は10月10日生まれのさそり座!今月の恋愛運は……!『絶好調!好きな彼と急接近!』だって〜!!」
ポニーテールを揺らして喜ぶ姿を、つい目で追ってしまう。女子がキャッキャしている様子は、どこか微笑ましい。
「アキは誕生日いつだっけ?」
「……3月27日だよ」
一瞬の間があった。
「じゃあ牡羊座か!牡羊座の恋愛運は……」
嘘だ。アキの誕生日は6月11日だ。
岡戸君の記憶によれば、アキは昔から誕生日を聞かれると「3月27日」と答えるらしい。
「なんで誕生日、嘘つくの?」
小学生の岡戸君はアキに尋ねる。
アキはか細い声で答えた。
「……祝われたり、プレゼント貰うのがいやだから……学校がお休みの春休みに設定してるの」
「えっ?おめでとうって祝われるの嬉しくない?」
言ってる意味が分からなくてキョトンとしていると、アキは焦ったように言葉を継いだ。
「私は、歳をとりたくないの!永遠のレディー?だから、乙女心?がわからない男ね!」
乙女心はよく分からないが、適当にはぐらかされた気がする。だが、アキの本当の誕生日を知っているのが俺だけという事実に、岡戸君の記憶は優越感に浸っていた。
それから毎年6月11日は特別な日になった。岡戸君は登校前、朝一番にプレゼントを渡しながら「誕生日おめでとう」と伝えるそうだ。
まさに、俺の憧れる幼馴染の理想郷がここにはある。
……ちなみに、プレゼントを受け取ってもらったことは一度もないらしい。ドンマイ岡戸君!
しかし、岡戸君は記憶だけ残して、どこに行ってしまったのだろうか…。
……答えの出ない問題を考えるのは時間の無駄だと、オッサンは社会で学んだ。だから、深くは考えないことにする。




