94 街案内 前編
「フーンさん、今日の朝ごはんはいかがですか?」
「美味しいよ。ほんと、美味しい。これからも毎日、俺が死ぬまで、メルリンに朝ごはんを作ってもらいたくなるほど、美味しい」
「も〜う、そんな大げさなお世辞はよしてくださいよ」
仕方がないじゃないか。
本当にそれほどのことを言いたくなるほど美味しいのだから。
彼女が調理したものの全ては、チョボルが作っていた雑飯とは比べ物にならないほど美味なのだもの。
「フーン、ちょっと話が……」
メルリンとわいわい朝食を楽しんでいると、ソファイリがひょっこりと居間に顔を出した。
「どうかしたのか?」
「……やっぱり、なんでもないわ」
踵を返し、えらく不機嫌そうには去っていった。
俺、最近、何かソファイリの気に触るようなことしたか?
……心当たりが多すぎるな。
ちゃんと本人に確認しておこう。
放っておいたら、ストレス貯めて、そのうち爆発して、俺がとばっちりを喰らうからな。
俺は朝ごはんを素早く食べ終え、台所で皿を洗ってから居間を出た。
「まあ、あそこだろうな」
玄関から外へ出ると、ソファイリはすぐに見つかった。
彼女は家の前にできたガーデンの手入れをしている。
まだ作られたばかりなので、育っているのは小さな芽ばかりだが、ソファイリの話によると秋頃には、様々な野菜や色とりどりの花々が育つらしい。
「おーい、ソファイリ。さっきの話、本当は何か言いたいことがあるんだろ? 遠慮してないで、さっさと吐けよ」
俺が近くまで歩み寄ると、ソファイリはこちらへ振り向きもせず、せっせとジョウロで水をやり続けながら返事をした。
「ないわ。余計な詮索はしないで……と言いたいところだけど。ねえ、ここってあんたの故郷なんでしょ?」
冷たくあしらわれるのではないかと思っていたが、どうやらそうではないみたいだ。
「まあ、そうだな。こっちの世界なら、ここが故郷だ」
「こっちの世界ってなんのことよ? まあ、とにかく、じゃあ故郷なんだし、ちょっとあたしを案内しなさい」
「何を今さら……。もう買い物とかで十分歩き回っただろ」
「よそ者のあたしが手探りしながら歩き回るのと、住民が案内するのじゃ見えてくるものが全然違うでしょ。この街のそういう部分をあんたに見せて欲しいの」
なるほど。そういうことか。
なら断る理由はない。
俺はソファイリの頼みを承諾した。
***
「ごめん、待たせた?」
「ああ、待ったぞ。十分ぐらい。頼んだのはそっちなのに、人を待たせるのはどうかと思うぞ」
ようやっと階段を下りてきたソファイリの質問に答えると、なぜか彼女は少し顔をむすっとさせた。
待っていたのは俺だぞ。
不機嫌になる権利を所持しているのは俺の方のはずだ。
器の大きい俺が、そんな些細なことで動揺しないのを、もっとありがたがって欲しいものだ。
「あっ、ソファイリさん。なんか今日はやたらと余所行きな格好をしていますね。服とかお化粧とか」
相変わらず眠そうな顔を浮かべながら、ベルディーが階段をてくてくと下りてきた。
昨日は遅くまで例のカードを弄っていたので、あまり寝ていないのだろう。
「もしかして、どこかへお出かけですか? でしたら、わたしも付き添い――」
ギロリとソファイリがベルディーを睥睨する。
理由はわからないが、化粧やら服とかについて触れられたのが、気に障ったのだろうか。
似合ってるなと褒めようとしたんだが、俺もとばっちりを食らうかもしれないので、やめておこう。
「――ましょうかと思ったんですが、やっぱり留守番しますね。あとちょっとで、こちらでもネトゲができそうになりそうですし」
というわけで、俺とソファイリは二人きりで繁華街へ向かうことになった。
***
「あれがこの街バリーの名所、国内最大級の噴水だ!」
「へぇー、すごいわね」
「冬はもっとすごいんだぞ。出てくる水が凍りついて、でっかい氷の花みたいになるんだ」
ソファイリはうっとりと噴水に見惚れている。
凍っている時はともかく、今の噴水は、美的センスが低い庶民の俺にはでかい水鉄砲にしか見えないが、生まれが良さそうな彼女にはこのアートを理解できるのだろう。
「ここを最初に選ぶなんて、あんたにしては、なかなかいいチョイスじゃない。見直したわ」
「俺じゃないぞ。メルリンが俺を案内してくれた時も、最初にこれを見せてくれたから真似しただけだ」
「そう。……じゃあ、そろそろ別の場所へ行かない?」
さっきまではあんなに楽しそうにしていたのに、急に素っ気なくなったぞ。
気移りが激しいやつだ。
「よし、付いて来い」
だが、次の目的地へ向かおうとすると、わらわらと子供たちが俺とソファイリの周りに集まってきて、行く手を阻まれてしまった。
なんだ、なんだ?
「あ! ソファイリ先生!」
「ほんとだ、ほんとだ!」
「ソファイリ先生、こんにちは!」
「こんにちは、みんな」
ソファイリ? 先生?
キャラ的に似合っている呼び方だけど、そう呼ばれている理由がわからない。
この子供達は誰なんだ?
初めて見るぞ。
「どういうことなんだ、ソファイリ?」
「ちょくちょくこの子たちに魔法のレッスンをしてあげてたのよ。ずっと親のお金に頼って生きていくのは嫌だし、時間もいっぱいあったから、何か人のためになることをしながら収入を得られないかな……と思って」
ソファイリが頭を撫でると子供達はキャッキャと喜んだ。
そして彼らは満足した顔を浮かべながら、噴水の方へ戻って水遊びを再開した。
完全に手懐けられているな。
しかし、親の金に頼らず生きていく……か。
立派すぎるせいか、突飛すぎるせいか、ちょっと俺には理解できない。
だって、使えるものは使うべきだろ?
***
「ここがコロッセオだ。俺はここで開かれた闘技大会で優勝し、八勇士になったんだ」
「へぇー。立派な建物ね。歴史を感じるわ」
「そういえば、ここも初めて見たときはメルリンと一緒だったな」
「……他にも何かないの? ここもちょっと飽きてきたわ」
なんだか今回も反応が悪いな。
俺のバリーツアーをあまり楽しんでいないのだろうか。
俺を育ててくれたこの街を、彼女にも好きになってもらいたいので、なるべく楽しんでもらいたいのだが、なかなか難しいものだ。
「じゃあ、逆に訊くけど、具体的にどういうものが見たいんだよ? それがわかれば、もっと適切なものを紹介できる」
「具体的に……ね。別になんでもいいんだけど……例えば、あんたがたまたま見つけた穴場とか、あんたの心に残っている場所とか。そういうスポットならきっとあたしも楽しめるわ」
何が別になんでもいいんだけどだ。
もうとっておきを二つとも紹介したのに、微妙な反応しかしていないじゃないか。
はてさて、次は何にすればいいのやら。
心に残っている場所といったら……まあ、まだいくつかあるな。
ダメ元で試してみるか。
「ふむふむ、なるほど。じゃあ、今度はこっちだ!」
――ダダダダ!
ソファイリの手を引き、俺はとびっきり心に残っている思い出の場所を目指して走り出す。
そして――
「ここはどうだ!」
「何もないじゃない?」
「この空き地は俺が初めて物乞いをした場所だ」
「次!」
――ダダダダ!
「これなら驚くだろ! あの門は俺の目の前で盗賊が首チョンパされた場所だ!」
「次!」
――ダダダダ!
「あれが俺に十割引で野菜を売ってくれた八百屋だ!」
「あんた、この街にろくな思い出がないのね……。普通、こういうのって、どこか見晴らしがよくて、静かで、ロマンチックな雰囲気がある場所へ連れて行く展開じゃないの?」
話が違う。
俺の心に残っている場所ならどこでもいいと、さっき言っていたじゃないか。
これだから女心は理解しがたいのだ。
言っていることと、実際に考えていることが乖離しすぎている。
素直に要求を話せば物事がスムーズに進むのに、彼女はむやみやたらに、実際にはするつもりのない妥協や遠慮を言葉に含む。
そういうのは是非ともやめてほしいものだ。
「いや、知らないしそんなの……。だが、まあ、そういうのをご所望なら今からでも探せるぞ。俺の当たる確率百パーセントな勘によると、おそらくこっちだ」
「おそらくって……適当ね、ふふ。まあ、あんたらしいから良いんだけど」
「心配するな、俺を信じろ。八勇士だった頃も俺の根拠のない自信が、俺たちを裏切ったことは一度もないだろ? 絶対に街一番、見晴らしがいい場所へ連れてってやる」
俺が自信満々にそう宣言すると、さっきまで退屈そうにしていた彼女の表情は一転し、からりと笑顔になった。
「わかったわ、行きましょ!」




