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95 街案内 後編

 ソファイリの手を引きながら繁華街の大通りを当てもなく駆け抜ける。

 心なしか彼女の足取りは段々と軽やかになっているように感じられ、まるで天使の手を引いているかのような気分だ……と思ったが、ベルディーの印象が強すぎるせいで、天使を使った比喩表現にとんでもない違和感を感じる。

 実際にあの引きこもりネトゲ廃人の手を引いたら、鉛玉を引きずっているような感じになりそうだ。


「ねえ、フーン。あれなんかどう?」


「あれか?」


 ソファイリが指差しているのは教会だった。

 確かにここらの建物と比べれば二、三倍の高さがあるし、上まで登れば見晴らしは良さそうだ。


「よし、行ってみるか」


 大通りから外れ、俺たちは教会の敷地内に入った。

 今日は何もしていないのか、人は誰もおらず、小鳥のさえずりを除けばとても静かだ。

 手入れが行き届いている綺麗な庭を通り抜け、入り口を探すために教会の周りを歩いていくと、ベルタワーに鉄のはしごが埋め込まれているのを見つけた。

 これを使えば教会の中に入らずとも、一番上まで行けそうだ。


 俺とソファイリは早速はしごを使って上を目指し始めた……のだが――


「悪いソファイリ、もう無理」


 半分ほど登った辺りで限界。

 手も腕もビリビリに痺れているし、呼吸困難だし、心臓めっちゃバクバク。

 最初は余裕だったんだが、なんか上に行けば行くほど、自分の体が重くなってきているような気がしてくるんだが……。


「……前から思っていたんだけど、あんたって魔法も使えないのに、よくそんな弱々しい体で八勇士になれたわね」


 呆れ顔のソファイリはため息をついた。


「じゃあ、一番上まで吹っ飛ばすから頭を覆っときなさいよ」


「は?」


「風神の息(ライジング・ウィンド)!」


 そして俺は言葉通り、ベルタワーの最上階まで風魔法で吹っ飛ばされたのであった。



***



「よっこらせっと……。やっと登りきったわ。どう? 怪我はなかった?」


「お前が吹っ飛ばしたんだろ! 何を今更、気を遣ってるような言い方してるんだよ」


 十メートルほど風に乗って飛ばされた俺には、驚いたことにかすり傷一つ付いていなかった。

 ……まあ、ラックのお陰なのだろう。


「まあ、別にいいじゃない。怪我がなかったのなら別に問題ないし、ああした方が早く登れたでしょ?」


「あんな目に遭うくらいなら、登るの諦めた方がマシだったと思うんだが……」


「はいはい、わかったわかった。それより見晴らしはどんな感じなのよ?」


 ソファイリは教会の鐘を潜って俺の近くまで移動し、隣に座り込んだ。


「わぁ……」


 その眼に入った光景に息を飲み、彼女はまるで空飛ぶ絨毯(じゅうたん)に初めて乗ったお姫様のような、感無量の面持ちを浮かべた。


「綺麗ね……」


「ああ。王都を上から見下ろすのと全然違うな」


 人も建物も少なくてごちゃごちゃしていないし、陽に照らされた豊かな緑がたくさん見える。

 自然と人の共存具合が色濃く反映された美しい景色だ。


「そうだ! そろそろお昼だし、ここで何か食べない? 繁華街で買ったパンがいくつかアイテムボックスに入ってるの」


「おっ、いいアイデアだな」


 アイテムボックスの中から次々とふっくらと焼けた、香ばしい様々なパンが取り出される。

 中では時間が止まっているので、まだ焼きたてのような味がするのだろう。

 とても楽しみだ。

 俺はとりあえず一番美味しそうに見えた、ハムと目玉焼き入りのサンドを、ソファイリの手からすっとかっぱらった。


 もぐもぐ……うーん、やっぱ肉ってうまいよね!

 パンのクオリティも相当なのだろうが、俺がハム好きすぎて、そんなの関係なく美味しくなってしまっている。

 贅沢な悩みだが、ちょっと勿体ないことをしたな。


「うまいな。ババアのりんごと合わせたら完璧かもしれない」


「もしかしてババアって、ヨムルさんのこと?」


「ああ、そうだ」


「元とはいえ、自分の主人のことを大層失礼な呼び方するのね……」


 仕方がない。

 常に自由な身でありたいと考えている俺は、自分の上に立とうとする人間に対して、自然と反発的な感情を抱いてしまうのだ。


「ところでさ、どうして今日は急に誘ったんだ?」


 俺はパンを頬張ったまま、ずっと疑問に思っていたことを訊いてみた。

 するとソファイリは少し考え込む様子を見せてから、心を決めたように頷き、口を開いた。


「だって、あんたいっつも他のみんなと出歩いたり、遊んだりしてるのに、最近はあたしと何もしてないじゃない」


 なんだそりゃ。

 言葉通りの意味として取ると、まるでソファイリが嫉妬しているみたいじゃないか。

 ソファイリはそういうことを気にする性格じゃないし、今の言葉には何か裏があるに違いない。


「まあ、確かにそうだな……。でも、セタニアとかミンとかベルディーとか、放っておけば何をしでかすかわからないだろ。お前は俺たちと違ってしっかりしてるから、別に俺がいなくても大丈夫じゃないか」


「あたしはねーー」


 ソファイリはまだ半分ほど残っていたパンを口に放り込み、ゴクリと丸ごと飲み込んだ。


「ーーあんたが思ってるほどしっかりした人じゃないないわよ」


 ……くっ、わからない。

 今の言葉にはどういう意味が暗に含まれているのだろうか。

 ソファイリがしっかりしていないのなら、この世の人間全てはへなちょこ適当おぴょろごぺーの位に属することになるので、間違いなく言葉通りの意味ではないはずだ。


「……あんたが他の子と楽しそうにしているのを見たら諦められると思ってたのに、むしろもっとモヤモヤしてくるし」


 ちょっと待て。

 さらにわけがわからなくなってきた。

 なんかソファイリの雰囲気がいつもと全然違うぞ。

 あのパンに何か変なものでも入っていたのか?


「……こんな感情に意味はないのに。だって、あんたってどうせ早死にするじゃない?」


 なんかさらりと酷いこと言われた!

 でも、こっちの方がソファイリらしくてわかりやすい。

 さっきからの台詞は、遠回しに俺をバカにしているってことなのか?

 それなら理解できる。


「よく考えたら、さっきのは言い方が悪かったわね。あたしと比べて短命だって言いたかったのよ。でも、そんなことを差し引いてでも一緒にいたいと思えてきて……」


 ほ、本当になんなのこれ?

 もしかして、もしかすると、こういうことに疎い俺が言うのもあれだけど、これってなんか告白とかされる雰囲気ってやつじゃないの?

 おかしくね?

 どうして、ソファイリが俺に……頭が沸騰しそうなほど混乱してきた。

 俺がどっかで聞き間違いをしたんだよな?


 ーーがたた。


「誰!?」


「お、俺がちょっと様子を見てくるよ」


 はしごがある側で何か物音が鳴った。

 このままソファイリの話を聞いていたら頭が爆発しそうなので、この機会に少し席を外そう。


 登ってきた側から顔を突き出して、俺ははしごを見下ろしてみた。

 するとーー


「何やってんだ、お前ら……」


「あー、その、えーっと、これはですね……」

「た、たまたま居合わせただけだ。特に意味はない」

「は、はい。たまたまです」


 その言い訳は無理があるだろ。

 ベルディー、カリア、メルリンの三人が、ちょうど上にいる人間には見えないギリギリの高さで、はしごに掴まっていたのだ。


「に、逃げるが勝ちですね!」


 ベルディーが手を離してぴょんと飛び立ち、頼りない翼をパタパタさせながらゆっくりと下降していく。

 そこまでは彼女の逃走は順調だったーーが、


「おい! 置いていくな!」

「待ってください!」


 続いて残りの二人がはしごからベルディーに飛び移ってしまい、重量オーバーになってしまったのか、三人は仲良く急降下していって、ドスンと茂みの中に不時着した。

 果たして無事なのだろうか……。


 「何かあった?」


 「いや、なんでもない。ただの野鳥だ」


 とりあえず庇っておいてやるか。

 話をややこしくしたくないし。



***



「ソファイリ様!」


 教会から家へ帰る途中、俺とソファイリは見覚えがないエルフに急に絡まれた。


「エーデルト……」


「知ってるのか?」


 どうやらソファイリの知り合いらしい。

 初対面なので人間性なんてものは全くわからんが、顔もスタイルもいいので、いけ好かないやつだな。

 悪人に違いない。


「やっと見つけました。早くヒルシュアリアに帰りましょう。こんな野蛮な人間たちが住む辺境の地は、ソファイリ様に相応しくありません」


 や、野蛮……だと?

 とんでもなく失礼な奴だな。

 王都と比べれば、確かに技術とかインフラとかへぼいが、野蛮はいくらなんでも言い過ぎだ。


 ……あれ?


 ちょっと待てよ。

 俺も初めてここへ来た時、セタニアの部族に対して似たような考えを抱いていたような気が……。

 まあ、細かいことは気にしないでおこう。


「いやよ、帰らないわ。だからエーデルトは早く諦めて」


「ですが、ソファイリ様。あなたは指名手配されています。王都の兵士が、ここまで漕ぎ着けてきたらーー」


 もしかして、こいつはソファイリの身を案じてやってきた親族なのか?

 そう考えると辻褄が合う。


「絶対に帰らない! どうせわたしに政治の仕事なんて向いてないわ!」


「ですが、政治関係のことは兄様たちに任せておけばーー」


「じゃあ、あたしは何をすればいいのよ? どっかの有望な貴族と結婚して、夫の付属品になれと言うの? それとも一日中、城に篭ってお姫様ごっこを続けろと言うの? 悪いけど、あたしは自由に暮らしたい。あたしは民のために自分を捨てられるほど強くないのよ!」


 よくわからんが、何か込み入った事情があるみたいだな。

 可愛くプンスカするのはいつもの事だが、あんなに真剣な顔で怒っているソファイリは初めて見た。


「……わかりました。では、今日のところはここまでにしておきます。ですが、覚えておいてください。父上が次に送る使者は、私ほど物分かりがいい人とは限りませんよ。父上を強行手段を取らざるをえない状況に追い詰める前に、自主的に帰ることをおすすめします」


 そう言い残すと、エーデルトはいやに素直にこの場を去っていってしまった。

 俺が知っている実はお姫様でした展開のファーストコンタクトは、大抵あんな感じに何も解決せずに終わり、あのいけ好かない奴が外道と化して無理やり姫を連れ去る感じなのだが……はてさてどうなる事やら。


「フーン、帰るわよ」


「お、おう」


 説明なしかよ。

 まあ、ソファイリは自分の過去を切り離そうとしているみたいだったし、無理やり聞き出すのもあれだよな。

 ここは気が利く俺がひとまずなかったことにして、これまで通りの日常を続けてやるか。

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