92 冒険者のお仕事 ハードモード その5
「なあ、ミン。採掘道具ってやつは持ってるか?」
「……これ」
ダメもとでした質問だったが、ミンはうんと頷いて片手に持っている弓を少し上に掲げた。
そうか、確かに弓があったな。
それを使って……いや、ちょっと待てよ。
「弓で採掘できるのか?」
物理的に無理がある気がするぞ。
矢の先っぽに付いている尖った鉄で壁を削るのか?
それとも、弓の紐の部分で壁を……どうするのか想像もつかないな。
だが、よく考えてみれば、素手でトンネルを掘ってしまったゴーサル然り、槍で雪雪崩を起こしたアムル然り、今更、弓で採掘ができる奴がいると判明しても大した驚きはない。
「……渾身の矢を打ち込む。硬いアダマンタイト以外は崩れる」
「なるほど、頭いいな! 俺が打ち込む位置を指定するから、早速やってみてくれ。そうだな……あそこの微妙に輝いている岩はどうだ?」
「……了解。渾身の矢」
彼女の言葉の通り、矢が着弾した壁は見事に崩れ落ち、ぽとりと落ちてきた青色の鉱石だけが綺麗に残った。
これが依頼に書いてあるアダマンタイトとやらなのだろう。
俺はアダマンタイトを拾い、アイテムボックスの中にしまった。
「よくやった、ミン。あとはここから脱――」
――ダラダラダラダラ!!!
突然に大きな音が鳴り、天井からたくさんの岩が雪崩れ落ちてきた。
どうやら無闇に壁を崩したせいで洞窟の一部が崩壊してしまったみたいだ。
「み、ミン! 助けてくれ! 真っ暗で何も見えない!」
頼りにしていた燃える矢が岩雪崩に飲み込まれてしまったせいで、明かりが途絶えてしまった。
「……炎の矢」
シュンと矢が風を切り、天井に突き立ってボッと燃え上がることにより、俺の視界は回復した。
見えるようになって、恐怖から回復したので、ほっと胸を撫で下ろしたいところなのだが……。
なのだが……。
「なあ、ミン。このやばそうなオーラ纏ってる、でっかい浮いてる骸骨って、お前にも見えてるよな? 俺の恐怖心が生み出した目の錯覚じゃないよな? 正直、目の錯覚であって欲しいんだけど……」
「……見える」
まあ、そうだよね。
知ってた。
「ギヒャアアアアース!!!」
俺とミンはぴったりと肩を合わせ、背を雪崩によって出来た新しい壁に向ける。
「……あれは不死怨霊。上位アンデッド」
「倒せるのか?」
「……無理。物理攻撃無効」
つまり魔法しか通じないってことか。
俺たちとは相性が悪いな。
まあ、でも敵が一体なら、俺が安全に惹きつけられるので、その隙にどうにかして別の出口をーー
「……あと近づき過ぎたら即死」
「は!?」
ちょっと何それ、範囲即死とか聞いたことないんですけど!?
俺は敵の攻撃を紙一重で躱すことが多いので、ちょっとリスク高めかもしれない。
タンク作戦は最後の手段にしておいた方がいいのかもしれない。
くっ……どうすればいいんだ。
後ろには壁。前には倒せない魔物。
倒せない魔物をどうにか誤魔化して洞窟の奥へ進んでも、それが外に繋がっている保証はない。
しかも奥の方に、さらなる不死怨霊が潜んでいる可能性だって十分にある。
「……倒せない。逃げる」
「逃げるってどうやるんだよ!? 入口が塞がれてるんだぞ」
「……上。渾身の矢」
ミンが放った矢は、まるで紙でも貫くように、いとも容易く洞窟の天井を突き破った。
「ぐ、ぎ、ぐ……」
天井の穴から射し込んできた光に怯えているのか、不死怨霊は微妙に後ずさっている。
その隙に俺たちは岩雪崩によって出来たデコボコの壁をよじ登り、矢が都合よく開いてくれた、人が通れる大きさの穴から無事に脱出した。
「どうにかなったみたいだな……。目的は達成できたし、ともかく早くこの森から出よう」
最初から最後までろくな目に遭っていないぞ。
初めて来た時も確かそんな感じだったし、俺ってこの森に嫌われてるんじゃないか?
「……まだ終わってない。不死怨霊は執念深い。獲物か自らが死ぬまで追いかける」
「マジかよ!?」
「ギヒョアィイイイイー!!!」
俺の質問に答えるように奇声をあげながら、不死怨霊はひょっこりと穴から顔を出した。
「逃げるぞ!」
「……同意」
奇声の音量だけで不死怨霊との距離を判断しながら、俺とミンは一度も振り返らずに、全速力で森の外を目指して走る。
そして俺たちはなんとかスケトンが待っている森の外まで辿り着いた。
「スケトン、行くぞ全速力だ!」
「ドヒヒア!」
ひょいと背中に飛び乗り、バリーの方角を指し示すと、スケトンは待ってましたと言わんばかりにパッカパッカと勢いよく駆け出した。
さてと不死怨霊は――
「Oh……」
振り返ってみるとそこにはあるべきものが一つ存在し、あるべきものが一つなくなっていた。
存在していたあるべきものは、残念ながら不死怨霊だ。
こちらへ迫ってくる速度は素早くはないが、茂みや木々などの障害物に一切気を取られずに一直線に移動するので、それがスピードの低さを補っている。
逆にあるべきなのになくなっていたものは、その茂みや木々だった。
不死怨霊が近くを通ると、緑は朽ち果て、灰と化す。
跡には死んだ色の平地しか残されていない。
「なあ、ミン。あれって街の近くまでついてくるのか?」
「……執念深い。絶対に諦めない」
「でも、あれって間違いなく街の近くへ連れて行ったらダメなやつだよな?」
「……だめ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「…………………………………………………………………………とても不思議」
「いや、そのネタはもういいから!」
一体、どうすれば良いんだ?
魔法攻撃しか通じない以上、俺たちはあいつを倒せない。
このまま逃げ続けても、敵はアンデッドなので間違いなくスケトンの方が先に息切れする。
結局、ソファイリか、街に居る別の魔導師にどうにかしてもらうしかないし、やはりバリーへ向かう以外の選択肢はありえない。
「……フーン、スケトンの様子がおかしい」
「何?」
スケトンの体を見下ろしてみると、確かに彼の足取りは少し様子がおかしかった。
右の前足が地面をけるたびに、体がカクンと傾いている。
今日は彼をかなり酷使したので、そのせいで脚を痛めてしまったのかもしれない。
まずいな。ここでいきなり転んだりしたら、間違いなく不死怨霊に追いつかれてジエンドだ。
「スケトン、止まってくれ。あとは俺たちが走る」
「ドヒヒ? ブルブルブル!?」
心外な、僕はまだ走れます! とでも言うようにスケトンは顔を左右に振った。
「お前の気持ちはわかる。確かにお前は最後まで走りきれるかもしれない。でもな、そんな無理をしたせいでお前が怪我でもしたら割りに合わないだろ? だから、ここは俺に任せてくれ。俺が全員無事に家まで送り届ける」
ロバを相手にそんなかっこいい台詞を言うことに意味があるのかどうかはわからないが、スケトンは少なくとも俺の趣旨を理解してくれたらしく、大人しくその場で停止してくれた。
「ありがとう、スケトン。アイテムボックスの中で待っていてくれ」
返した後でロバの毛とかが出てきたら、ソファイリにこっぴどく叱られるな。
あと、なんかポケ◯ンをモン◯ターボールに戻している気分だ。
でも、今はそんなしょうもないことを考えているどころではない。
「ミン、先に街まで走ってソファイリをここまで連れてきてくれ。お前は俺より早く走れるし、街の中に不死怨霊を連れ込むわけにもいかない」
二人一緒に逃げると、どう考えても俺の足と体力がネックになる。
不死怨霊に追いつかれてしまうだろう。
「……でも、フーンは?」
「俺は大丈夫だ。近づかれただけで死ぬ系の敵は今回が初めてだけど……多分、どうにかなるだろ。俺は運が良いからな」
「……いやだ」
ミンは俺の頼みを拒否し、ふてくされた顔を浮かべた。
「……街なんか、どうでも良い。フーンが死ぬのが一番嫌」
「ミン、わかってくれよ」
「……役に立ちたい。迷惑になりたくない!」
初めて聞くミンの怒鳴り声だった。
そうか。
俺の迷惑になる。
ベルディーが引きこもっていた彼女を、もっと外と交流するよう説得した際に使った言葉だ。
ミンはずっとそのことを引きずっていたのか。
だから今日の彼女は俺が困るたびに、頑張ってすぐに解決策をひねり出してくれていた。
自分が迷惑ではないことを証明するために。
彼女には悪いことをしたな。
「ミン、お前の気持ちはわかった。そう思ってくれていて嬉しいよ。でもな、俺の役に立って迷惑にならないようにするってのは、別に俺を介護しろって意味じゃないんだぞ。俺がお前を信じて、お前が俺を信じる。それだけで良いんだ」
「……信頼?」
「そう。信頼できる仲間が迷惑からもっとも遠い存在だ。だからベルディーはお前がみんなと会話して、仲良くなって、信頼できる仲間になるべきだと言ってたんだよ」
ベルディーの真意はともかく、なんか成り行きでうまいことを言えた気がするので、そういうことにしておこう。
「……わかった。行ってくる。フーンを信頼する」
「ありがとう、ミン。俺もミンのことを信頼して、あの不死怨霊を惹きつけておくよ」
ミンはうんと頷き、森の中で見せた走りとは段違いの速度で街の方へ消えていった。
わかりきっていたことだが、やはり俺が足を引っ張っていたんだな。
情けないものだ。
さてと――
俺は威風堂々と身を構え、くるりと振り返った。
――あとはあいつとの一本勝負だな。




