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89 冒険者のお仕事 ハードモード その2

「わざわざすまないね、こんなところまで」


「いえ、お構いなく。仕事ですから」


 俺は漁師のおっさんと軽く会釈をした。

 漁師はこのおっさんの他に、二十代前後と思われる四人の筋肉もりもりな男性たちがおり、彼らは陸に上げられた船を湖に出す準備を整えている。


「護衛は、三人ご一緒にかね?」


「いえ、そこの彼女一人だけです。今日は他にも受けている依頼があるんで。ですが、安心してください。戦闘力は彼女が一番上です」


「よろしくネ!」


 俺は戦闘が苦手なので、護衛は務まらない。

 もし襲われたら、漁師は全滅して俺だけが取り残されるという、最悪の展開になるのが容易に想像できる。

 ミンもセタニアと同じく強いが、彼女には単独行動をさせられない。

 すぐに恥ずかしがって、服を脱いで姿を消してしまうからだ。

 見えない状態でも護衛は遂行できるが、彼女の覚えられにくいという性質上、護衛したという事実を残せなくなるので、仕事をしたことにならない。

 つまり消去法で、ここはセタニアに任せることになった。


「あ、お、おう。よ、よろしく」

 

 漁師のおっさんが鼻の下をびろーんと伸ばしている。

 無理もない。セタニアの紙装甲とわがままボディは精神衛生上、大変よろしくないからな。

 男五人の船にそんな彼女を送り出すことに、多少の危機感を覚えるべきなのかもしれないが――まあ、セタニアのことだし大丈夫だろう。

 下級ドラゴンの沼竜(マッドドレイク)にすら勝てない五人が同時に襲いかかってきても、セタニアの敵ではないだろうしな。



***



 セタニアと別れ、俺とミンはスケトンに二人乗りして南の森へ向かう。

 ワスプ退治とアダマンタイト採掘の依頼は、両方そこが目的地となっているからだ。

 短い足でよたよたと歩くスケトンはあまり早く進めないが、少なくとも歩くよりはましだ。

 というか歩いていたら、辿り着く前に俺が疲れきってギブアップする。


「よしよし。いい調子だぞ、スケトン。ご褒美だ」


「ドフルルヒィ!」


 人参を前へぽいっと投げてやると、スケトンは器用にそれを口で捉えた。


 しかし……よくぞ、ここまで育ってくれたものだ。

 前のガリガリだったスケトンなら二人乗りは無理だっただろうが、俺が飼い始めてから、むくむくと大きくなって筋肉がついた今の彼は、俺とミンの体重を余裕を持って支えることができる。


「……あれ?」


 手で前方を指しながら、後ろに座っているミンが、短い言葉で端的に疑問を口にした。


「そうだな、あれが目的の森だ」


 見間違いようがない。

 あれは俺がこちらの世界へ転移してきた時に送り込まれた森だ。

 ベルディーが座標設定を忘れるというバカな失態を犯したせいで、あの中で無駄に苦労したんだよな。

 今となってはいい思い出……なわけないな。今でも間違いなく悪い思い出だ。

 帰ったら改めて、ベルディーに文句を告げよう。


 森の中は平たい道が少なく、障害物が多くて騎乗しながらの移動はしにくいので、スケトンを外で待機させ、俺とミンは徒歩で森の中に入った。


(……ちゃんと入ってるよな)


 俺はポケットの中にしまってある黒い小箱をぎゅっと握りしめる。

 畑仕事に詳しそうなソファイリの助けを借りようと、湖へ行く前に一度家に戻ったのだが、残念ながら彼女は外出していた。

 待っていては日が暮れてしまうかもしれないので、先に他の依頼をこなすことにしたのだが、ふとした思いつきで彼女の部屋に置いてあった貯蔵箱(アイテムボックス)を勝手に借りたのだ。

 これで畑がどうにかなるというわけではない。

 が、ヴェノムワスプのドロップアイテムと重いアダマンタイトを楽に運べるので、仕事の効率を上げることはできる。

 ソファイリに叱られる可能性はあるが、大して怖くないので問題ないだろう。


 ――ヴヴヴン。


 適当に森の中を歩いていると、まるで大掛かりな発電機の唸り声のように低くてうるさい、振動音が辺りに響き始めた。

 もちろん森の奥に発電機があるわけがないので、大きな羽を持った昆虫という線が濃厚だ。

 今回のターゲットかもしれない。


「どこにいるんだ?」


「……こっち」


 案内はミンに任せて、俺は後に続く。

 セタニアを連れてこなかったのは消去法で仕方なくだったが、今となってみれば、各自の特技を生かした的確な人選だったみたいだ。

 弓使いと森の狩人は同義語みたいなもんだしな!


「危ない!」


 ミンに頭を抑えられ、俺はその場でしゃがんだ。

 刹那、何か素早いものが頭上をシュンと通過していき、トッと背後の木に突き刺さった。


 音が立った方へ振り向いてみると、そこにあったのは針だった。

 おそらくヴェノムワスプから放たれたであろう。


「……静かに。見失ってくれるまで動く」


 呼吸と会話を最小限に留めながら、俺たちはゆっくりと茂みをかき分けて進み、攻撃を受けた場から数メートル離れた。

 そろそろ安全だと考えたのか、ミンは背中から取った弓を両手に構える。

 そしてキョロキョロと辺りを見回しているワスプ目掛けて矢を放った――が、それは勢いよく直撃してカチンと音を立てて弾かれた。

 貫通するには、表面が硬すぎたみたいだ。


「……必中の矢(スナイプショット)

 

 ――シュン。


 二つ目の矢がワスプに襲いかかるり、今度は装甲に守られていない目の部分に見事に突き立った。

 急所を抉られたワスプは羽ばたきを止め、石のように地に落ちてきた。

 良い感じだ。ミンの技術があれば、あの刺突無効っぽい魔物も弓矢で倒せる。


 ――ヴヴヴヴヴヴヴヴン!


 今度はわらわらと何匹ものワスプが集まってきた。


「ミン、あれもまとめて射ぬけるか?」


「連射はできるけど……それだと急所狙えない。……ごめん」


 いつもは基本的に無表情を貫いているのに、彼女は急に彼女らしからぬ物凄くしょぼくれた顔を浮かべた。


「別に謝る必要はないぞ。俺にだってあれは倒せないしな。じゃあ、ここは引くか?」


「……うん」


 俺が敵の攻撃を全部惹きつけて回避すれば、ミンがじっくり敵を狙う隙を作れるのだが、流石に複数体からの攻撃をヘイト管理スキルなしに全部集めることはできない。

 つまり俺の力ではミンを守りきれないということだ。


 どうやら、ここもセタニアがいないと無理みたいだな。

 湖まで戻るのに掛かる時間が惜しいが、ここで延々とゲリラ戦法を続けていても、敵の数が多すぎて切りがない。

 一旦、出直そう。

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