第15話 花の灯りが戻るまで
屋台の棚には、花をかたどった髪飾りが並んでいた。
薄い金属の花びらに、色のついた小さな石をはめてある。コレットが水色のものを手に取ると、店の女性が鏡を寄せてくれた。
「髪をまとめたところへ挿せるよ。貸してごらん」
旅の間は、紐で結ぶだけにしていた。女性が耳の上の髪を少しすくい、飾りを留める。鏡の中で顔を傾けると、小さな花が光った。
綺麗だった。ただ、自分には少し華やかすぎる気もした。
「ほかの色も、試していいですか」
「もちろん。薄紅もあるし、白なら服を選ばないね」
差し出された白い花を見てから、コレットは隣へ顔を向けた。
「こちらと、どちらがいいと思いますか?」
ヴィクトルは、手のひらの白い飾りから、髪の水色へ目を移した。
「今の方が、好きです」
コレットが見返すと、彼は言い添えた。
「その色が、よく似合っています」
「……では、こちらを」
店の女性へ頼んでから、もう一度鏡を見た。さっきまで気になっていた華やかさが、今はちょうどよく思えた。
包んでもらった飾りを鞄へ入れる。
「明日、つけてみます」
ヴィクトルは頷いた。
「ええ」
短い返事だったが、言ってしまうと少し気恥ずかしかった。コレットは次の棚へ目を向け、並んだ刺繍布について店の女性へ尋ねた。
*
翌朝、川岸の制御室へ向かう道は、昨日より狭くなっていた。
屋台の棚が張り出し、天幕の下へ荷箱が積まれている。栗屋の男が鍋を据え、向かいの店では灯籠へ色紙を張っていた。
「夕方には、ここも人で埋まりますよ」
ロランが先に立ち、橋のたもとの戸を開けた。
制御室には、昨日見せてもらった盤があった。丸い板が幾重にも重なり、その周りへ3つの結晶と細い線が並んでいる。
壁の図には、橋の花飾り1つずつに番号が振られていた。交換した日付も、点検の印もある。
「外の線と飾りは、昨日のうちにもう一度調べました。こちらを戻せれば、1輪ずつつないで確認します」
コレットは頷き、袖口を留めた。
ヴィクトルが作業前の状態を記録し、ロランと動力の遮断を確かめる。橋へ送る線も外されてから、コレットは枠へ手を添えた。
板の表だけでなく、重なった奥にも溝があった。今は少しずつ向きがずれ、つながる先が隠れている。
「下の板も動きます。結晶のそばの線は、その間を通るみたいです」
ロランが灯りを寄せた。
「分かりました。お願いします」
コレットはゆっくり力を流した。
金属線が持ち上がり、溝へ沿った。根元から浮いていた結晶が収まると、円い板が小さく回った。その下でも別の板が動き、重なった溝がつながっていく。
1枚が止まるのを待ち、奥へ意識を向けた。
細い線が板の間を抜け、隣の結晶へ届いたところで、指の奥の引っかかりが消えた。
「戻りました」
手を離すと、ロランが盤を覗き込んだ。
「ここが、通っていたんですね」
彼は灯りの角度を変え、板の隙間を見た。ヴィクトルが現在の配置を書き終えると、弱い試験用の魔力が流された。
中央の結晶が、金色に光った。
その色がゆっくり薄紅へ変わり、隣の結晶も、少し遅れて同じ色になる。やがて青白い光が広がり、石壁を淡く照らした。
ロランは盤から目を離さなかった。
「この順番です」
声が小さくなった。
「端から、次の花が追いかけるように変わっていた。子供の頃、橋を走りながら見たんです」
コレットも、3つの光を見た。
目の前では、小さな結晶が順に色を変えている。それが橋いっぱいに並ぶところを想像すると、夕方が待ち遠しかった。
*
そのあとは、ロランたちが橋側の検査を進めた。
ヴィクトルは約束していた保存庫へ行き、昼過ぎに宿へ戻ってきた。食堂で休んでいたコレットに気づくと、借りてきた記録を見せてくれた。
「昔の点灯の順番が残っていました。先ほどの盤の動きと一致しています」
紙には花飾りを表す丸が並び、色の移る順番が書き込まれている。
「夕方、入口の1輪を灯せそうです。ロランさんが、よければ見に来てほしいと」
「行きたいです」
すぐ答えると、ヴィクトルが笑った。
「では、少し休んでから。まだ時間があります」
コレットは頷いた。今日は作業のあと、宿へ真っすぐ戻ってきた。屋台を見に行くのは、夕方でも間に合う。
部屋へ上がり、鞄から髪飾りの包みを出した。
机の上へ置いて眺める。昨日は店の女性に留めてもらったが、自分でもできるだろうか。
鏡の前で髪をまとめ、そっと挿してみた。少し傾いたので外し、もう一度。指を離すと、今度は花が正面を向いた。
明日の夜も、これなら大丈夫そうだった。
鏡の中で顔を左右へ動かしてから、コレットは飾りを外した。夕方は検査を見に行くだけなのに、もうつけて降りそうになっていた。
布へ包み直し、明日着る服のそばへ置いた。
窓の向こうで、屋台の呼び声がしていた。
*
夕方、川沿いの石段には、何人かが集まっていた。
橋の端で設備士が花飾りを確かめ、ロランは制御室の戸口から声をかけている。コレットとヴィクトルも、作業の邪魔にならない場所へ腰を下ろした。
隣では、母親に連れられた子供が、透明な花を指さしていた。
「あれが光るの?」
「そうよ。お母さんが小さい頃は、橋の向こうまで光っていたの」
子供は欄干を見上げ、端から数え始めた。途中で分からなくなったらしく、もう一度最初から指を動かす。
ロランが手を上げた。
花の中心に、金色が灯った。
重なった透明な花びらの縁へ光が広がり、暗くなりかけた川の上に、1輪の花が浮かんだ。
子供の数える声が止まった。
金色が、ゆっくり薄紅へ変わる。水面へ伸びた光も赤みを帯び、波に揺れた。次に青白くなると、そばの石まで淡く照らされた。
「……綺麗」
コレットは膝の上で手を重ねた。
盤の中で見たときとは違う。水へ映った花は、流れに引かれて長く伸び、崩れながら、また新しい色を映していた。
隣のヴィクトルも、黙って眺めている。
「明日は、あそこまで全部ですね」
コレットが対岸を示すと、彼は頷いた。
「今の1輪で、ずいぶん明るく感じますね」
コレットは、橋いっぱいに灯ったところを思い浮かべた。石段に人が並び、屋台の灯りも増える。その中で、明日もこの人と隣に座る。
橋を見ていたはずなのに、ふと自分の髪へ手をやりそうになった。
ロランが川岸へ降りてきた。
「1輪目は正常です。これから順に確認します」
彼は花を振り返り、少し笑った。
「皆、昼の検査だけで済ませず、色を見たいと言いまして。今日は、もうしばらく明かりがついています」
作業中の設備士たちも、交代で川面を覗いていた。1人が何か言うと、年配の職人が頷き、花の方を指した。
近くの栗屋から、男が出てきた。
「この色だよ」
前掛けで手を拭きながら、青白い花を見上げている。
「明日は、忙しくなるなあ」
嬉しそうな声に、コレットも店の鍋へ目を向けた。
「栗、まだ買えそうでしょうか」
つい尋ねると、ヴィクトルがこちらを見た。
「今日、ですか?」
「あ、いえ。明日の分が、なくならないかと思って」
彼が笑った。
「早めに並びましょう。点灯の前なら、間に合うと思います」
「はい。袋は2枚で」
立ち上がる頃には、橋の2輪目にも金色が灯っていた。
コレットは足を止め、もう少し見たいと思った。けれど、ロランたちのそばには、確認を待つ花がまだ長く続いている。
ヴィクトルも数歩先で立ち止まり、同じ方を見ていた。
「明日の楽しみに、取っておきますか」
声をかけられ、コレットは頷いた。
宿へ戻ると、階段の下で別れた。明日の夕方、食堂で待ち合わせる時刻を確かめる。
部屋へ入ったコレットは、服のそばの小さな包みを見た。
試しにつけたときよりも、明日、彼の前へ降りていくことの方が、少し難しく思えた。
花が傾かないよう、朝のうちにもう一度練習しておこう。そう決めて、包みの端を丁寧に折り直した。




