↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご先祖の旅行記を辿っているだけなのに、なぜか各地で大歓迎されています  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/24

第12話 昔の庭園と、今の重さ

 管理棟の戸口に、土を積んだ手押し車が止まっていた。


 コレットが脇を通ると、中から灰色の髪を束ねた女性が出てきた。袖口に白い粉がつき、腕には図面を抱えている。


「東回廊について、お尋ねだそうですね。設備を担当しているイレーヌです」


 ヴィクトルが身分証を示すと、彼女は表情を改めた。コレットの紹介も聞き、まず中へと卓を空けてくれる。


 旅行記を見せると、イレーヌは挿絵へ顔を近づけた。


「休憩所ができる前ですね。この頃の姿は、初めて見ました」


 隣に広げられた現在の図面には、窓のある回廊の横へ建物が足されていた。石の花壇も、古い絵よりずっと大きい。


「増築のたびに、支える力を調整して使ってきたんです。ところが18年前、中核が止まってしまって」


「今は、何が支えているんですか?」


 コレットが尋ねると、イレーヌは回廊の下に引かれた線を指した。


「庭園本体から伸びる梁です。あとから補強も加えました。落下を防ぐことはできていますが、人を入れる余裕まではありません」


 閉じた柵の向こうは、ただ使われずにいるわけではなかった。止まった設備の代わりに、別のものが重さを受けている。


 ヴィクトルは増築の記録をめくった。


「制御が戻ったとしても、現在の重さに合わせ直す必要がありますね」


「ええ。動かせるなら、その前に実測もします」


 コレットは旅行記へ目を落とした。自分が触れたときに分かるのは、戻す場所だった。増えた休憩所まで支えられるかは、その感覚だけでは決められない。


「まず、盤を見せていただけますか。何が戻るのか、確かめたいです」


 イレーヌは頷き、壁から鍵を取った。


     *


 制御室は、管理棟の下にあった。


 階段を降りると、空気がひんやりした。壁に据えられた盤の中央には、大きな結晶がある。その周りへ線が広がり、外側には目盛りのついた輪が重なっていた。


「中央から、回廊を支える装置へ指示を送ります。この輪で強さを変えるんですが」


 イレーヌが少し回しても、隣の計器は動かなかった。


「今は、何も伝わりません」


 動力が切れていることを確かめ、コレットは枠へ手を添えた。


 中央の結晶には割れ目があった。欠片は受け皿に残り、細い線も切れたまま横たわっている。触れていると、それぞれの収まる位置が分かった。


 ただ、外側の輪も、今とは違う位置へ戻りそうだった。


「この輪も動くと思います。目盛りを、写しておいていただけますか」


 ヴィクトルが盤へ近づいた。


「全部ですか?」


「はい。どこまで変わるか、まだはっきりしないので」


 彼はイレーヌと手分けして、輪の位置を記録した。コレットも一度手を離し、終わるのを待った。


 枠へ触れ直すと、先ほどと同じ場所が分かる。


 ゆっくり力を流した。


 受け皿の中で欠片が寄り合い、結晶の割れ目が閉じていく。ずれていた線が溝へ沿い、結晶の根元へつながった。1本が収まるのを待って、奥の線へ意識を向ける。


 外側で金属が鳴った。


 目盛りの輪が回り、次の輪も、それを追うように動いた。いくつかはわずかな変化だったが、半周近く回ったものもある。


 すべてが止まったところで、コレットは手を離した。


「戻りました」


 イレーヌは盤を覗き、すぐ目盛りへ視線を移した。


「ずいぶん変わりましたね」


 ヴィクトルが記録と見比べる。イレーヌは棚から調整簿を取り出し、古いページを開いた。


 2人が数字を照らし合わせる間、コレットは盤を見つめていた。触れているときには、そこが正しいと感じた。けれど、今の回廊にとっても正しいとは限らない。


「この値です」


 イレーヌの指が止まった。


「休憩所を足す前の設定に近い。花壇を大きくするより、さらに前ですね」


「元の形だけでなく、調整の位置も戻ったんですね」


 コレットが言うと、彼女は頷いた。


「このままでは、今の重さを任せられません。ここから合わせ直します」


 遮断器は、まだ切られたままだった。


 コレットはそこを見て、息を吐いた。元へ戻すところまでは、自分にできる。その先を確かめてくれる人がいてよかった。


 試験用の弱い魔力が流されると、中央の結晶に金色の光が灯った。


 光が線を巡り、外側の輪へ届く。イレーヌが輪を回すと、横の計器の針が上がった。


 彼女の手が止まった。


 少し戻す。針も、同じように戻る。


「応答しています」


 ヴィクトルが別の計器を確かめた。


 イレーヌはもう一度回し、それから後ろの椅子へ腰を下ろした。


「……こんなに軽かったんですね」


 長い間、動かしても何も変わらなかった輪を、彼女は見ていた。


 戸口にいた管理人が近づく。


「使えそうですか」


「調整ができます。ようやく、重さに合わせられる」


 管理人は金色の光へ目を向け、眼鏡を外した。


「では、入口の札も替えられるかもしれませんね」


「試験が済んだら」


「ええ。それは、もちろん」


 彼は笑い、コレットへ頭を下げた。


 コレットも礼を返した。雲を見たいと言う前に、2人が回廊の話を始めた。休憩所の床、窓の留め具、手すり。開けるとなれば確かめたい場所が、次々に出てくる。


 その声を聞いていると、閉じた回廊が、少し近くなった気がした。


     *


 地上へ戻ると、卓に増築の図面が並んだ。


 休憩所は残す。ただ、後から加えた石の飾りは外し、深く盛った花壇の土も減らすことになった。


「花は、移すんですか?」


 コレットが尋ねると、管理人が窓の外を示した。


「中央の花壇へ。あちらなら、まだ植えられます」


 赤い小花が、手押し車へ丁寧に載せられていた。邪魔だから捨ててしまうわけではないと分かり、ほっとした。


 ヴィクトルはイレーヌから図面を受け取っていた。


「明日、実測の記録を照合します。局に残る資料も使えそうです」


「助かります。こちらだけでは、読み切れない箇所があって」


 コレットも卓へ近づいた。


「私にも、何かありますか?」


 イレーヌは考え、それから首を振った。


「今日は、十分です。回路に気になるところが出たら、改めてお願いします」


「……はい」


 少し手持ち無沙汰だった。皆が働いている横で帰るのも気が引けたが、疲れていないわけではない。指先より、細かいものを追い続けた目の奥が重かった。


 帰りの橋では、行きより少し楽に歩けた。


 ヴィクトルは隣にいた。歩調を合わせてくれているのだと分かっていたが、今日は、門だけを見続けなくても渡れた。


「今夜、よく眠れそうです」


 コレットが言うと、彼が顔を向けた。


「お疲れになりましたか」


「はい。お腹も空きました」


 答えてから笑うと、ヴィクトルも笑った。


「私もです。宿の夕食まで、あと少しありますね」


 坂を下る途中、彼が一度立ち止まった。


 コレットも振り返る。庭園の縁を夕日が照らし、東回廊の丸い窓が光っていた。


「まだ、気になりますか?」


「ええ。あの調整輪が動くところを見られるとは、思っていなかったので」


 彼の目は、しばらく回廊から離れなかった。


 コレットは先へ歩かず、隣で待った。今日、自分が戻したものを、彼はこんなふうに喜んでいる。


「明日も、ずっとお仕事ですか?」


「午前中から、重さを量る予定です。何か行きたいところが?」


「まだ決めていません。……でも、雲が見られる日には、一緒に来られますか」


 ヴィクトルがこちらを向いた。


「試験のときではなくて。旅行記にある、朝の景色を」


「ええ」


 返事はすぐだった。


「その朝は、空けておきます」


 コレットは頷いた。1人で見に来ることもできる。それでも、今日の橋を渡りながら、窓の隣に彼が立つところを考えていた。


 宿へ戻ると、食堂からシチューの匂いがした。


 階段を上がりかけたコレットは、夕食まであとどのくらいか尋ねた。もう出せると聞き、ヴィクトルと顔を見合わせる。


「荷物だけ、置いてきます」


「私も」


 いつもなら、部屋で旅行記を開いてから降りる。今日は本を鞄に入れたまま、先に手を洗った。


 窓の外では、庭園の下に薄い雲が流れ始めていた。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。