第八話 魔法習得
玉座の間へ戻った俺は、巨大モニターに目を向けていた。
画面には、さっき解放した魔法使い――ヒアの姿が映っている。
縄を解かれたヒアは、しばらくその場に座り込んでいた。
信じられないのだろう。
魔王に捕まり、仲間を殺され、それでも自分だけは生かされた。
普通に考えれば、罠だと思うはずだ。
「……本当に、私を解放する気なの?」
モニター越しに、ヒアの小さな声が聞こえた。
もちろん、俺は答えない。
もう俺たちは玉座の間に戻っている。
ヒアは恐る恐る立ち上がり、二階層の迷宮を歩き始めた。
「タケシ様、本当に逃がすのですか?」
ミルが俺の横で聞いてきた。
「いや」
俺は短く答えた。
「外の情報は手に入った。だけど、あいつを街に帰せば、このダンジョンの情報も外へ漏れる」
「では……」
「始末する」
ゼキナが静かに俺を見る。
「マスター、私がやりますか?」
「いや、俺がやる」
あいつを生かすと言ったのは俺だ。
そして殺すと決めたのも俺だ。
なら、最後は俺がやるべきだ。
ヒアは二階層の迷宮を慎重に歩いていく。
罠の場所を警戒しながら、来た道を思い出すように進んでいた。
しばらくして、ヒアは一階層へ続く階段にたどり着いた。
「そろそろだな」
「はい」
俺は立ち上がる。
「ミル、ゼキナ。行くぞ」
「はい!」
「承知しました、マスター」
俺は心の中で念じた。
「迷宮内転移」
次の瞬間、視界が歪む。
そして俺たちは、一階層の出口付近へ転移した。
◇◇◇
一階層の草原。
青い空と風に揺れる草。
その奥から、ヒアが歩いてくる。
彼女は疲れ切った様子だったが、その目にはわずかに希望が残っていた。
外に出られる。
生きて帰れる。
そう思っている顔だった。
ヒアは俺を見つけると、足を止めた。
「……まだいたの?」
「ああ」
「本当に、私を解放してくれるの?」
「ああ、もちろんだ」
俺は静かに答えた。
「ここから真っ直ぐ進めば外だ」
ヒアは少しだけ俺を見つめた後、小さく息を吐いた。
「……ありがとうな、魔王」
そう言って、ヒアは背を向けた。
その瞬間――。
俺は魔剣を抜いた。
ザシュッ!!
黒い刃が、ヒアの首を斬り裂く。
ヒアは声を上げることもできず、その場に崩れ落ちた。
草原が赤く染まる。
『500ポイント獲得しました』
「よし」
俺は魔剣についた血を払った。
「マスター、次はどうされますか?」
ゼキナが何事もなかったように聞いてくる。
「そうだな」
俺は少し考えた。
今のポイントは五〇〇。
三階層を買ったばかりで、まだ余裕はない。
だが、ポイントを使う前にやっておきたいことがあった。
「さっきの魔法使いが使っていた魔法を覚えたい」
「魔法ですか!」
ミルが嬉しそうに羽を動かす。
「でしたら、一度玉座の間へ戻りましょう!」
「ああ」
俺たちは再び、迷宮内転移で玉座の間へ戻った。
◇◇◇
「タケシ様、どんな魔法を覚えたいんですか?」
玉座の間に戻ると、ミルがすぐに聞いてきた。
「その前に、魔法ってどんな種類があるんだ?」
「基本属性は六つあります!」
ミルは指を折るようにしながら説明を始めた。
「火、水、土、風、光、闇です」
「そして、その上位属性として――」
「炎、波、大地、嵐、神聖、暗黒があります!」
「なるほどな」
普通の属性と、その進化版みたいなものか。
「ちなみにタケシ様は、火魔法なら買わなくても使えると思いますよ」
「なんでだ?」
「タケシ様は魔剣で炎の斬撃を使っていますから」
「煉獄斬りのことか」
「はい。あれは魔剣の力で火属性の魔力を扱っている状態です」
「つまり、魔剣なしでも同じように魔力を扱えれば、火魔法が使えるってことか」
「そういうことです!」
「なるほどな」
それなら試す価値はある。
「やってみるか」
「はい!」
ミルは俺の右手を指差した。
「まずは初級魔法、ファイヤーボールからです」
「どうすればいい?」
「手に魔力を集めて、火の玉をイメージしてください」
「火の玉……」
俺は右手に意識を集中する。
魔剣へ魔力を流した時の感覚を思い出す。
熱。
炎。
燃え上がる火球。
そのイメージを強く持つ。
すると――。
ボッ。
俺の手のひらの上に、小さな火球が浮かび上がった。
「おお……」
「成功です、タケシ様!」
「本当に出たな」
「次はそれを放つイメージをしてください!」
「分かった」
俺は火球が前へ飛んでいく姿を想像した。
次の瞬間。
ドンッ!!
火球は勢いよく飛び、壁に当たって小さく爆発した。
『スキル・ファイヤーボールを習得しました』
「スキルになったな」
「おめでとうございます!」
ミルが嬉しそうに飛び回る。
「後はたくさん使えば、新しい魔法も覚えられると思います!」
「なるほど」
魔剣がなくても攻撃できるのはかなり大きい。
遠距離攻撃の手段が増えたわけだ。
「試し撃ちしたいな」
俺がそう呟いた時だった。
「タケシ様!」
ミルがモニターを見て声を上げる。
「冒険者が三人、ダンジョンに侵入しました!」
「ちょうどいい」
俺は立ち上がった。
「場所は?」
「今、一階層を突破して二階層に向かっています!」
「なら、こっちから迎えに行く」
「はい!」
俺はゼキナを見る。
「ゼキナ」
「はい、マスター」
「剣士と魔法使いがいたら任せる」
「承知しました」
俺たちは二階層へ転移した。
◇◇◇
二階層の迷宮。
石壁に囲まれた通路の奥から、三人の冒険者が歩いてくる。
「ここがCランク冒険者が行方不明になったダンジョンか」
「でも二階層までしかないんだろ?」
「Cランクって言っても、油断しただけじゃない?」
三人は軽い口調で話していた。
まだこのダンジョンの危険性を分かっていない。
俺は通路の先に姿を現した。
「噂をすれば、魔王さんじゃないすか」
先頭の剣士が笑う。
「ああ、そうだ」
俺は短く答えた。
「おい、あの魔王、魔剣持ってるぞ」
「大丈夫だろ。二階層の魔王なんて、魔剣持ってても大したことないって」
「そうね」
冒険者たちは完全に俺を舐めていた。
「ゼキナ」
「はい」
「後ろの二人は任せた」
「承知しました」
ゼキナの姿がふっと消える。
「なっ!?」
冒険者たちが反応するより早く、ゼキナは後方へ回り込んでいた。
悲鳴が上がる。
だが俺は、目の前の剣士から視線を逸らさない。
「逃げなかった覚悟だけは認めてやるよ」
「は? 喧嘩売ってんのか?」
「ああ、そうだ」
「このっ!」
剣士が俺へ向かって斬りかかってくる。
俺は魔剣を抜かず、右手を前に出した。
試すのは、覚えたばかりの魔法。
「ファイヤーボール」
手のひらに火球が生まれる。
そして、それを真正面へ放った。
ドォォォン!!
火球は剣士に直撃した。
「がぁぁぁっ!?」
剣士の体が炎に包まれ、そのまま灰になって崩れ落ちる。
『新帝ダンジョンの魔王タケシのレベルが3から5に上がりました』
『2500ポイント獲得しました』
「……威力高いな」
初級魔法とは思えない威力だった。
魔力が高いからかもしれない。
「マスター、こちらも終わりました」
ゼキナが静かに戻ってくる。
通路の奥には、残り二人の冒険者が倒れていた。
「よし。これで今日やることは済んだな」
「はい!」
ミルが嬉しそうに飛んでくる。
「レベルも上がりましたし、ポイントも増えましたね!」
「ああ」
これでポイントは三〇〇〇。
三階層の整備にも使える。
「今日はそろそろ休むか」
「承知しました」
俺たちは玉座の間へ戻った。
◇◇◇
「ミル、ゼキナ」
「はい?」
「なんでしょう、マスター」
「今日は何が食べたい?」
俺がそう聞くと、ミルは少し考えてから言った。
「お肉が食べたいです!」
「私も、肉料理に興味があります」
ゼキナも静かに頷く。
「じゃあ今日はステーキにするか」
俺は管理画面を開く。
「ステーキ三人前、購入」
『ステーキ×3を購入しました』
『300ポイント消費』
テーブルの上に、湯気の立つステーキが並ぶ。
「おぉ!」
「良い香りですね」
「いただきます」
俺たちは三人でステーキを食べた。
ミルは小さな体で必死に肉を切り、ゼキナは上品にナイフを動かしている。
その光景を見て、俺は少しだけ笑った。
魔王になって、ダンジョンを作って、冒険者を倒す。
普通ならありえない生活だ。
でも――。
俺はもう、この生活に慣れ始めていた。
「さて、明日は三階層の整備だな」
「はい!」
「承知しました、マスター」
こうして俺は、明日に備えて深い眠りについた。




