第九話 「毒の階層」
――次の日。
「タケシ様、今日はどうされるおつもりですか?」
朝、ミルが俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
昨日は三人の冒険者を倒し、レベルも少し上がった。
ポイントもある程度手に入ったし、今日はそのポイントを使って、さらにダンジョンを強化したいところだ。
「今日は四階層を作る」
「四階層ですか!」
「ああ。そろそろ階層を増やして、防衛力を上げたい」
「そうですね。三階層までだと、強い冒険者相手には少し不安です」
ミルが真剣な顔で頷く。
すると、ミルはふと玉座の間を見回した。
「ただ、その前に少しだけよろしいですか?」
「なんだ?」
「不安というわけではないのですが……」
ミルは玉座の間を見ながら言った。
「そろそろ、この部屋の家具を買ってみてもいいのではと思いまして」
「家具?」
「はい。今のままだと、少し殺風景で」
確かに言われてみればそうだ。
玉座の間とはいえ、最低限のものしかない。
布団も安物だし、休む場所としてはまだまだだ。
「なるほどな」
俺はゼキナを見る。
「ゼキナはどう思う?」
「そうですね」
ゼキナも静かに部屋を見回した。
「確かに、マスターの部屋としては少し寂しいかと」
「そうか」
なら、先に家具を買うのも悪くない。
今朝の時点で、地脈から吸収した分も含めてポイントは三〇〇〇まで回復している。
使いすぎなければ、四階層も作れるはずだ。
「だったら先に家具を買うか」
「はい!」
ミルが嬉しそうに羽を揺らす。
「どんな家具を買いますか?」
「そうだな……」
カーペットとベッドは欲しい。
床に直接寝るのはそろそろやめたい。
「まずはカーペットとベッドだな」
俺は管理画面を開く。
「カーペット購入」
『カーペットを購入しました』
『一五〇ポイント消費』
玉座の間の床に、赤と黒を基調にした大きなカーペットが敷かれた。
「おぉ、ちょっと魔王の部屋っぽくなったな」
「雰囲気が出ましたね!」
「次はベッドだ」
『ベッド×二を購入しました』
『一〇〇ポイント消費』
部屋の奥にベッドが二つ現れる。
前に買った安布団とは比べ物にならないくらい、しっかりした作りだった。
「よし。次はテレビと風呂だな」
「テレビ?」
ゼキナが首を傾げる。
「前世にあった映像を見る道具だ」
「なるほど……」
「まあ、こっちで使えるか分からないけどな」
俺はテレビをイメージして購入した。
『テレビを購入しました』
『二〇〇ポイント消費』
壁際に大きな黒い板のようなものが現れる。
電源を入れると、ダンジョン内のモニターと接続できるようだった。
「監視用にも使えそうだな」
「便利ですね!」
「最後に風呂だ」
『風呂を購入しました』
『三〇〇ポイント消費』
玉座の間の奥に、新しく扉が現れた。
中を開けると、そこには湯気の立つ浴室が広がっていた。
「最高だな」
異世界に来てから、まともに風呂に入っていなかった。
これはかなりありがたい。
「これで家具は終わりか?」
「はい。かなり快適になりましたね!」
ミルが満足そうに頷く。
家具に使ったポイントは合計七五〇。
残りポイントは二二五〇。
四階層を買うには十分だ。
「じゃあ、次は四階層だ」
「どんな階層にされますか?」
「そうだな……」
一階層は草原。
二階層は迷宮。
三階層も防衛用の階層だが、似たような作りばかりでは冒険者に対策されるかもしれない。
「迷路ばかりも飽きてきたし、毒のエリアなんてどうだ?」
「毒のエリアですか!」
ミルの目が輝く。
「いいと思います! 最近は迷宮系が多かったので、新しい環境を入れるのはありですね!」
「ゼキナはどう思う?」
「私ですか?」
「ああ」
「私も賛成です。毒の階層なら、普通の冒険者は呼吸や動きが鈍ります」
「なるほどな」
冒険者を弱らせながら魔物で攻める。
かなり嫌らしい階層になりそうだ。
「後は魔物だな」
「毒の階層なら、ポイズンオークなどはどうでしょう?」
ミルが提案する。
「ポイズンオーク?」
「はい。毒霧や毒沼に強く、毒の環境でも問題なく戦えるオークです」
「普通のオークより毒の階層向きってことか」
「そうです!」
するとゼキナが一歩前へ出た。
「マスター」
「なんだ?」
「通常のオークでしたら、私の魔物召喚レベル二で召喚できます」
「本当か?」
「はい」
「なら頼む」
「承知しました」
ゼキナは静かに手を前へ出した。
「――スキル、魔物召喚」
床に黒い魔法陣が広がる。
そこから、太い腕と牙を持つ魔物たちが次々と現れた。
オークだ。
ゴブリンより大きく、明らかに力も強そうだった。
「何度見てもすごいな」
「ありがとうございます、マスター」
「だが、このままだと普通のオークなんだよな?」
「はい。毒の階層で戦えないわけではありませんが、完全に適応しているわけではありません」
ミルが説明する。
「でしたら、毒性適応強化を付与するのがおすすめです」
「毒性適応強化?」
「はい。オークたちを毒の環境に適応させ、ポイズンオークへ変化させる強化です」
「いくらだ?」
「二五〇ポイントです」
残りポイントは二二五〇。
四階層を買うには二〇〇〇ポイント必要。
つまり、ちょうど残り二五〇ポイントを使えば、無駄なく強化できる。
「よし。それもやる」
『オークに毒性適応強化を付与します』
『二五〇ポイント消費』
次の瞬間、オークたちの体に紫色の紋様が浮かび上がった。
肌は少し暗く変色し、牙の先から毒々しい液体が滴る。
普通のオークとは明らかに雰囲気が違う。
『オークがポイズンオークへ変化しました』
「おぉ……」
「これで毒の階層でも問題なく活動できます!」
「見た目もかなり強そうだな」
ポイズンオークたちは低く唸りながら、俺に向かって頭を下げた。
「よし。後は階層を買うだけだ」
俺は管理画面を操作する。
「四階層、毒エリアで購入」
『四階層・毒エリアを購入しました』
『二〇〇〇ポイント消費』
ゴゴゴゴゴ……!!
ダンジョン全体が震える。
しばらくして、モニターに新たな階層が表示された。
紫色の霧が漂う湿地のような空間。
地面には毒々しい沼が広がり、ところどころに黒い木が生えている。
空気そのものが濁っていて、普通の人間なら長くいるだけで体調を崩しそうだった。
「おぉ……」
「かなり危険そうですね」
「ああ。いい感じだ」
「これでポイントはゼロです」
「また一文無しか」
まあ、使うために稼いでいるようなものだ。
「ポイズンオークたちを四階層へ転移させますか?」
「ああ、頼む」
「では、魔物転移ですね」
俺はポイズンオークたちを四階層へ送るイメージを浮かべた。
「魔物転移」
次の瞬間、ポイズンオークたちの姿が消えた。
モニターには、毒沼の中を歩き回るポイズンオークたちが映っている。
「これで四階層の守りもできたな」
「はい!」
「ポイントを稼ぎに行きますか?」
ゼキナが聞いてくる。
「そうだな。冒険者は来てるのか?」
「はい」
ミルがモニターを見ながら答える。
「数名侵入しています」
「場所は?」
「えっと……三階層の奥ですね」
ミルの表情が少しだけ真剣になる。
「Bランク冒険者のようです」
「Bランクか」
前に戦ったCランクよりさらに上。
油断はできない。
「行きますか?」
「ああ、行くぞ」
「はい!」
俺たちは四階層の入り口付近へ転移した。
三階層を突破してくるなら、ここで待ち構えればいい。
◇◇◇
四階層。
紫色の霧が漂う毒の湿地。
その入り口で待っていると、三人の冒険者が姿を現した。
先頭は大剣を背負った男、ガルド。
その後ろに、水色の杖を持った女魔法使いリーナ。
最後に、短剣を二本持った軽装の男ゼノ。
前に来た冒険者たちとは、明らかに気配が違う。
「お、魔王の方から来たか」
ガルドが笑う。
「すまないが、お前らと話している暇はない」
「なに?」
「ポイントが欲しいんでな」
俺は魔剣を抜いた。
「はっ、舐めるなよ!」
ガルドが一気に踏み込んでくる。
速い。
Bランクというだけはある。
俺は魔剣に炎を纏わせた。
「煉獄斬り!」
炎の斬撃を放つ。
だが。
「甘いぞ、魔王!」
ガルドは斬撃を真正面から切り裂いた。
「なっ!?」
次の瞬間、ガルドの剣が俺の肩を裂いた。
「ぐっ……!」
痛みが走る。
魔王の体じゃなければ、腕ごと持っていかれていたかもしれない。
「リーナ! 魔法を頼む!」
「分かった!」
リーナが杖を構える。
「水魔法、ウォーターボール!」
巨大な水球が俺に向かって飛んでくる。
水か。
火魔法とは相性が悪い。
だが、俺には昨日覚えた魔法がある。
「ファイヤーボール!」
俺は火球を放ち、水球へぶつけた。
ジュワァァァッ!!
水と炎がぶつかり、大量の蒸気が広がる。
「なにっ!?」
視界が白く染まった瞬間、俺は一気に踏み込んだ。
「お前も甘かったな」
「しまっ――」
「煉獄斬り!」
炎を纏った魔剣が、リーナを斬り裂いた。
「あぁぁぁっ!」
リーナが倒れる。
「リーナ!」
ガルドが叫ぶ。
「ゼキナ!」
「承知しました」
背後から現れたゼキナが、ゼノを拘束する。
「ぐっ、なんだこいつ!」
「動かないでください」
ゼキナの黒い魔力が、ゼノの体を縛り上げる。
その隙に、毒沼の奥からポイズンオークたちが現れた。
「なっ、オーク!?」
「違います。あれはポイズンオークです」
ゼキナが静かに告げる。
ポイズンオークたちは毒の霧の中でも平然と動き、ゼノの周囲を取り囲む。
「くそっ、毒が……!」
ゼノの顔色が悪くなっていく。
どうやら四階層の毒霧が効いているらしい。
俺は残ったガルドへ向き直った。
「これで一対一だな」
「ふざけるなよ、魔王!」
ガルドが怒りのまま斬りかかってくる。
だが、さっきの一撃で動きは見えた。
俺は魔力を全身に巡らせる。
魔剣だけではなく、自分の体にも魔力を流す。
「魔力操作……こう使うのか」
体が軽くなる。
視界が冴える。
ガルドの剣筋が、さっきよりもはっきり見えた。
「終わりだ」
俺はガルドの剣をかわし、懐に入る。
「煉獄斬り」
炎の一撃が、ガルドを斬り倒した。
「が……っ」
ガルドはそのまま倒れ、動かなくなった。
続けて、ゼキナとポイズンオークたちがゼノを処理する。
四階層に静寂が戻った。
「終わりましたか、タケシ様?」
ミルが飛んでくる。
「ああ、終わったぞ」
『新帝ダンジョンの魔王タケシのレベルが五から十に上がりました』
『二〇〇〇ポイントを入手しました』
『スキル・魔力感知を入手しました』
「一気に上がったな……」
Bランク冒険者は、やはり経験値が多いらしい。
「新しいスキルも手に入りましたね!」
「魔力感知か」
俺はミルを見る。
「どんなスキルだ?」
「簡単に言うと、人や魔物の中にある魔力を感じ取れるスキルです!」
「魔力を感じ取る?」
「はい。生き物には基本的に魔力があります。その量や位置を、感覚で分かるようになるんです」
「なるほどな」
敵の位置が分かるなら、かなり便利だ。
「試してみたいところだが……今日はもうやることは終わったな」
「家具も買いましたし、四階層も作りましたからね!」
「Bランクも倒しました」
ゼキナが静かに言う。
「ああ」
俺は肩の傷を見た。
すでに魔王の再生力で血は止まり始めている。
とはいえ、Bランクの攻撃は本気で危なかった。
「まだまだ強くならないとな」
「はい、タケシ様!」
「マスターなら、さらに強くなれます」
「そうだな」
俺たちは玉座の間へ戻った。
新しい家具が並んだ部屋は、昨日までより少しだけ落ち着く場所になっていた。
俺はベッドに腰を下ろし、静かに息を吐く。
四階層。
ポイズンオーク。
魔力感知。
そしてレベル十。
このダンジョンは、少しずつ確実に強くなっている。
「明日は、この魔力感知を試してみるか」
「はい!」
「承知しました」
こうして俺は、新しく整った玉座の間で眠りについた。
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階層数:4階層
残りポイント:2000pt
新魔物:ポイズンオーク
新スキル:魔力感知
タケシのレベル:10




