第61話:空港への途上(新堂亜紀)
――SUVの窓越しに、ロサンゼルスの夜景が流れていく。
ダウンタウンのきらめきも、遠くのフリーウェイを走るテールランプの群れも、今の私にはうわの空だった。
後部座席の隣では、保奈美ちゃんが小さな寝息を立てている。
遊び疲れたのか、シートベルトを締めたまま、すやすやと直也くんの肩に寄りかかって。
……その姿は、本当に無防備で。
あまりに可愛らしくて。
胸の奥が、ふっと温かくなる。
けれど――。
(……あのキスは、やっぱり反則だよね)
ついさっき、花火のフィナーレの下でのこと。
「直也さん、大好き!」と、あの子はためらいもなく口にした。
潤んだ瞳で。
頬にキスまでして。
心臓が止まるかと思った。
驚きと、羨望と、どうしようもない感情が一気に胸に押し寄せて。
もちろん分かってる。
保奈美ちゃんに悪気なんてない。
もうこの子は天使。
外見が美しい、可憐なだけでない。
もう全てが天使なのだ。
純粋な「ありがとう」と「大好き」であって、駆け引きなんかじゃない。
だからこそ、筋違いだって分かってる。
でも――。
もし責める相手がいるとしたら、あの瞬間に何もできなかった直也くんだ。
(直也くん……この子をどうするつもりなの?)
真剣にそう問いかけたくなる。
私は直也くんに関しては何一つ譲るつもりはない。
でも同時に、この天使ちゃんを泣かせることだけは、絶対に許せない。
※※※
SUVが空港のターミナルに到着する。
夜のLAXは、昼間とは違う落ち着いた熱気に包まれていた。
出発ゲートへ急ぐ旅行客、パイロットやキャビンアテンダントの制服姿。
その中を、私たちはスーツケースも持たずに歩く。
エグゼクティブサービスで荷物は先に送ってあるから。
(……ほんと、便利な世の中になったわよね)
そんな風に取り繕ってみても、胸の奥はまだざわついている。
横を歩く玲奈は表情を読ませない。
でも、きっと彼女も同じことを考えているに違いない。
ふと視線をやれば、直也くんの横で少し眠そうに歩く保奈美ちゃん。
その顔があまりに幸せそうで――。
だからこそ、心の中で小さく呟いた。
(義妹ちゃんを泣かせたら……私は絶対に許さないからね、直也くん)
ボーディングゲートのアナウンスが流れる。
夜の最終便に乗り込む時刻が近づいていた。




