表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/105

第62話:サンノゼへ(宮本玲奈)

 ――機内の灯りが落ち、客席は深い静けさに包まれていた。

 低く響くエンジンのうなり、シートのきしむ音。

 遠くでは、客室乗務員の落ち着いた声がかすかに聞こえる。

 窓の外は真っ暗で、ところどころに街の光がちらちら瞬いていた。


 通路を挟んで隣――直也の肩に寄りかかり、無防備に眠る保奈美ちゃん。

 シートベルトを締めたまま、ほんのり赤い頬を見せて、すやすやと寝息を立てている。

 その寝顔は幸せそのもので、見ているだけで胸が温かくなる。


(……結局、私もこの子が大好きになっちゃったんだな)


 亜紀さんが「天使」って呼ぶたびに笑っていたけど、今なら否定できない。

 まっすぐで、人を疑うことを知らない目。

 好意や感謝をそのまま表情にのせる無垢さ。

 一緒にいるだけで空気を柔らかくする――そんな存在。

 ……好きにならない理由なんて、どこにもない。


 ただし、ひとつだけ。


(あのキスは……許せない)


 花火のフィナーレの下。

 保奈美ちゃんはためらいもなく「直也さん、大好き!」と告げて、頬にキスをした。

 その瞬間、心臓が掴み取られるような、驚き、羨望、嫉妬。

 全部が一度に押し寄せ、頭の中が真っ白になった。


 あの子に打算なんてない。

 あれは純粋な「ありがとう」と「大好き」でしかない。

 だからこそ厄介で――そして一番の問題は。


 直也が、何もしなかったこと。

 避けない。

 止めない。

 ただ驚くだけ。


(……直也。あなたは本当に、この子をどうするつもりなの?)


 私は、直也をずっと見てきた。

 他人には優しく、自分には厳しい。

 その背中を追い続け、惹かれてきた。

 けれど今は――その背中を、保奈美ちゃんも夢中で見つめている。


 このままじゃ、誰かが泣く。

 私は泣かない。

 絶対に譲るつもりはないよ。

 けれど、保奈美ちゃんが泣くのを見たくない。

 その想いが、私の心をかき乱す。


 ……直也の事を誰にも譲るつもりはない。

 けれど保奈美ちゃんを傷つけたくない。

 そんな矛盾に、答えなんて出せるはずもない。


 シートベルトのサインが小さく光り、機体がふっと揺れた。

 保奈美ちゃんは直也の肩に頬を寄せたまま、無邪気に眠り続けている。

 直也は眠っていない。

 窓の外を見つめながら、また何かを考えている。

 いつもそうだ。

 誰よりも先を見て、自分を追い込んでいく。


(……どうして、そこまで走り続けるの?)


 問いかけても答えは返らない。

 けれど、彼がこだわる「サンタローザ」という街――そこに理由がある気がしてならない。


 目を閉じ、深く息を吐いた。

 胸の奥ではまだ渦が巻いている。

 それでも、このひとときだけは。

 眠る天使と、無言で遠くを見つめる直也。

 二人を同じ空間で見守れることが、ただ幸せだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ