第19話:一ノ瀬保奈美
――直也さんから「無事シリコンバレーに到着した」とメッセージが届いた。
それだけで胸の奥がじんわりと温かくなる。
出発のとき、あんなに淋しくて泣いてしまったのに……。
ちゃんと元気に着いてくれたんだ。
でも、次に届いた写真を見て、私は思わず声を上げてしまった。
「……えっ、なにこれ!?」
ホテルの部屋から撮ったらしい写真。
広い窓の外にプールとテラスが広がり、まるでリゾートのパンフレットみたい。
しかも、そのガラスに反射するように直也さんの姿まで写っていて――。
黒いスーツを脱いでシャツ姿で立つ直也さん。
え、これ……映画のワンシーンですか?
「う、うそ……」
思わずスマホを抱きしめてしまった。
※※※
気がついたら、仲良し三人組とのグループチャットに写真を共有していた。
私:
《アメリカのお義兄さんのホテルの部屋だって……》
既読がすぐに3つ。間髪入れずにメッセージが飛んできた。
真央:
《ちょっと待ってw これ部屋なの? プールとテラス付き!?》
美里:
《ドラマの財閥御曹司の部屋じゃん!なにこれ!!》
佳代:
《で、で、で! 反射してるのって……まさかお義兄さん!?》
私:
《……うん》
数秒後、爆撃みたいに通知が鳴り始めた。
真央:
《王子様じゃん!!》
美里:
《えー!カッコいいんだけど!? 隠してたのずるくない!?》
佳代:
《こんなのもっと早く見せなさいよ! 私たちに黙ってたなんて裏切り!》
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
布団の上で慌ててスマホを抱え込む。
だってそんなつもりじゃなかったのに!
私:
《ちがっ……あの、そういうんじゃなくて! ただ、ホテルがすごいなって思って……》
真央:
《いやいや、ホテルよりお義兄さんだよ、お義兄さん!》
美里:
《お義兄さんって、仕事できてカッコよくて、しかも優しいんでしょ?》
佳代:
《……これもうドラマの王子枠でしょw》
「~~っ!」
顔が熱すぎて爆発しそう。
私:
《だからそういうんじゃないってば!!》
でも返ってくるのは容赦ない追撃だった。
真央:
《保奈美、王子様と同居してるとかチートw》
美里:
《私だったら絶対惚れてる。ていうか惚れない理由ある?》
佳代:
《ちょっと真央、美里、これ以上言うと保奈美ちゃん赤くなりすぎて倒れるよw》
「もう~~!」
スマホを枕に押し付けて転げ回る。
けど、不思議と……淋しさは少しもなかった。
友達に冷やかされて、騒がれて。
なんだか賑やかな気持ちになって、笑いが込み上げてくる。
……と思ったら、次の瞬間、グループチャットがさらにヒートアップした。
真央:
《で、お土産はどうしよっかな?》
美里:
《だからI♡LAのTシャツをお義兄さんとお揃いで》
佳代:
《私はディスティニーでお揃いのカチューシャ! LA行くんでしょ!?》
真央:
《やっぱりハリウッドサインの前で愛のあるツーショットじゃない?》
美里:
《とにかく写真付きで報告して!》
佳代:
《義兄さんと買い物してるとこ希望!ツーショットでラブラブな感じにしてね!》
「えぇぇぇ!? なんでそうなるの!」
慌てて枕に突っ伏した。
私:
《む、無理だから! そんな時間ないと思うし!》
でも返ってくるのは笑顔のスタンプと追撃のメッセージばかり。
「……はぁ」
けれど気づけば、私も笑っていた。
――直也さんのことを、友達と一緒に話せるのが、なんだか誇らしい気持ちになっていたから。
※※※
――翌日。
私は莉子さんの家を訪ねた。
直也さんから「無事にシリコンバレーに着いた」と知らせが届いたから、そのご報告だけしておこうと思ったのだ。
玄関を開けると、莉子さんがにっこりと迎えてくれた。
「保奈美ちゃん。直也さんから無事に着いたって連絡、あった?」
「はい。昨日すぐに写真も送ってくれて……。あの、すごいホテルで……」
「うん、私にも知らせがあったの。元気そうでよかったよね」
二人で顔を見合わせ、ほっと息をついた。
なんだか心の重石が少し軽くなった気がした。
居間に通されると、ちょうど莉子さんのご両親も揃っていて、テーブルには温かいお茶とお菓子が並べられていた。
「まぁまぁ、保奈美ちゃん。遠慮しないで食べてね」
莉子さんのお母さんが微笑みながらお皿を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
莉子さんのお父さんも穏やかな声で言った。
「直也くん、アメリカでお仕事頑張ってるんだな。保奈美ちゃんも後から合流するんだって?」
「はい。あと5日後には……」
答えると、胸が少し高鳴った。
莉子さんがそこでふと尋ねてきた。
「ところで、渡米の準備は出来てるの?」
「えっと……はい。荷物もだいたいまとめ終わりましたし、英会話アプリで練習も続けています」
「それなら安心ね」
――と言いかけたところで、私はふと口をつぐんでしまった。
「……でも、実は」
お茶碗を両手で包みながら、小さな声で続ける。
「私、飛行機に一度も乗ったことがなくて。荷物とかより、それが一番心配なんです」
すると莉子さんが目を瞬かせ、すぐに吹き出した。
「えっ、そうだったの? ……実は私も乗ったことないのよ」
「えっ!? 本当ですか?」
「うん、だから偉そうにアドバイスできないわ。なんとも言えない。……そもそも何であんな大きなものが飛べるのか、よく分からないよね」
次の瞬間、二人で声を合わせて笑ってしまった。
「あはははは!」
その様子を見ていた莉子さんのお母さんが、にっこりして言う。
「大丈夫よ、若い子は順応が早いんだから。直也くんが一緒なら心配いらないわ」
お父さんもお茶をすすりながらうなずく。
「そうそう。飛行機なんて、乗ってしまえば案外あっけないもんさ」
不思議だ。
さっきまで心臓がきゅっと締め付けられるように不安だったのに、こうしてみんなに囲まれて笑い合っていると、全部が少し軽くなる。
「大丈夫よ、保奈美ちゃん。直也さんが一緒にいるんだもの」
「……はい」
莉子さんの言葉に、胸の奥にじんわりと安心の灯がともった。
飛行機だってきっと大丈夫。
直也さんと一緒なら、きっと――。




