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背信の姫君  作者: 新熾イブ
9/9

王女様と逃走劇



「けっこうバレないものなのね」


 城下の町中を堂々と歩きながら、ティナがどこか面白そうに告げる。


 今のティナはキャメリアに用意してもらったお仕着せを着て、長い金髪は結い上げて帽子に隠している。女官が普段から仕事着として着用していることもあって動きやすいし、何よりこの格好は王城の門を出るのに非常に役立った。


 ドレスのままなら間違いなく門衛の目に止まっただろうし、かといってドレス以外の服なんてティナは持っていなかったから。


 普段なら二人在駐しているはずの門衛が一人しかいなかったことも幸いだった。きっと上手く手を回しておいてくれたんだろうシランに、心の中で感謝した。


 俺はいつものように騎士の制服のままだが、高価な宝飾品の代金を工房に届ける時なんかはメイドと騎士が共に街にでることもあるから、さほどおかしい光景ではないだろう。


 事実、城下の人々はさして怪しんだ様子もなく挨拶をくれている。



 ――この格好で、どこまで逃げ切れるだろうか。この町を歩くには問題ないが、いつまでもこの格好でいるわけにはいかない。いずれどこかで新しい服を調達しなければならないだろう。


 王城から持ち出せたものだって少ない。俺が持っているのは普段から腰につけている剣と胸元に隠している短剣、それからある程度の水と保存食。それと幾何かの砂金や貨幣。


 心許ないことこの上ない。というかそもそもの話、どこに行くのかさえ、はっきりと決まっているわけではないのだ。


 頼るところなんかない。俺の両親は地方都市に屋敷を構えているけれど、背任行為の片棒を担がせてしまうと分かっていて頼るわけにはいかなかった。


 何の計画もなく、ティナを失いたくない一心で、彼女を煽って無責任に連れ出したのだ。愚かな行為だと自分でも思う。けれどそれでも揺らがずに立っていられるのは、ティナ自身がどんな俺でも丸ごと受け入れてくれると知っているからだ。そんな彼女の想いに応えたい。だから何があっても、せめて彼女だけは守らなければ。




 ふらふらと二人で町を歩いて辿り着いたのは、町の外れにある小さな丘。たくさんのカーネーションが咲き誇るなだらかな斜面を登ると、さあっと爽やかな風が初夏のにおいを運んできた。


 周囲に人がいないことを確認して、ティナはお仕着せの帽子を取った。器用に仕舞われていた金髪がふわりと広がり風に揺れる。


「……へえ。ここからだと、町が見下ろせるのね」


 藍色の瞳に瞬いた星。柔らかな風に靡いた金色の髪を耳裏へなぞるようにかけて、彼女は自分の国を見る。


 視察で何度か訪れた場所だ、遠目からでもその様子くらい分かる。町の中心に位置する賑やかな市場と、市場に集まるたくさんの人々の笑顔。


 国土が広いわけじゃない。科学技術がとりわけ進んでいるわけでもない。ライラを深く信仰していること以外に特徴という特徴はないけれど、それでもノーチェ王国は、人々がのんびりと毎日を過ごせる平和な国だ。


 ティナがその双眸をゆったりと細めて、桜色の口許に淡く笑みを乗せた。


「いいところね。この丘も、――この国も」


「……そうだな」


 彼女はこの国を愛していた。そりゃあ彼女は城の内情を憂いていたし、国を支えていると謡われるライラの存在は否定していたけれど。今まで、ティナは決して公務に手を抜いたりしなかった。


 ティナの瞳には今、人々の平穏な日常と笑顔が焼き付いているんだろう。きっと彼女は、この光景をずっと忘れない。


 神を殺して、俺に絶対を誓って、それでも王女として、国のために生きてきた人だ。国を裏切ったその罪を、彼女は死ぬまで背負うだろう。


 そんな彼女のそばにいる。誰が何と言おうと、彼女が天寿を生き抜くまでは、絶対に。



「……あら? あの子……」


 見納めるように町を見渡していたティナが、何かを見つけてふと声をあげた。その夜色の視線は、丘のすその辺りをまっすぐに見つめている。


 ティナも俺も視力は良い方だ。彼女の視線を追うように辿れば、


「ああ、あの時の……」


 そこにいたのは――いつか出会った、オレンジをくれた少女。


 城下の視察に訪れたティナにライラの祝福を願った少女が、オレンジの籠を携えて歩いていた。どうやらこちらには気づいていないようだが、彼女はティナを知っている。それに、俺のことも。


 いくら普段と違う格好をしていても、直にティナに会って話をしたことのあるあの子なら王女だと気づくかもしれない。だからもう、あの少女とティナが言葉を交わすことはきっと出来ない。



「……私のこの選択で、いつかあの子の笑顔を奪うことになるかもしれないのね」


 ティナがぽつりと、まるで自分に言い聞かせるかのように音を吐き出した。


 この国が戦争になったら、大勢の人間が命を落とすだろう。そうなれば――人々は皆、自分たちを見捨てて逃げた王女を恨むのだろうか。


 王女さえ黙って隣国に嫁いでいたらと、ティナに責任を押し付けて歴史を語り継ぐのだろうか。


「でも、私は他の何を犠牲にしても、フォスの隣に居たいわ。この選択に後悔はない」


 だけれどそれでも、彼女の言葉も想いも、ぶれることを知らない。それが彼女の〝絶対〟だから。


「私は……ひどい女ね」


 彼女は薄く笑った。その横顔は酷く切なく、けれど凛とした覚悟のある表情で、彼女はそこに立っていた。



「手……繋ぐか」


 驚くほど無意識に口から飛び出した言葉に、自分でも何を言っているのだろうと戸惑った。騎士の制服を纏った俺と女官の格好をしたティナが手なんか繋いだら、怪しまれるに決まっているのに。


 案の定、突然したその提案に、ティナの瞳が動揺に揺れる。


「え? ……でも、そんなことしたら……」


「周りに人もいないし、誰も気づかないだろ」


 取り繕うように早口でそう告げて、ふいっと顔を背けながら彼女に手を伸ばす。


 彼女が選んだ答えは決して賢いものではなかったし、きっと正しいものでもなかったけれど、それでも救われた人間がここにいる。それを態度で示したかった。


 おずおずと差し出された小さな手が、俺のそれにそっと触れる。二人の体温が優しく溶け合った。それが酷く心地よかった。


 ――この温度に安心したかったのは、ティナではなく俺かもしれない。


 果敢無くても、消えてしまいそうでも、ティナは俺の手の届くところにいるのだと確かめたかった。



 ――なあ、ティナ。


 貴女が俺の名に誓いを立ててくれたように、俺も貴女の名に忠誠を誓おう。


 選んだ逃亡の先に、どんな未来が待っていても。


 そこにティナがいるのなら、どこへ行ったって悔いはない。


 たとえ誰を傷つけることになっても、俺はティナの隣に居る。ティナのそばを離れたりはしない。


 この温もりがあれば、きっと何処へだって行けるから。



「そろそろ行こうか」


「……そうね。ついていくわ、何処までも」



 さあ、もっと、もっと、もっと遠くへ。


 手を取り合って、ずっと二人で生きていこう。




 【Fin】 




閲覧ありがとうございます。

いざ書き上げてみたら恋愛要素がほとんど入らず、ジャンル詐欺じゃないかと猛省しております……。恋愛に期待してくださっていた方がいらっしゃいましたら本当に申し訳ありません。ここから先の未来は、皆さまのご想像にお任せします。

最後までお付き合いくださりありがとうございました!



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