これから
まばゆいばかりの光は次第におさまり、リディアはゆっくりとまぶたを開けた。
見えた景色は教会本部ではなく、アクアテーレにあるルイスの部屋。
過去に飛ぶ直前と同じように、四人は机を囲んで座っていた。
「戻ってきたんだね。ひどいもの見せてごめん。でも、こうするのが一番だと思ったんだ」
ルイスの言葉にリディアは首を横に振る。
「見せてほしいと言ったのは私ですし、後悔はしてません……。でも、こんなの……信じたくない」
必死に泣くのを堪えてはいるが、リディアの声は震えていて、目にはまた涙が滲み始めた。
隣の席のコーネリアが寄り添ってきて、リディアの背中を撫でながら口を開く。
「イレーネが話したことに間違いはないの?」
「……確認のとりようがないから何とも言えないけど、本当のことだと思う。その証拠に、炎の騎士団の竜討伐計画が白紙にされた。僕は、あれに賭けていたんだけどね」
困ったようにルイスは笑い、大きなため息を吐き出した。
「災厄の竜復活までの猶予は? こうなった以上、ふざけた計画を続けさせるわけにはいかねェ」
こめかみに青筋を浮かせながらファルシードが言う。
「恐らくだけど、もう何年もないんじゃないかな。最近、上層部の動きが慌ただしいし、“封印から千年”の節目もそろそろだから……」
ルイスから時間が少ないことを告げられ、三人はしんと静まり返る。
重く苦しい静寂が、肩にのしかかってくるかのようだ。
沈黙はいつまでも続くかと思われたが、ゆったりとしたルイスの声がそれを破った。
「でもね、何も手がないわけじゃない。僕は力もないし、造詣が深いわけでもないけど、人脈だけはあってさ」
「アテがあるの?」
コーネリアの問いかけに、ルイスがこくりとうなずく。
「船に乗り、ローレンス地方の大貴族、エヴァンズ侯爵に会いに行こう。彼なら権力も武力も財力も持っているし、教会に対していい印象を抱いていないみたいだから」
「──ッ! エヴァンズ、だと!?」
ファルシードが驚きの声をあげ、リディアも聞き覚えのある姓に目を見開いて、顔を上げた。
「もしかして、彼と知り合い?」
「知り合いも何も。ウチの部下、バド・エヴァンズの父親だ」
「それなら、ちょうどいいね」と微笑むルイスに対し、ファルシードは頭を抱えて、苦笑いを浮かべる。
「いや、バドは父親とそりが合わずに、家出の真っただ中。父親がアイツを許すかどうか、見当もつかない」
「うーん……そりゃ困ったね。でも、どうにか力を貸してもらうしかないよね。コーネリアは僕のだもの、教会が相手でもあげられないから」
「は!? ルイスあんた何言って……」
予想外の内容で自分の名を出されたコーネリアは目を丸くし、慌てたように声を荒らげるが、ルイスはコーネリアの異論を聞こうとはせずに言葉を被せていく。
「君も同じ気持ちでしょ? さっきからリディアのこと心配そうに見て、ずっとおっかない顔してる」
話を振られたファルシードは、当たり前だとうなずいて口を開いた。
「リディアを渡すわけにはいかねェ。アイツの父親には、何がなんでも協力してもらう」
──・──・──・──・──・──
日中、港には教会本部の船が停泊しているらしく、団員たちとの合流は夜になるまで叶わない。
そのため、リディアたち三人は一度、ルイスの家で仮眠をとることとなった。
小部屋を借りたリディアは、大きなたらいに入れた湯で身体を洗いはじめる。
心身共に疲労が蓄積していたため、ルイスとコーネリアの魔法で簡単に湯を溜めて捨てることができるのはありがたかった。
焦点も合わないまま、タオルで腕をこするリディアだが、どんなにこすっても心に渦巻く感情が消えることはない。
ふと気がついたら、腕が真っ赤になっていた。
湯浴みを終えたリディアは寝室へと向かう。
ルイスのベッドを女性陣が共有することになっていたのに、コーネリアの姿が見当たらない。
どこに行ってしまったのだろう、とリディアが廊下をうろつくと、コーネリアの声が微かに聞こえてきた。
耳を澄ませて声を辿り、裏口を開けて外を覗きこむ。
すると、ベンチに並んで腰かけるコーネリアとルイスの姿があった。
ずっと気丈に振る舞っていたコーネリアもいまばかりは気落ちした様子で、何やらルイスと話している。
隣に座るルイスが金の髪をそっと撫でたら、コーネリアは慌てたように立ち上がり、照れからか怒っている様子で。
邪魔をしてはいけない、とリディアは静かに扉を閉じて廊下へ戻った。
だが、暗黒竜復活計画を聞いたあとで一人でいるというのは、どうにも辛くて苦しく、心細いもので。
リディアの足は寝室ではなく、自然とファルシードのいるリビングに向かった。
もう彼は眠ってしまっただろうか。
少しの間だけでも側にいたいと言ったら、迷惑そうな顔をするだろうか。
そんなことを考えながらリディアが廊下を歩むと、目の前の扉が突然開いてファルシードが現れた。
「ファル……」
いつもの仏頂面になぜだかほっとしたリディアは、泣き出しそうな顔で笑う。
「眠れねぇのか」
ファルシードに問いかけられ、リディアはこくりとうなずいた。
「仮眠とらなきゃ、ってわかってるんだけどね。ファルは……?」
「そんな顔してるんじゃねぇだろうかと、様子を見に行こうとしたとこだ」
予想だにしていなかった言葉にリディアは思わずどきりとして、自身の服を小さく握りしめる。
はにかみながら「何でもお見通しだね」とリディアが呟くように言うと、ファルシードはリビングへの扉を開けて中を指し示した。
「そりゃあ、な。突っ立ってないで入れ、ルイスが淹れた茶がある」