大魔導士の憂鬱
お読みいただきありがとうございます。
第4話は、最終目的地へと向かうための過酷な航海です。
大魔導士ミレイの、世界を置き去りにするほどの圧倒的な力をお楽しみください。
翌朝。吹雪がわずかに収まった隙を突き、私たちは最北の港町から無理やり船を出させた。
船乗りたちは「正気か!? 死にに行くようなもんだ!」と腰を抜かしていたが、世界最強の勇者パーティーに凄まれては従うほかない。
しかし、普通の人間である私にとって、荒れ狂う冬の海は地獄そのものだった。
「うぅ……頭が割れそうです……」
「情けないわね、レイ。これだから寿命のある脆い生き物は」
激しく揺れる甲板で、私は猛烈な船酔いに苦しんでいた。革鞄から「酔い止めの特製ハーブ薬」を取り出して一気に飲み干す。隣では、大魔導士のミレイが死んだ魚のような目で、白波の立つ海を眺めていた。
ミレイは外見こそ10代後半の美少女だが、実年齢は410歳。神から「無限の魔力」を与えられた、国宝級のバケモノだ。
「ねえレイ。私、もう魔法の研究にも飽きちゃった。この世の真理はすべて解き明かしたし、私の魔力に耐えられる人間なんて世界に一人もいない。数百年間、ずっと孤独よ。だから早くあの島に行って、永遠の退屈から解放されたいの」
「薬が効いてきました……。お気持ちは分かりますが、ミレイ様が死んだら、その最強の『賢者の杖』は私がしっかり相続しますのでご安心を」
「ふん、本当にちゃっかりした荷物持ちね」
ミレイが自嘲気味に微笑んだ、その時だった。
突如、船の周囲の海面が異常に盛り上がり、巨大な渦が巻き起こった。
ザバァァァン!!
激しい水飛沫とともに現れたのは、船の何倍もある漆黒の触手群だった。
数百年前に一国の無敵艦隊をたった一匹で全滅させたとされる、伝説の超巨大魔獣「深海王クラーケン」だ。その巨体から放たれるプレッシャーに、船そのものがミシミシと悲鳴を上げる。
「おお! 死ねそうな大物が来たぞ!」
ジークとバルトが目を輝かせて甲板に飛び出してきた。しかし、船の影から染み出すように現れたニクスが、冷酷にそれを遮る。
「……ダメだジーク。あれは物理攻撃しかしてこない。ただ叩き潰されて、数秒後に肉体が再生するだけだ。俺たちの加護は破れない」
「ちぇ、なんだ。死ねないのかよ」
ジークたちは一瞬で興味を失い、つまらなそうに部屋に戻ろうとする。
だが、クラーケンは容赦なく巨大な触手を振り下ろしてきた。狙いは、船酔いから復活したばかりの私だ。普通の人間がまともに喰らえば、一瞬で消し飛ぶ。
「私の荷物持ちに、勝手に触らないでくれる?」
ミレイが冷たい声で呟き、一歩前に出た。彼女は呪文を唱えることすらしない。ただ、愛用の杖を軽く地面に打ち鳴らした。
パキィィィン!!!
その瞬間、世界の法則が書き換わった。
クラーケンが暴れていた荒海が一瞬で、見渡す限りカチコチの分厚い氷原へと姿を変えたのだ。あまりの絶対零度に、クラーケンの巨体ごと完全に凍りつく。
さらにミレイが指先を天に向けると、上空に無数の、ビルほどもある巨大な氷の槍が形成された。
「消えなさい。退屈の邪魔よ」
ミレイが手を振り下ろすと、無数の氷の槍が豪雨のようにクラーケンに突き刺さった。
ドゴォォォン! と凄まじい爆発音が響き渡り、伝説の魔獣は悲鳴を上げる暇もなく、一瞬で木っ端微塵に粉砕された。異次元の強さ。そりゃあ、誰も彼らを殺せるはずがない。
戦闘終了後。甲板には、ミレイの加護でちょうど良くフリーズドライされた(・・・・・・・・・・)、最上級のクラーケンの肉(イカの身)が大量に転がっていた。
「……ミレイ様、素晴らしい魔術でした。これほどの高級食材、無駄にはできませんね」
私はすかさず革鞄から、マイ包丁と特製のタレ(醤油とみりんとハーブを調合したもの)を取り出した。
数十分後。私はバルトの『竜鱗の盾』を再び借り受け、即席の巨大鉄板として甲板にセットした。
その上で、新鮮なクラーケンの身をジューシーに焼き上げる。ジューッという官能的な音とともに、香ばしい焦がし醤油とバターの匂いが船上に広がった。
「な、何よこの匂い……! 悔しいけど、めちゃくちゃ美味しそうじゃない……!」
さっきまで「死にたい」と落ち込んでいたミレイの目の色が変わった。
「クラーケンの姿焼き、特製ソース仕立てです。どうぞ」
ミレイは焼き立てのイカ肉をフォークで突き、ハフハフと口に運んだ。その瞬間、彼女の美しい顔がパッと輝く。
「……っ! 外はカリッとしてるのに、中は信じられないくらいジューシー……! なにこれ、止まらないわ……!」
ジークもバルトもニクスも、匂いにつられて甲板に群がり、ものすごい勢いでイカ焼きを平らげていく。
「ガハハ! 死ぬ前にこんな美味いもんが食えるなんてな!」
「やっぱりレイの飯は別格ね……」
ミレイは満足げに息を吐き、そして水平線の先を見つめた。
「でも、明日には本当にお別れよ。私たちは絶対、あの島で死ぬんだから」
彼女の視線の先には、吹雪の合間から覗く、不気味な黒い孤島があった。
伝説の勇者パーティーの終着駅――『終焉の祭壇』は、もう目の前だった。
第4話をお読みいただきありがとうございました。
伝説の魔獣すら一瞬で片付けてしまう、ミレイの規格外な魔法の威力はいかがでしたでしょうか。
次回の第5話はいよいよ、目的地である孤島へと上陸します。
山頂の祭壇の前で、神が配置した最強の番人が立ち塞がります。触れるものすべてを死に至らしめるというその凶悪な番人を前に、ジークたちはこれまでにない「最高の輝き(文字通り)」を見せることになります。
それでは、第5話でお会いしましょう。




