深夜の影法師
お読みいただきありがとうございます。
第3話は、島へ渡る手前の港町でのエピソードです。
普段は気配が薄すぎて見失われがちな「あのメンバー」の、圧倒的な実力が描かれます。
『終焉の祭壇』がある孤島へ渡るため、私たちは大陸最北の港町へと到着していた。
しかし、不運にも海は大荒れ。猛烈な吹雪のせいで船が出せず、私たちは数日間の足止めを余儀なくされていた。
「港町の魚介で作ったブイヤベースです。冷めないうちにどうぞ」
宿の一室。私が地元のエビや貝を手際よく煮込んだスープを差し出すと、冷え切っていたジークたちは息を吹き返したようにスプーンを動かした。
「美味い……本当にレイの飯だけが、この退屈な世界の救いだぜ」
「ええ。死ぬ前にお前の料理を胃袋に限界まで詰め込めて幸せよ」
ジークとミレイはスープを絶賛し、バルトは骨ごとかじりついている。
ひとしきり食べた後、不死身の英雄たちは「今日も死ねなかったな……」「明日こそは」と呟きながら、それぞれのベッドへ潜り込んで泥のように眠ってしまった。数百年分の精神的疲労は、彼らの睡眠を深く重いものにしている。
夜更け。私は一人、部屋の片隅で明かりを灯し、明日の旅路の計算をしていた。
その時。閉め切っていたはずの窓の鍵が、内側からカチャリと音を立てて開いた。
「おい、静かにしろ。騒いだら命はねえぞ、荷物持ち」
吹き込む雪風とともに、黒い装束をまとった男たちが数人、音もなく室内に侵入してきた。衣服の紋章からして、この地域の裏社会を牛耳る闇ギルドの暗殺者――要するに、ただの夜盗だ。
彼らのギラついた視線は、私の足元に置かれた巨大な革鞄に注がれている。昼間、私がこれ見よがしに背負っていた、勇者たちが数百年で蓄えた国家予算並みの財産が入った鞄だ。
「……何の御用でしょうか」
私はペンを置き、一歩下がった。普通の人間である私は、彼らにナイフで刺されればそれだけで死ぬ。だが、私の心音は至って静かだった。
「とぼけるな。その鞄を置いて失せろ。大人しく従えば、命だけは――」
「数百年生きて、俺の存在に気づかない素人の相手ばかり。本当に、この世界は退屈だ」
夜盗の首領の背後。部屋の影から、陽炎のように一人の少年が染み出してきた。実年齢380歳の隠密職、ニクスだ。
「なっ!? 誰だお前、いつからそこに――」
夜盗たちが驚愕して振り返ろうとした瞬間、ニクスが懐から一振りの短剣を抜いた。漆黒の刃が夜光を吸い込む。彼の愛刀『影喰らい(シャドウ・イーター)』だ。
ニクスが小さく息を吐いた瞬間、部屋を照らしていた蝋燭の火が、まるで意志を持った影に飲み込まれるように一斉に掻き消えた。
完全な暗黒。
「ぎゃっ!?」
「な、なんだこれ、影が動い――」
「うわあああ!」
闇の中で、肉体が鋭く引き裂かれ、床に叩きつけられる鈍い音だけが連続して響く。悲鳴を上げる暇さえ与えられない。ニクスの『常時隠蔽』の加護は、闇の中では完全に無敵の領域へと彼を引き上げる。敵からすれば、自らの影に裏切られて斬られているようなものだ。
わずか数秒。
再び蝋燭にぽっと火が灯ったとき、室内には気絶し、戦闘不能となった夜盗たちが転がっていた。
「……ふぅ。手応えも何もないな」
ニクスは退屈そうにつぶやき、衣服の血を払うこともせず『影喰らい』を鞘に収めた。
自分の存在に誰も気づいてくれない。その孤独を数百年間味わい続けてきた彼の瞳には、深い諦念が滲んでいる。ジークたちですら、戦闘中でなければ彼を見失うのだ。
「お疲れ様です、ニクス様。冷めないうちに、特製のハーブティーをどうぞ」
私が迷いなく歩み寄り、湯気の立つカップを差し出すと、ニクスはピクリと肩を揺らした。
「……お前、やっぱり迷わないな。完全な闇の中だったぞ」
「ニクス様は歩くとき、衣服の繊維が擦れる音がほんのわずかに他の方より高いんです。それに、これだけ夜盗の血の匂いが漂う中で、ニクス様だけはいつも通りの、私が仕立てた石鹸の香りがしますから」
「……ふん」
ニクスは気恥ずかしそうに顔を背けながら、温かいカップを受け取った。一口すすると、その凍てついた表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
「お前が死んだら、俺の存在を完璧に証明してくれる奴がいなくなる。……北の島に行くまでは、その鞄ごと俺が守ってやるよ、レイ」
「それは頼もしいです。では、明日も早いので、その夜盗たちを窓から放り投げたら早く寝てくださいね」
隣の部屋からは、ジークたちの「今日も死ねなかった……」という呑気なイビキが聞こえてくる。
私はハーブティーを飲むニクスの横顔を見つめながら、再びペンを握り直すのだった。
第3話をお読みいただきありがとうございました。
夜の闇の中で繰り広げられた、ニクスの圧倒的な強さはいかがでしたでしょうか。普段は大人しい彼の、最強の隠密職としての格好良さが少しでも伝わっていれば幸いです。
次回の第4話は、いよいよ船を出して嵐の海へと漕ぎ出します。
孤島へ近づく一行の前に、海を割って伝説の超巨大魔獣が姿を現します。ジークたちが手も足も出ない(?)その大物を相手に、大魔導士ミレイの異次元の魔法チートが炸裂します。
それでは、第4話でお会いしましょう。




