第9話 決定的な証拠
翌日、リアは再び資料庫へ籠もっていた。
机の上には帳簿だけではなく、緊急対策費に関する書類が積み上がっている。
盗賊対策。情報提供者への謝礼。自衛団への支援金。
ガレスが説明していた費用だ。
「本当に盗賊対策に使われていたのかしら」
リアは呟いた。
違和感があった。
帳簿の数字は合っている。
だが、騎士団から削った予算を回してまで優先した理由が見えない。
だからこそ調べている。
アルも隣で資料を整理していた。
「こちらが謝礼金の支払い記録です」
「ありがとう」
リアは書類を受け取る。
名前が並んでいた。
情報提供者。協力者。街道監視員。
金額自体は大きくないが、ともかく人数が多い。
「…随分いるのね」
膨大な量にため息をつきながら呟く。
「盗賊対策の情報ですので仕方ありません。」
アルが答える。
リアも最初はそう思った。
だが―。
「……あれ?」
一つの名前で手が止まる。
見覚えがあった。
昨日見た資料の中にあった名前だ。
リアは別の書類を引き寄せ、照らし合わせる。
そして眉を寄せた。
「おかしいわ」
「何がでしょう」
「この人」
リアは名前を指差した。
「3年前に亡くなっている」
アルも資料を覗き込み、大きく目が見開かれた。
「確かに……」
それだけではない。
さらに確認する。
2人目。3人目。
同じだった。
既に死亡記録が残っている人物へ謝礼金が支払われている。
「そんな馬鹿な……」
アルが呟く。
リアの鼓動が速くなる。
偶然では済まない。
さらに調べる。
今度は住所を確認した。
すると別の違和感が見つかった。
「この住所……」
リアは地図を開いた。
何度も見比べる。
そして確信した。
「存在しないわ」
「え?」
「この村は4年前に廃村になっている」
部屋の空気が重くなる。
リアは黙って資料を並べた。
死亡者。存在しない住所。不自然な謝礼金。
点と点が繋がり始める。
「アル。これはもう記入ミスじゃない」
アルも無言で頷いた。
◇◇◇
全員が寝静まった夜、リアはまだ書斎にいた。
机の上には大量の資料が広がっている。
死亡者への謝礼金。
存在しない住所。
不自然な支出。
調べれば調べるほど違和感は増していた。
だが決定的な証拠だけが見つからない。
リアは小さく息を吐いた。
「もう少しだけ……」
その時だった。声が飛んでくる。
「リア様」
顔を上げるとアルが立っていた。
いつの間に入ってきたのだろう。
「まだ起きていたの?」
「それはこちらの台詞です」
アルは机の資料を見渡し、呆れたように眉を下げた。
「本日はもうお休みください」
「でも気になるのよ」
「明日にしてください」
即答だった。
「睡眠不足では正しい判断もできません」
リアは反論しようとして口を閉じる。
だが、確かにその通りだった。
「……分かったわ」
リアが渋々頷くと、アルは満足そうに一礼した。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
リアは寝室へ行き、ベッドに入る。
だが、眠れなかった。
天井を見上げる。目を閉じる。
それでも頭の中では領地のことが離れない。
消えた物資。架空の謝礼金。緊急対策費。
「……無理」
リアは勢いよく起き上がった。
気になって仕方がない。
どうせ眠れないのなら調べた方が早い。
そう自分に言い訳しながら上着を羽織る。
「少しだけ。ほんの少しだけよ」
誰に向けたのか分からない言葉を呟く。
そして静かに部屋を抜け出した。
◇◇◇
夜の執務棟は静まり返っていた。
昼間とは違い、人の気配もない。
リアはランプを片手に廊下を進む。
目指すのは文官部門の資料室だった。
昼間確認しきれなかった書類がある。
もしかすると何か見落としているかもしれない。
棚を一つずつ調べていく。
古い報告書。予算申請書。街道整備記録。
どれも特に変わったものはない。
「やっぱり考えすぎだったのかしら」
そう呟いた時だった。
棚の奥。
他の書類の陰に隠れるように、一冊の古いファイルが差し込まれているのが見えた。
「……?」
リアは手を伸ばす。
妙に埃をかぶっていた。
まるで長い間誰にも触れられていないように。
「これは……」
何気なく表紙を開く。
中には街道周辺の報告書が綴じられていた。
盗賊出没地点。
物資輸送予定。
騎士団の巡回日程。
そこまでは普通だった。
だが一枚だけ、不自然な紙が挟まっていた。
折り畳まれた小さな書状だった。
リアはゆっくり開く。
そこに書かれていた文字を見た瞬間、息が止まった。
――今回も予定通り北街道にて引き渡す。
――騎士団への納品数は帳簿通り処理済み。
――金銭はこれまでと同様、情報提供料として処理している。
――次回分も同様の方法で問題ない。
さらにその下には金額が記されていた。
リアの手が止まる。
それは昨日確認した、既に死亡している情報提供者への支払額と全く同じ金額だった。
そして文末には見覚えのある署名がある。
ガレス―。
リアの指先が震えた。
「そんな……」
否定したかった。
見間違いであってほしかった。
だが何度読み返しても変わらない。
ガレスの名がそこにあった。
しかも、その筆跡には見覚えがあった。
幼い頃、何度も手本として見せられた文字。
文字を覚えたばかりの私の隣で、根気よく書き方を教えてくれた人の筆跡。
見間違えるはずがなかった。
背筋が冷たくなる。
だが、頭の中で全てが繋がった。
「まさか……」
リアは息を呑む。
信じたくなかった。
父の右腕として領地を支えてきた人だ。
幼い頃から見てきた人だ。
そんな人が領地を裏切るはずがない。
そう思いたかった。
だが、もう目を逸らせない。
ガレスは盗賊を止めていたのではない。
むしろ逆だった。
騎士団へ支給されるはずの物資を、盗賊団に横流ししていたのだ。
リアはゆっくりと書類を握りしめた。
これでもう違和感ではない。
推測でもない。
―証拠だ。
決定的な証拠だった。




