第8話 証拠
翌日、リアはアルと共に資料庫へ来ていた。
目の前には帳簿だけでなく、倉庫の在庫記録や納品記録、備品台帳まで積み上がっている。
「ここまで確認する貴族は珍しいと思いますが」
アルが呟く。
「私もそう思うわ」
リアは苦笑した。
だが違和感の正体を知りたかった。
帳簿だけでは見えないものがある。
そんな気がしていた。
◇◇◇
午前中いっぱい資料をめくり続けた。
帳簿と在庫記録。 納品記録。
何度照らし合わせても数字は一致する。
「……おかしい」
リアは小さく呟いた。
違和感は消えない。
だが、どの数字も「間違っている」と言い切れない。
前世でも、こういう時が一番厄介だった。
"何かがおかしい"と分かっているのに、 それを証明できない。
帳簿と在庫記録、数字は概ね一致している。
計算も合う。不自然な点はない。
だが昼過ぎ、リアの手が止まった。
「……あれ?」
購入記録。納品記録。倉庫台帳。
3つを見比べる。
数字が一つだけ合わない。
剣50本購入。
納品記録も50本。
それなのに倉庫台帳には30本しかない。
「……20本、足りない?」
思わず声が漏れた。
リアはもう一度数字を見直す。
――50。
――50。
――30。
……間違いではない。
指先が紙の上で止まる。
胸の奥がゆっくりと冷えていった。
「記入漏れ?いいえ。記入間違いかしら?」
そう思い、ページをめくる。
だが翌年も、さらに翌年も…。
同じような差異が見つかる。
1年では気付かない。
2年でも見逃してしまう。
だが3年積み重なれば、もう誤魔化せない。
「アル」
「はい」
「この倉庫記録って誰が管理しているの?」
「最終確認は文官部門です」
リアは黙り込んだ。
(文官部門…。ガレスの管轄のところだわ。)
リアは黙って、さらに資料を引き寄せた。
もう偶然では済まない気がしていた。
調べる。比べる。確認する。
紙をめくる音だけが資料庫に響く。
そして、少しずつ見えてきた。
武器だけではない。
防具。馬具。補修資材。
あらゆる物資が少しずつ消えている。
帳簿上では存在する。
納品記録にも残っている。
だが実物がない。
「……うそでしょう。」
思わず声が漏れた。
偶然では説明できない。
見間違いでもない。
誰かが意図的に数字を操作している。
◇◇◇
夕方、机の上には資料が広げられていた。
リアは静かに息を吐く。
全てではないが繋がった。
だが、それで十分だった。
騎士団予算の減少。
増え続ける緊急対策費。
不足する装備。
消える物資。
そして合わない記録。
点だった違和感が一本の線になる。
「リア様……」
アルの声は重かった。
リアはゆっくり顔を上げる。
「帳簿は合っている。領収書も存在する。倉庫記録も残っている。」
それなのに数字が合わない。
ならば――。
誰かが意図的に数字を動かしている。
そこまでしか、まだ言葉にできなかった。
胸の奥が冷える。
できれば間違いであってほしかった。
だが現実は違う。
誰かが、意図的に数字を動かしている。
その可能性が、ほぼ確信に変わっていた。
アルも何も言わない。いや、言えないのだ。
真実が見えたからこそ、疑いたくない人物の姿も見えてしまったのだから。
リアは机の上の資料へ視線を落とした。
証拠は揃い始めている。
消えた物資。合わない記録。
そして増え続ける緊急対策費。
どこかで誰かが領地の金を動かしている。
それだけは、もう間違いなかった。
リアは静かに帳簿を閉じた。
「……まだ足りないわ」
不正は見えた。
だが犯人を断定するには証拠が足りない。
必要なのは推測ではない。
誰も言い逃れのできない証拠だ。
アルは静かに頷いた。
「集めましょう。誰も言い逃れのできない証拠を」
「はい」
リアは再び資料へ手を伸ばした。
今度は"違和感"を探すためではない。
誰も否定できない真実を掴むために。




