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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第1章 追放された元社畜令嬢、赤字領地へ赴任する

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第6話 おかしい

館へ戻った頃には、空は茜色に染まり始めていた。


リアは夕食までの時間を使い、自室の机に向かっていた。

目の前には帳簿が積まれている。


騎士団から戻ってから、ずっと気になっていた。


武器庫で見た欠けた剣。

継ぎ当てだらけの防具。

空いた棚。

そして、人の少ない訓練場。


「……おかしいのよね」


小さく呟きながら、帳簿を開く。

騎士団関連の支出項目へ目を通した。

武器購入費。防具修繕費。馬の維持費。消耗品費。


一つずつ確認していく。

数字そのものに不自然な点はない。

むしろ想像していたより計上されている。


「足りないはずがないのに……」


リアは眉を寄せた。


今日見た現場は明らかに余裕がなかった。

あれは演技ではない。

現場の困窮は隠せないものだ。

前世の私も同じだったからよく分かる。

だが、帳簿の数字と繋がらない。


リアは椅子にもたれ、天井を見上げる。


前世の記憶がふと蘇る。

会社でも似たことがあった。

帳簿も報告書も問題ない。

なのに現場だけが苦しそうだった。


そして後になって発覚する。

どこかで何かが噛み合っていなかったのだと。


数字は嘘をつかないとお父様は言っていた。

でも私は少し違うと考える。


数字はただ、そこにあるだけだ。

どう記録するか。

何を記録しないか。

それを決めるのは私たち人間だ。


そして人間は――。

自分に都合の悪いものほど、見ないふりをする。


前世で嫌というほど見てきた。

他人も。そして、自分自身も。


リアは再び帳簿へ目を落とした。

ページをめくり、もう一度確認する。

それでも結果は変わらない。


「やっぱり変だわ」


その時、控えめなノックが響く。


「リア様」


「入って」


扉が開く。アルだった。

銀の盆には湯気の立つ紅茶が載っている。


「また帳簿ですか」


「ええ」


リアは苦笑した。


「自分でも少し呆れてる」


「私は安心しております」


「どうして?」


「リア様が活き活きしてますので」


リアは思わず笑った。


「そうね。王都にいた頃からずっと気になってたもの。」


アルは紅茶を置いた。


「何か分かりましたか」


「それが分からないの」


リアは素直に答える。


「現場は間違いなく困っていた」


「はい」


「でも帳簿では予算が出ているのよ」


アルの眉が僅かに動いた。


「予算が?」


「ええ。ここを見て。」


リアは帳簿を開いて見せる。


「少なくとも私には極端に削られているようには見えない」


アルは数字を眺めた。

しばらく沈黙する。

そして静かに言った。


「旦那様も似たようなことを仰っておりました。」


リアが顔を上げた。


「お父様が?」


「はい」


「いつ?」


「数年前です」


リアは目を見開いた。

父も気付いていた。

その事実が胸に引っ掛かる。


「お父様は何か分かったの?」


「いいえ」


アルは首を横に振った。


「ですが、騎士団の予算については何度か確認されておりました。」


部屋が静かになる。

窓の外では夕暮れの風が木々を揺らしていた。


リアは考える。


父も違和感を持っていた。

それでも解決していない。

ならば、この問題は思ったより根が深いのかもしれない。


「アル」


「はい」


「過去の帳簿は残っている?」


「もちろんです」


即答だった。

伯爵家の帳簿は重要資料だ。

簡単に捨てたりしない。


リアは少し考えた。

そして顔を上げる。


「持ってきてもらえる?」


「何年分を?」


アルの問いに、リアは一瞬だけ迷った。


今年だけ見ても分からない。

去年だけでも足りない気がする。

違和感はもっと前から続いている。

そんな気がした。


「5年分」


アルが目を瞬いた。


「5年、ですか」


「ええ」


リアは頷く。


「たぶん今年だけの話じゃないわ」


静かな声だったが、確信に近いものがあった。


現場の疲弊。不足する装備。減り続ける人員。

どれも一年で起きる変化ではない。

もっと長い時間をかけて積み重なったものだ。


アルはしばらく黙っていた。

やがて小さく頭を下げる。


「承知いたしました」


そのまま部屋を出ていく。


扉が閉まるとリアは再び帳簿へ視線を落とした。

数字は並んでいる。整然と。

何事もなかったかのように。


だが今は違って見えた。

そこに何かが隠れている気がする。

誰かの意図が。誰かの事情が。


リアは静かにページを閉じた。


「……見つけるわ」


その呟きは誰にも聞こえない。

だが胸の奥では、小さな確信が生まれていた。


この違和感には理由がある。

そして、その答えはきっと過去の中に眠っている。


5年分の帳簿。

そのどこかに、誰かが隠した真実がある。


◇◇◇


翌朝、リアの部屋には大量の帳簿が積み上がっていた。


机の上だけでは足りない。

床にも、椅子の横にも。

まるで小さな書庫だった。


「……壮観ね」


思わず呟く。

アルが静かに頭を下げた。


「結局、あの後、過去10年分を遡ることになりましたからね。しかも、騎士団以外の帳簿まで確認されておりますので…。このくらいになります。」


「ありがとう」


「必要でしたら追加もございます」


「追加は遠慮しておくわ」


リアは苦笑した。

これ以上増えたら寝る場所がなくなる。


アルの口元がわずかに緩む。


リアは最も古い帳簿を開いた。


騎士団関連の支出。

人件費。装備費。馬の維持費。修繕費。

一つずつ確認していく。


最初の数時間は何も見つからなかった。


数字は整っている。

不自然な空白もない。

計算も合っている。

だからこそ厄介だった。


「どうですか?」


昼頃になり、アルが紅茶を運んできた。

リアは目をこすった。


「まだ分からない」


「そうですか」


「でも、1つだけ見えてきたことはある」


リアは帳簿を指差した。


「騎士団予算は減ってる」


アルは頷いた。


「やはり」


「5年前と比べると少しずつね」


急激ではないが、確実に減少している。

領地の不況を考えれば不思議ではなかった。


「やっぱり予算不足が原因なのかしら」


リアはそう呟きながらも首を傾げる。


違う。何かが違う。


数字だけ見れば説明はつく。

だが現場を見た。

あの武器庫を。あの宿舎を。あの訓練場を。


あれは予算が少し減った程度で起きる状態ではない。


「……明らかにおかしいのよね」


「何がです?」


リアは帳簿を閉じた。

減っているのは事実だが…。


「毎年武器を購入している割には、武器庫の空きが目立っていたわ。」


リアはエリオットに案内された武器庫を思い出す。


「剣とかって、やっぱり消耗が激しいのかしら?」


「訓練や巡回で傷みますから」


アルはそう答えた。


「ですが、あそこまで不足しているとは…。私も想像以上でした」


リアは首を傾げながら帳簿に視線を戻した。


◇◇◇


午後になっても調査は続いた。


リアは別の帳簿を開く。

騎士団だけではない。

領地全体の支出記録だ。


ページをめくる。何度も。何度も。


その時だった。


「……あれ?」


指が止まる。

アルが顔を上げた。


「何か?」


「少し待って」


リアは別の年度の帳簿を引き寄せた。


さらに翌年。

さらにその翌年。


数字を見比べる。

似ているが、微妙に違う。

リアは眉を寄せた。


「おかしい」


もう一度確認する。

見間違いではない。

騎士団向けの予算が減っている一方で、別の名目の支出が増えている。


金額は大きくない。

だから今まで気付かなかった。


だが10年分を並べると分かる。

毎年少しずつ増えている。


「これ……」


リアは帳簿へ身を乗り出した。

アルも横から覗き込む。


「緊急対策費と街道整備費ですね」


「これって何の費用?」


アルは少し考えた。


「街道整備費はそのままですが……。緊急対策費については、私も詳しくは存じません」


「アルも知らないの?」


「ええ。領地運営の実務はガレス様が仕切っておりましたので。」


アルは少し言いにくそうに視線を落とした。


「実は私も、ガレス様から直接ご指導いただいていたのですが……」


「緊急対策費についてだけは何も教えていただけませんでした。何でも『これはまだ早い』と。」


リアは小さく目を瞬いた。


アルは帳簿の読み方も領地運営の基礎も、既に十分理解している。


そんなアルにすら教えられていない。


―ガレス。


領地運営の中心を担うお父様の右腕だ。

幼い頃から何度も顔を合わせてきた。

父が忙しい時には代わりに遊んでくれたり、勉強を見てくれたりもした。


いつも穏やかで優しい人だった。


「ガレス……」


思わずその名を呟く。


そういえば、領地へ戻ってきてからはまだ顔を合わせていない。


――まずは本人に話を聞いてみよう。


リアは静かに帳簿を閉じた。

違和感はまだ確信ではない。

だが、その輪郭は少しずつ見え始めていた。


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