第42話 新たな黒字
リアはベルフォード領の執務室にいた。
机いっぱいに広げられた帳簿を前に、1つずつ数字を追う。
「……ここまで伸びたのね」
思わず小さく息を漏らす。
向かいに立つアルも穏やかに頷いた。
「はい。先月までと比べると、大きく利益が伸びています」
リアはもう一度帳簿を見つめる。
傷薬と保湿軟膏、そして新たに加わったベルフォード化粧水。
それぞれの売上が積み重なり、領地の収支は大きく改善していた。
「赤字だった頃が嘘みたいね……」
アルは静かに頷いた。
「リア様の手腕のおかげです」
「そんなことないわ。みんなが居てくれたからよ」
リアは帳簿を見つめ直した。
以前は税収だけでは維持できず、支出を削ることばかり考えていた。
薪一本、紙一枚。
少しでも節約するために頭を悩ませていた日々。
だが今は違う。
「やっと、ここまで来たわ」
◇◇◇
昼過ぎ、リア達は薬草畑へやって来た。
薬草畑で収穫をする村人たちの表情も以前より明るい。
「リア様!」
「今日もたくさん採れました!」
「品質も上々ですよ!」
そんな声が飛び交う。
リアは収穫された薬草を手に取り、葉をそっと撫でた。
「ありがとう」
そしてリアは少し離れた場所を眺める。
「……やっぱり」
「リア様?どうかしたの?」
セレスはリアを見つめながら尋ねる。
リアは遠くの斜面を指差した。
「あそこだけ薬草の育ち方が違うの」
リアの指した場所は確かに葉の色が濃い。
茎も太く、生育も早いようだ。
「いつ見ても……、そうなのよね」
リアは不思議そうに呟く。
その呟きにセレスは反応した。
「確かに、そうなのよね。昔から品質がいい薬草は、決まってあの辺りで採れるのよ」
「え?昔からなの?」
「そうよ。村のみんなは『山の恵み』って呼んでるの」
セレスは遠くの山を見つめる。
「どうして良く育つのかは、誰も知らないんだけれどね。ずっと、そういうものだと思ってたわ」
リアはもう一度その場所を見た。
山の麓。そして、そのさらに奥。
「……あれは何?」
少し離れた場所に、崩れかけた石造りの建物が見える。
草木に覆われ、長い年月放置されているようだった。
セレスも視線を向ける。
「ああ。あれは昔の廃鉱山よ」
「廃鉱山?」
「もう何十年も使われていないらしいわ。危ないから近付くな、と子どもの頃から言われてたわね」
リアは小さく目を細めた。
「鉱山の近くだけ薬草の品質がいい……」
偶然だろうか。
それとも――。
前世で学んだ知識が、小さく胸を叩く。
土壌。鉱物。地下水。植物の生育。
「……気になるわね」
リアは誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
◇◇◇
執務室へ戻ると、リアは新しい帳簿を開いた。
黒字になった今だからこそ、できることがある。
「守るだけじゃ駄目。これからは増やす番よ。」
アルが尋ねる。
「何をお考えですか?」
リアは迷いなく答えた。
「投資よ。利益は次の利益を生むために使わないと」
「リア様らしいですね」
アルはそう言って微笑んだ。
「では、今の時点でできそうなことは……。畑も工房の拡大ですね」
「新しい商品も作れるわ。」
アルは目を丸くした。
「他にもアイデアがあるのですか」
リアは微笑む。
「もちろん。ベルフォード領は、まだ始まったばかりだもの。」
そう言いながらも、リアの頭の中には別のことが引っかかっていた。
翌朝。
朝日が山肌を照らす頃、リアはセレスやアル、レオン、さらにロイドとともに薬草畑のさらに奥へ足を運んでいた。
「今日は少し奥まで見てみようと思うの」
リアがそう言うと、セレスは頷いた。
「品質の良い薬草が採れる場所ね」
「ええ。気になることがあるの」
リアは昨日から胸に引っかかっていた違和感を確かめたかった。
同じ山でも、良質な薬草が採れる場所とそうでない場所がはっきり分かれている。
それは偶然とは思えなかった。
山道を進むにつれ、空気は少しずつ冷たくなっていく。
木漏れ日の差し込む斜面には、薬草が群生していた。
「……やっぱり」
リアはしゃがみ込み、一株を摘み取る。
葉は厚く、色も濃い。
「品質がいいわ」
セレスも確認し、頷いた。
「間違いわね」
アルは周囲を見回しながら警戒を続けている。
「この辺りは人もあまり入りません。お気を付けください」
その時だった。
ガサッ――
茂みが大きく揺れ、低いうなり声とともに灰色の獣が飛び出した。
「魔物よ!」
セレスが叫ぶ。
狼によく似た魔物が二頭、鋭い牙を剥きながら飛び掛かってくる。
「リア様!」
レオンは迷わず剣を抜いた。
鋭い一閃。一頭の魔物が地面へ転がる。
もう一頭は大きく回り込み、リアへ向かって駆け出した。
その前へ飛び出したのはアルだった。
「リア様、お下がりください!」
アルはリアを庇うように立ち塞がり、迫る牙を腕で受け流す。
体勢を崩しながらも、一歩も退かなかった。
「レオン!」
「任せろ!」
レオンが素早く間合いを詰める。
剣が閃き、魔物は悲鳴を上げて倒れた。
静寂が戻る。
「お怪我はありませんか?」
アルがすぐに振り返る。
「ええ、大丈夫よ。2人ともありがとう」
リアが答えると、レオンも剣を鞘へ納めた。
「リア様に傷一つ付けさせるわけにはいきません」
「当然です」
アルも静かに頷く。
「リア様は、この領地に必要なお方です」
二人は顔を見合わせる。
言葉は違っても、思いは同じだった。
――リアを守る。
それだけは譲れない。
リアは少し照れくさそうに笑った。
それから一行はセレスが採取した薬草の場所を1つずつ地図へ書き込んでいた。
「……やっぱり」
何度見ても同じだった。
品質の良い薬草が採れる場所は、すべて同じ山肌へ集中している。
「不思議ね……」
リアは地図を見つめながら呟く。
「品質がいい薬草が採れる場所を書き込むと、全部同じ山肌に集まってる」
ロイドが地図を覗き込んだ。
「ここは……」
「何か知ってるの?」
ロイドは少し考え込む。
「昔、祖父から聞いた話だが……。その辺りにも坑道があったらしいんだ」
「坑道?」
リアの視線が上がる。
「なら、この山は昔、鉱山だったの?」
ロイドは頷いた。
「今は入口も崩れてしまっているが、昔は何本も坑道があったと聞いてる」
リアは地図と山を見比べた。
品質の良い薬草。廃鉱山。地下へ続く坑道。
頭の中で点と点がゆっくりと結びついていく。
「……この山には」
リアは静かに呟いた。
「薬草以外にも何かある気がする」
リアの胸は、不思議な高鳴りを覚えていた。
もし、この山にまだ誰も知らない価値が眠っているのだとしたら――。
夕日に照らされた山は、何も語らない。 けれど、その静かな山肌の奥には、長い年月眠り続けた秘密が、今も息を潜めているようだった。
次回、第3章最終話です。




