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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第41話 セドリックの動揺

王都のとある邸宅では、華やかな夜会が開かれていた。

煌びやかな衣装を身にまとった貴族たちが集まり、楽団の音色が広間に響いている。

その中で、リアの元婚約者であるセドリック・ヴァンレインは、いつものように多くの人々に囲まれていた。


「セドリック様、お久しぶりです」


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「セドリック様は相変わらずお忙しそうですわね」


次々と声をかけられ、セドリックは穏やかな笑みを浮かべながら応じていく。


「こちらこそ、お会いできて嬉しいですよ」


誰に対しても優しく。

誰からも嫌われないように。


それが、セドリックにとっては自然なことだった。


「そういえば、最近とても話題になっている商品があるそうですわね」


近くにいた令嬢が、友人たちへ話しかけた。


「ええ。私も聞きましたわ」


「ベルフォードの商品でしょう?」


その名前を聞いた瞬間。

セドリックの手が、わずかに止まった。


「……ベルフォード?」


思わず、セドリックは振り返った。


「ええ」


令嬢が頷く。


「最近、王都でとても評判になっている商品ですの」


「保湿軟膏が人気だったのですが、最近は化粧水という新商品も販売されたそうですわ」


「化粧水?」


セドリックは、聞き慣れない言葉に眉をひそめた。


「ええ。肌に使う商品だそうです」


別の令嬢が、楽しそうに会話へ加わる。


「とても評判が良いらしくて、アルベルト商会では予約待ちになっているとか」


「そんなに人気なのですか?」


セドリックは思わず聞き返した。


「ええ。保湿軟膏も化粧水も、とても評判ですわ」


令嬢たちは楽しそうに話を続けている。


「私も予約しているのですが、次の入荷までかなり待たないといけないみたいで」


セドリックは、黙ってその会話を聞いていた。


ベルフォード。

その名前が、頭から離れない。


「……誰が作ったのですか?」


気づけば、セドリックはそう尋ねていた。


「え?」


令嬢たちが、一斉にセドリックを見る。


「ベルフォードの商品を作ったのは、誰なのですか?」


「ああ……」


令嬢の一人が、思い出したように答えた。


「たしか、ベルフォード家のご令嬢だそうですわ」


「ご令嬢?」


「ええ。ベルフォード領を治めている方だとか」


セドリックの胸が、わずかにざわめいた。


「……名前は?」


令嬢は少し考えるように首を傾げた。


「たしか……ヴァレリア様、だったかしら」


その名前を聞いた瞬間、セドリックの表情から笑みが消えた。


「……」


ヴァレリア。

かつて、自分の婚約者だった女性。


「リアが……?」


思わず、声が漏れた。


「セドリック様?」


令嬢が不思議そうに尋ねる。


「いえ……」


セドリックは、すぐに笑顔を作った。


「少し驚いただけです」


しかし、胸の中はまったく落ち着いていなかった。


リアが、商品を作った。

しかも、それが王都で人気になっている。

予約待ちになるほどに。


「……嘘だ」


セドリックは、心の中で呟いた。


リアが?

帳簿を開いて、領地の話ばかりしていたあのリアが?


「……いや」


セドリックは、ふと口を閉ざした。


本当に、嘘なのだろうか。

リアは、昔からそうだった。

誰もが興味を持たないような数字を見つめていた。

領地の収入や支出について、何時間でも考えていた。

周囲が諦めている問題にも、ひたすら向き合っていた。


「……リアなら」


その言葉が、自然と口からこぼれた。

セドリックは、自分自身に驚いた。


「リアなら……、できるのか?」


考えてみれば、リアは昔から優秀だった。

ただ、自分はそれを知っていた。

知っていたはずだった。

けれど。


「……」


セドリックは、手にしていたグラスを見つめた。

自分は、リアのことを知っていたのだろうか。

婚約者だった頃、リアは、いつも領地の話をしていた。


「今年の収支が……」


「このままでは、来年には……」


「ベルフォード領の特産品を増やせれば……」


そんな話ばかりだった。

セドリックは、そのたびに思っていた。


――また領地の話か。

――もっと別の話をすればいいのに。

――一緒にいても、気が休まらない。


だからこそ、リアとの婚約を終わらせても、自分は間違っていないと思っていた。


自分には、もっと自然体でいられる相手がいる。

そう思っていた。


「……」


しかし今、そのリアが、自分の知らない場所で新しい商品を作り、王都の貴族たちから評価され、ベルフォード領に新たな収入を生み出している。

その事実が、セドリックの胸をざわつかせていた。


「セドリック様」


背後から、侍女が声をかけた。


「はい?」


「少しお顔の色が優れないようですが……」


「大丈夫です」


セドリックは、いつものように微笑んだ。


「少し考え事をしていただけですよ」


「そうですか?」


「ええ」


そう答えたものの、セドリックの意識は先ほどから1つの名前に囚われていた。


ヴァレリア・ベルフォード。


「……」


自分は、何を考えているのだろう。


婚約は、もう終わった。

リアはベルフォード領へ向かった。


自分はリアの妹であるエリーと婚約した。

すべて、決まったことだ。

それなのに。


「……ベルフォード」


セドリックは、もう一度その名を呟いた。

その声に、侍女が反応する。


「セドリック様?」


「……何でもありません」


セドリックは、そう答えた。


けれど、その夜、セドリックの頭からリアの姿が離れることはなかった。


帳簿を開きながら、リアはよく言っていた。

『ベルフォード領には、まだ立て直せるだけの力があります』

あの頃の自分は、それを理想論だと思っていた。

だが今、その理想は現実になろうとしている。


「……俺は、何を見ていたんだ?」


その問いに、答えられる者はいなかった。



翌朝、セドリックは侍女へ尋ねた。


「ベルフォードの商品について、詳しく調べてくれ」


「ベルフォードの商品ですか?」


「ああ」


セドリックは、少しだけ視線を逸らした。


「どのような商品なのか、知りたいと思っただけだ」


侍女は不思議そうにしながらも、頭を下げた。


「承知いたしました」


侍女が部屋を出ていく。

1人になったセドリックは、窓の外へ視線を向けた。


王都の街並みが、朝日に照らされている。

この空の下のどこかで、リアは今もベルフォード領のために働いているのだろうか。


「……リア」


セドリックは、誰にも聞こえない声で呟いた。


自分は、リアのことを何も分かっていなかった。

その事実を、セドリックはまだ認めることができなかった。


「……いや」


セドリックは、ゆっくりと首を振った。


「……リアなら」


その言葉の続きを、セドリックは口にできなかった。

だが、初めて胸の奥で、ヴァレリア・ベルフォードという1人の女性の才能を認め始めていた。



その頃、ベルフォード領ではそんなことなど知る由もなく、リアが新たな帳簿を開いていた。


「次は、どの商品を作ろうかしら」


リアは楽しそうに呟く。

王都で広がり始めたベルフォードの名が、かつてリアを見誤った男のもとへ、ようやく届いたのだった。

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