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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第40話 ベルフォード化粧水

リア達はベルフォード領へ戻ってきてから、すぐに化粧水の製作に取りかかった。

そして、数カ月が経った頃、リアは執務室で満面の笑みを浮かべていた。


「……完成したわ」


リアは、目の前に並べられた小さな瓶を見つめていた。


透明な液体が入った、細長い瓶。


その中身は、これまでベルフォード領で作られてきた保湿軟膏とはまったく異なるものだった。


「これが……新商品ですか?」


アルが瓶を見つめる。


「ええ」


リアは頷いた。


「ベルフォード化粧水よ」


「化粧水……?」


「肌に潤いを与えるためのものなの」


リアは前世の記憶を思い出しながら説明した。


「保湿軟膏は肌を守るもの。でも、これはもっと軽く使えるわ」


リアは手の甲に少量を垂らした。


「洗顔した後に肌へ馴染ませるの。そうすれば、肌に水分を与えられる」


「なるほど……」


アルは興味深そうにリアの手を見つめた。


「たしかに、保湿軟膏よりもずっと軽いですね」


「でしょう?」


リアは嬉しそうに笑った。


「これなら顔にも使いやすいわ」


◇◇◇


ベルフォード化粧水の販売が始まってから、しばらく経った。

最初は、保湿軟膏を購入していた女性たちが中心だった。


「保湿軟膏が良かったから、こちらも試してみようかしら」


そんな声から始まった。

しかし――。


「この化粧水、すごく良いわ!」


「肌に馴染ませると、しっとりするのに重くないの」


「毎日使いたくなるわね」


少しずつ、評判が広がっていった。

そして、評判が広がるにつれて、購入者も増えていった。


「申し訳ありません。次回入荷分までお待ちいただくことになります」


「それで、次回の入荷の予定はいつなの?」


「実は入荷時期が未定でして……」


「未定ですって?」


「申し訳ありません。ベルフォード領での生産が追いついていないようで……」


「まったく……。まさか、こんなに売れるとは思わなかったわ。もう少し多めに買っておくべきだったわね」


アルベルト商会ではそんな会話が毎日何回も行われていた。

さらに、王都の商人たちの間でも、ベルフォード化粧水の名前が知られるようになっていた。

そうして、その噂は商人たちの間だけにとどまらなかった。


王都の貴族たちが集まる場所でも――。


「ねえ、ベルフォードの商品って知ってる?」


「もちろんよ。最近、とても話題になっているもの」


「保湿軟膏だけじゃないのよ。最近は化粧水という商品も出たらしいわ」


「化粧水?」


「ええ。肌に使うものらしいのだけど、とても評判が良いみたい」


そんな会話を、少し離れた場所で聞いていた少女がいた。


エレノア・ベルフォード。


愛称をエリーと呼ばれる、ベルフォード伯爵家の次女であり、リアの妹だった。


「……ベルフォード?」


その名前を聞いた瞬間、エリーの胸が小さく跳ねた。


「……お姉様の商品だわ」


エリーは思わず、そう呟いた。

驚きはあったが、それ以上に胸の奥から込み上げてくるものがあった。


隣にいた令嬢が、エリーを見ながら尋ねる。


「エリー様、今のベルフォードというのは……」


エリーは微笑んだ。

しかし、その笑顔の奥には、ほんの少しだけ複雑な色が浮かんでいた。


「お姉様が作った商品です」


「でも……」


周囲の令嬢たちが顔を見合わせる。


「たしか、婚約破棄された方よね?」


「婚約破棄をしたセドリック様は、今ではエリー様の婚約者だと聞いたけれど……」


「ベルフォード領も、かなり厳しい状態だったのではなくて?」


「それなのに、王都でこれほど話題になる商品を?」


次々と向けられる言葉に、エリーは黙り込んだ。


――婚約破棄。

――セドリック。

――お姉様。


その言葉を聞くたびに、胸の奥が痛んだ。


「……そうですね」


エリーは、ゆっくりと口を開いた。


「お姉様は、ベルフォード領へ向かわれました」


エリーの言葉に令嬢の一人が首を傾げる。


「どうして、そんな状況で商品を作れるのかしら?」


エリーは、答えようとして――やめた。


どうして。

そんなこと、エリーにも分からなかった。


ただ、お姉様は昔からそうだった。

誰もが諦めそうなことにも、一人で向き合っていた。

幼い頃のエリーには、それが理解できなかった。


「どうして、お姉様はそこまで頑張るのだろう」


そう思ったこともある。


もっと自分の幸せを考えればいいのに。

もっと楽に生きればいいのに。


けれど、お姉様はいつも前を向いていた。


「……お姉様は、昔からすごい方でしたから」


エリーは、そう答えた。

その声には、迷いがなかった。


「本当に?」


令嬢が尋ねる。


「ええ」


エリーは頷いた。


「……お姉様は、きっとベルフォード領でも頑張っていらっしゃると思います」


「でも、婚約破棄されてしまったのでしょう?」


その言葉に、エリーの指先がわずかに震えた。


「……はい」


リアが王都を去った日のことが、脳裏に浮かぶ。

もっと強く反対していれば、何かが変わっていたのだろうか。


「……お姉様は、大丈夫です」


エリーは、そう答えた。


「お姉様なら、きっとこれからも、たくさんの人を驚かせると思います」


「ずいぶん、お姉様を信じているのね」


「……はい」


エリーは微笑んだ。


「だって、お姉様ですもの」


その言葉に、胸の奥がかすかに痛んだ。


――お姉様なら大丈夫。


エリーは、ずっとそう思っていた。


婚約破棄された時も。

王都を去っていった時も。


そう思っていれば、自分は何もしなくてもいいような気がした。


けれど、リアが王都を去ったあと、エリーは何度も考えた。


あの時、もっと強く反対していれば。

もっと早く真実を伝えていれば。


結果は、変わっていたのだろうか。


「……お姉様」


エリーは、誰にも聞こえない声で呟いた。

本当は、直接伝えたい。


――すごいですね、と。


けれど、今の自分に、その言葉を伝える資格があるのかは分からなかった。

だから今は、遠く離れたベルフォード領へ思いを馳せる。


「……お姉様。どうか、元気でいてください」


その願いは、王都の喧騒に静かに溶けていった。


◇◇◇


その頃、ベルフォード領では――。


「……王都での注文が、また増えています」


アルが帳簿を見ながら報告していた。


「本当?」


リアは目を輝かせた。


「ええ。保湿軟膏に続いて、化粧水もかなりの人気となっております」


「よかった……」


リアは、ほっと息を吐いた。


「これなら、ベルフォード領の新しい収入源になりそうね」


「すでに、かなり大きな収入源になりつつあります」


アルは微笑んだ。


「薬草から作った傷薬。そして保湿軟膏。さらに化粧水」


アルは、帳簿を見つめた。


「ベルフォード領の薬草が、これほどの価値を生み出すとは……」


「価値は、作るものよ」


リアは、楽しそうに笑った。

しかし、リアはまだ知らなかった。


ベルフォード領で生まれた商品が、王都の社交界を大きく騒がせようとしていることを。


そして――。

その噂を、かつてリアの婚約者だった男も耳にしようとしていることを。


ベルフォード化粧水の成功は、リアの過去を知る者たちのもとへも、少しずつ近づいていた。


次にその名を聞くことになるのは――。

かつてリアの婚約者だった、セドリックだった。

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