第37話 新たな産業の種
「この薬、実は――」
セレスは周囲に聞こえないように声を落とした。
「傷だけじゃなくて、肌荒れにも効くかもしれないの」
セレスの言葉に、リアは目を見開いた。
「……肌荒れ?」
リアは、思わず聞き返した。
「そうよ。そもそも、この薬の原料となった薬草は、煎じて肌に塗ると、荒れた肌が落ち着くって昔、薬草師の人から聞いたことがあるの」
セレスはリアにだけ聞こえるように言葉を続ける。
「それで今回、薬を作るときに煎じたものに触れたりしたでしょう?そしたら、見て」
セレスはリアに手を見せる。
「肌の状態が良いわ」
作業中に触れた手の部分が明らかに綺麗になっている。
「そうなのよ!」
「……」
リアは、俯きしばらく黙り込んだ。
「リア様?」
突然、俯いたリアにセレスが心配そうに声をかける。
リアはパッと顔を上げるなりセレスの肩を掴む。
「セレス、よく気付いてくれたわ!これは……」
リアは興奮気味に話す。
「化粧品にできるかもしれないわ!」
「化粧品?それって、お貴族様が使うようなあの化粧品のこと?」
「ええ。正確にいうと、お肌の調子を整えるために使う化粧品よ」
リアは、薬草工房の方へ視線を向けた。
前世では、さまざまな化粧品が販売されていた。
化粧水、クリーム、乳液、美容液に日焼け止め。
けれど、この世界ではどうだろう。
メイク道具はあっても、肌を整えるための化粧水やクリームといったものは存在しない。
肌荒れを隠すために、さらに厚い化粧をするため、肌荒れも悪化する。
だからこそ、リアは心のどこかでずっと求めていた。
「でも……」
リアは、ふと考えた。
化粧品を作り続けるには、売れる商品でなければならない。
あの傷薬のように…。
そもそも、傷薬が売れたのは、それを必要とする人がいたからだ。
それなら、やることは1つだけだ。
実際に必要としている人がいるのか。
どのような悩みを抱えているのか。
それを確認する。
「セレス」
「なに?」
「少し、女性たちに話を聞いてみたいの」
「女性たち?」
「ええ。肌のことで、何か困っていることがないか」
セレスは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になった。
「分かったわ」
◇◇◇
翌日、リアとセレスは、領地で暮らす女性たちを集めていた。
突然集められた女性たちは、少し緊張した様子でリアを見ている。
「今日は、皆さんに聞きたいことがあるの」
リアは、集まった女性たちを見渡した。
「肌のことで何か困っていることはないかしら?」
「肌ですか?」
「ええ」
リアが頷く。
「例えば、肌が乾燥するとか。荒れやすいとか」
すると、1人の女性がおずおずと手を挙げた。
「……冬になると、手が荒れてしまいます」
「手荒れ?」
「はい。水仕事が多いので」
別の女性も続いた。
「私は畑仕事をしていると肌が乾燥します」
「私は夏になると、顔や腕が赤くなってしまって……」
「日焼けも困りますよね」
「ええ。毎年、夏になると肌が痛くなります」
次々と上がる声に、リアは驚いた。
乾燥肌、手荒れ、日焼け。
前世では、当たり前のように対策商品が販売されていた悩み。
しかし、この世界では――。
「皆さんは、そういうときどうしているの?」
リアが尋ねると、女性たちは顔を見合わせた。
「我慢するしかありませんね」
「油を塗ることはありますけど……」
「でも、匂いが気になりますし」
リアは、黙って女性たちの話を聞いていた。
そして、セレスと顔を見合わせる。
「リア様?」
セレスが声をかけた。
リアは、ゆっくりと頷いた。
「需要はありそうね」
「ええ」
セレスも頷く。
リアは、もう一度女性たちを見渡した。
「では、もしも――」
リアは、女性たちに話しかける。
「ベルフォード領で肌荒れや乾燥を防ぐための商品が作れるとしたら?」
女性たちは、一斉に顔を上げた。
「本当ですか?」
「この領で?」
「ええ」
リアは頷いた。
「まだ、本当に商品になるかは分からないわ」
リアは、慎重に言葉を選んだ。
「でも、やっぱりどうしてもお肌の状態は何とかしたくてね。試してみる価値はあると思うの」
「ぜひ、試してみたいです!」
「私も!」
「肌荒れが良くなるなら、ぜひ使ってみたいです」
女性たちの反応を見ながら、リアは目を輝かせた。
薬草を使った傷薬。
それは、ベルフォード領に大きな利益をもたらした。
そして今、同じ薬草から別の商品を作る可能性が生まれようとしている。
「決めたわ」
リアは、力強く言った。
「薬草を使った、新しい商品を作りましょう」
リアは、楽しそうに笑った。
「今度は、私達女性たちのための商品よ」
その言葉に、女性たちから歓声が上がった。
「楽しみですね!」
「どんなものになるんでしょう?」
「肌がきれいになるのかしら?」
リアは、女性たちの笑顔を見つめた。
前世の知識。この世界の薬草。
そして、実際に困っている人々の声。
それらを組み合わせれば、きっと新しいものを作れる。
「まずは、薬草の成分をもう一度確認しないといけないわね」
リアが呟く。
「アルに帳簿と原価計算をしてもらって……」
「もう商売のことを考えているの?」
セレスが呆れたように言った。
「当然でしょう?」
リアは不思議そうに首を傾げた。
「どんなに良い商品でも利益が出なければ続けられないもの」
「そういうところよね……」
セレスは、苦笑した。
そのときだった。
1人の女性がクスクス笑いながら、リアに話しかける。
「やっぱり、リア様も年頃の女の子なのですね」
「えっ?どういう…?」
「だって、肌荒れを気にされるなんて……。意中の男性がいたりされるのでは?」
リアは首を大きく横に振る。
「そんな人、いないわよ」
別の女性がふと思い出したように口を開いた。
「アルさんって、独身なんですよね?」
リアは、きょとんとした。
「ええ。そうだったと思うけど……」
「騎士団長も独身よね?」
別の女性が続ける。
「そうね」
リアは、素直に頷いた。
「え?」
リアが、女性たちを見る。
「ちょっと待って。どうして突然、あの2人の話になったの?」
女性たちは、互いに顔を見合わせた。
「だって……」
1人の女性が、リアを見た。
「リア様は、どちらがお好みなのかなって」
「……どちら?」
リアは首を傾げた。
「アルさんと、騎士団長さん。どちらがリア様にお似合いなのかなって」
「え?」
リアは、ますます困惑した。
「どちらって何?」
その瞬間、セレスは深々とため息をついた。
「……鈍感ねぇ」
「え?」
「なんでもないわ」
セレスは、女性たちを見渡した。
「でも、確かに気になるわね」
「セレスまで?」
リアは、さらに困惑する。
セレスは、そんなリアを見ながら、にやりと笑った。
「本当に、本人だけが分かっていないのね」
「何が?」
「なんでもないってば」
リアは、首を傾げた。
しかし、すぐに薬草のことへ意識を戻す。
「まずは、薬草を使った試作品を作らないと」
リアの頭の中は、すでに新しい商品のことでいっぱいだった。
乾燥肌。手荒れ。日焼け。
女性たちが抱えていた悩みを解決するための、新しい商品。
そして、それは同時に、ベルフォード領にとって、次なる産業になる可能性を秘めていた。
リアは、突然立ち上がった。
「行くわよ!」
「どこに?」
セレスが尋ねる。
「薬草工房よ!」
リアは、迷いなく歩き出した。
「新しい商品を作るの!」
「リア様……」
セレスが苦笑しながら後を追う。
「……本当に、恋愛より新産業なのね」
こうして、ベルフォード領では傷薬に続く、新たな産業の種が芽を出し始めたのだった。




