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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第36話 ベルフォード治療薬

王都で起きた土砂崩れから、数週間が経っていた。


大雨によって荒れていた街道も、ようやく通行できる状態へと戻り、リアたちはベルフォード領へ戻ってきていた。


そして、ベルフォード領では――。


「急いでくれ!」


「薬草の仕分けは終わったか!?」


「瓶詰めも手伝ってください!」


「完成した薬は、数を確認してから倉庫へ!」


薬草工房の周囲は、朝から慌ただしい空気に包まれていた。

王都で起きた土砂崩れによって、ベルフォード領の傷薬は一気にその名を知られることになった。


アルベルト商会からは、すぐに追加の注文が届いた。


最初は少量だった。

しかし、注文は日に日に増えていった。


「これで、予定していた分はすべて完成しました」


アルが帳簿を確認しながら報告する。


「本当?」


リアは、机の上に並べられた帳簿へ視線を落とした。


「はい。こちらが、これまでの売上と経費をまとめたものです」


アルは、いくつかの帳簿をリアの前へ並べた。


薬草の仕入れ、工房の設備費、容器の購入費に人件費。

そして、アルベルト商会への販売価格。

リアは、一つひとつの数字を確認していく。


「……」


数字を追うリアの表情は真剣だった。

何度も計算し直し、帳簿をめくる。

そして、もう一度、最後の数字を確認した。


「……黒字ね」


リアは、ぽつりと呟いた。


「はい」


アルが頷く。


「大きく黒字となっております」


リアは、もう一度帳簿を見つめた。

売上から、必要な経費を差し引いても、利益が残っている。

それも、わずかな利益ではない。

ベルフォード領にとって、決して小さくない金額だった。


「……」


リアは、しばらく言葉を失った。


前世でも会社の帳簿を何度も見てきた。

売上、利益、経費、数字の増減。

それらを確認し、会社が利益を出しているかを判断する。


けれど、今、目の前にある数字は違った。


これは、誰かに命じられて作った帳簿ではない。

誰かの会社の利益でもない。

ベルフォード領のために、自分たちで始めた事業の数字だった。


「……黒字になったのね」


リアは、もう一度呟いた。


「はい」


アルは、穏やかな笑みを浮かべた。


「ベルフォード領の新たな産業として、初めて利益を生み出しました」


リアは、帳簿を見つめた。


薬草を育て、薬を作る。

工房を整え、人を雇って、販売する。

そうやって、利益を生み出した。


自分が前世で学んできた会計の知識。

この世界で得た薬草の知識。

領民たちの協力。

アルやレオン、セレスたちの支え。


そのすべてが、今、この数字になっていた。


「……成功したのね」


リアは、ゆっくりと顔を上げた。


「はい」


アルが答える。


「大成功です」


リアはアルの言葉を噛み締める。


「リア様」


レオンが、隣で声をかけた。


「お祝いしませんか?」


「お祝い?」


「はい」


レオンは、楽しそうに笑った。


「ベルフォード領にとって、鉱山衰退以来、初めての大きな成功です」


リアは、少し考えた。


「……そうね」


そして、ゆっくりと笑った。


「みんなでお祝いしましょう」


◇◇◇


その日の夜、ベルフォード領では久しぶりの大きな宴が開かれていた。

広場には、たくさんの料理が並べられている。


焼いた肉。新鮮な野菜。温かなスープ。

そして、領民たちが持ち寄った料理。


広場の中央では、簡素な舞台が作られていた。

リアはその舞台の上に立つ。


「本日は、ベルフォード領の新たな産業の成功を祝いましょう!」


リアは飲み物を高くあげて、叫ぶ。


「ベルフォード領の薬に!乾杯!」


「乾杯!」


領民たちの声が広場に響き渡った。


リアは、集まった人々を見渡した。

以前のベルフォード領では、こんな光景を見ることはできなかった。


領地の未来を心配する声。

税に苦しむ領民。

仕事を失う人々。

不安に満ちた空気。


それが、今は違う。

人々は笑っている。

自分たちが作った薬が売れたことを喜んでいる。

自分たちの働きが、領地の利益につながったことを誇りに思っている。


「リア様」


セレスが、隣から声をかけてきた。


「どうしたの?」


「とても嬉しそうね」


「ええ」


リアは、笑顔で答えた。


「だって、みんながこんなに喜んでいるもの」


「リア様が始めたことよ。リア様がいなければできなかったわ」


「確かに言い出したのは私よ。でも、ここまでやれたのは私だけの力じゃないわ」


リアは、周囲を見渡した。


「みんなで作ったものよ」


その言葉に、セレスは微笑んだ。


「そういうところよね」


「え?」


「ううん。なんでもないわよ」


セレスは、意味ありげに笑った。

そのときだった。


「おい、見ろよ」


少し離れた場所で、領民の1人が声を潜めた。


「アルさん、今日もリア様のそばにいるな」


「そりゃあ、側近なんだから当然だろ」


「いやいや、あれはどう見ても……」


別の領民が、アルとリアを見比べた。


「お似合いじゃないか?」


「だよな!」


「2人とも落ち着いているしな」


「リア様の隣には、アルさんが1番合ってると思うぞ」


その会話を聞いていた別の領民が、首を横に振った。


「いやいや、騎士団長だろ」


「レオン様か?」


「ああ。あの2人の方が絵になる」


「確かに、騎士団長はリア様を守っているしな」


「リア様が危ないと、真っ先に飛んでいくし」


「お似合いだと思うぞ」


少し離れたところで、セレスはその会話を聞いていた。


「……」


そして、アルとレオンを交互に見た。


アルは、リアの好きな料理を取り分けている。

レオンは、リアの移動に合わせて、さりげなく後ろをついている。

そして、肝心のリアはそんな2人の様子をまったく気にしていない。


セレスは、ゆっくりと口元を緩めた。


「……え?」


そして、ぽつりと呟く。


「2人ともそうだったのね?」


セレスの顔にニヤニヤとした笑みが浮かんだ。


「これは……」


「セレス?」


突然、リアに声をかけられ、セレスは慌てて表情を戻した。


「はい?」


「何を見ているの?」


「いいえ。別に?」


セレスは、リアの後ろにいるアルとレオンを見た。


アルは穏やかな表情でリアを見ている。

レオンは、リアの手に料理が乗った皿があることを確認している。

そして、2人ともリアのことを、かなり気にかけている。


セレスは、再びにやりと笑った。


「……これは面白くなりそうね」


「何が?」


「なんでもないわよ」


リアは首を傾げた。

その横でアルが声をかける。


「リア様、こちらの料理はいかがですか?」


「あら、美味しそうね。ありがとう」


すると、レオンもすぐに声をかけた。


「リア様、飲み物はこちらに」


「ありがとう、レオン」


「いえ」


それを見ていたセレスは、目を細めた。


「……やっぱり」


「セレス?」


「なんでもないってば」


リアは、ますます不思議そうな顔をした。

そんなリアを見ながら、セレスは心の中で呟いた。


――本当に、本人だけが分かっていないのね。


宴は、夜遅くまで続いた。

料理を食べ、酒を飲み、歌い笑う。

ベルフォード領に、久しぶりに明るい声が響いていた。


リアは、少し離れた場所からその光景を見つめていた。


「初めてだわ」


「何がですか?」


リアの呟きにアルが尋ねる。


「自分で考えて、作って、売って……利益を出したの」


リアは、少しだけ照れたように笑った。


「これからも、もっと新しい産業を作っていきたいわ」


リアの目には、これからの未来が映っていた。


薬草、傷薬、そして、まだ見ぬ新しい産業。


ベルフォード領には、まだまだ可能性がある。

リアは、初めてその可能性を、数字として確認した。


ベルフォード領の新たな産業。

その最初の一歩は、確かな成功を収めたのだ。


「あっ、そういえば…」


セレスの呟きにリアは振り向く。


「どうかしたの?」


「この薬、実は――」


セレスはリアに聞こえるようにだけ耳元で話した。

そして、リアの瞳はセレスの言葉に大きく見開き、瞳を輝かせた。

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