第34話 薬師ギルドに認められなくても
外へ出ると、王都の大通りには多くの人々が行き交っていた。
商人、職人、子ども、老人。
彼らの中には、いつかこの薬を必要とする者がいるかもしれない。
3人はそんな王都を無言で歩いていた。
「リア様」
しばらくすると、アルが声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。やらないといけないことが、はっきりしたもの」
「やらないといけないこと?」
レオンの質問を聞きながら、リアは再び薬の入った箱へ視線を向けた。
「私たちの薬は確かなものよ」
リアは静かに言った。
「それを、これから証明するしかないわ」
「はい」
アルが頷く。
「しかし、どのように王都の人々に使ってもらうのですか?」
「それは――」
リアは、王都の街並みを見渡した。
そのときだった。
大通りの向こうから、騒がしい声が聞こえた。
「危ない!」
「馬車が来るぞ!」
リアが振り返る。
1台の荷馬車が、通りを走っていた。
どうやら馬が何かに驚いたらしい。
御者が必死に手綱を引いている。
「止まれ!」
しかし、馬は止まらなかった。
荷馬車は大通りを進み、その先にいた人々へ近づいていく。
「危ない!」
レオンが叫んだ。
次の瞬間、荷馬車が大きく傾いた。
積まれていた荷物が崩れ、荷台から落ちる。
それを避けようとした1人の商人が、地面へ倒れ込んだ。
同じ商人仲間と思われる人物が駆け寄る。
「うっ……!」
「大丈夫ですか!?」
リアたちもすぐに駆け寄った。
怪我をした商人は腕を押さえていた。
袖が裂け、そこから血が流れている。
「腕を……」
アルが傷を確認する。
「かなり深いですね」
「痛い……」
商人が苦しそうに顔を歪めた。
周囲には人が集まり始めている。
「誰か、薬師を呼べ!」
「無理だ!この距離でこの怪我だと間に合うわない…」
仲間の商人はその言葉を聞き、呆然と固まる。
リアは、商人の傷を見つめた。
そして、自分が抱えている箱へ視線を落とす。
その中には、ベルフォード領で作られた傷薬が入っていた。
「……」
アルがリアの視線に気づいた。
「リア様、その薬はまだ…」
リアは、箱を開けた。
「分かってるわ。でも、決めるのは私達ではないわ」
中から小さな容器を取り出し、怪我をした商人の仲間へ傷薬を見せた。
「これはまだ、薬師ギルドに認められていない傷薬です。……作ったのは、薬草に詳しいだけの薬師ではない女性です」
商人の顔に不安が浮かぶ。
「もちろん、無理にとは言いません」
リアは、まっすぐに見つめた。
「ですが、薬師ギルドの薬が間に合わない場合……」
リアは言葉を濁した。
「私たちはこの薬を、何度も試験してきました」
「……」
「ベルフォード領の騎士団にも使用してもらっています」
リアは薬を見つめた。
「強制はしません。でも、使っても構わないなら、すぐにでも使ってください」
リア達の話を聞いた商人は、怪我をした商人を見た。
血は、まだ止まっていない。
意識も無さそうだ。
「……どの道手立てはないんだ。それに、騎士団が使ってるなら大丈夫だろう。使ってくれ」
商人は苦しそうに言った。
「分かりました」
リアは頷いた。
薬師ギルドは、この薬を一度も試さずに否定した。
けれど、目の前には今、この薬を必要としている人がいる。
「リア様、では、自分が塗ります」
レオンがリアに声かける。
「お願いね」
レオンが傷口の周囲を確認する。
「まずは止血を優先しましょう」
そして、傷薬を慎重に塗りはじめた。
「……」
レオンは傷薬を塗り終わるとリアを見つめた。
「今すぐ効果が出るわけではありません。しばらく様子を見ましょう」
アルは傷口を確認した。
「ですが、止血はできたようですね」
「……そう」
リアは、ほっと息を吐いた。
「では、ここから経過を確認しましょう」
リアの言葉に付き添いの商人は顔を上げる。
「ありがとうございます。あなた方がいなければ…。」
リアはカバンの中に入れていた数本の傷薬を付き添いの商人へ渡した。
「これ、もし良かったら使ってください」
商人は貰えないと首を横に振る。
だが、リアは構わず続けた。
「無事に回復されることを祈っています」
「本当にありがとうございました」
そうして、リア達はその場を去った。
周囲に集まっていた人々が、薬と商人の傷を見つめている。
その中の1人が、ぽつりと呟いた。
「……ベルフォード領の薬」
別の人が続ける。
「辺境で作った薬だって?」
薬師ギルドでは、誰も試そうとしなかった薬。
けれど今、この王都で、初めてこの薬を実際に使った人がいる。
王都の片隅で、薬師ギルドに認められなかった小さな傷薬が、初めてその価値を試されようとしていた。
◇◇◇
翌日、リアたちが滞在している宿に、1人の男が訪ねてきた。
「ベルフォード領の方はいらっしゃいますか?」
「どちら様でしょうか?」
アルが応対すると、男は少し気まずそうに頭を下げた。
「昨日、荷馬車の事故で助けていただいた者です」
「あなたは……」
アルは、その顔に見覚えがあった。
昨日、怪我をした商人に付き添っていた男だった。
「リア様をお呼びしますので、少々お待ちください」
そう言って、アルはリアを呼びに向かった。
しばらくし、リアはアルに連れられてやってきた。
「改めまして、アルベルト商会のダリオと申します。昨日はありがとうございました」
男は、丁寧に頭を下げた。
「アルベルト商会……?」
リアは思わず聞き返した。
「ええ。そして、昨日怪我をしたのは、私の父――アルベルト商会の会長でした。」
王都で最大規模を誇る、あのアルベルト商会?
まさか、昨日助けた商人がそんな大商会の会長だったとは思わなかった。
「……え?」
リアは思わず目を見開いた。
「会長……?」
「はい」
リアはしばらく言葉を失った。
「……ベルフォード領の代理領主、ヴァレリア・ベルフォードよ」
「ベルフォード領の……代理領主?」
今度はダリオは驚いたように目を見開いた。
「ということは……、噂の――?」
「噂?」
「……いえ。失礼しました」
ダリオは、わずかに言葉を濁した。
「それで、その後の傷の具合はどう?」
リアが尋ねる。
ダリオは顔を明るくした。
「それが……」
リアは緊張で喉がゴクリと動く。
「あの後、意識を取り戻しました。昨日より、顔色も良くなりまして…」
「本当ですか?」
リアが身を乗り出す。
「ええ。今朝、包帯を交換するために見たら、傷の周りの腫れも昨晩よりマシになっていました」
「良かった」
リアはホッとした。
「本当に皆様のおかげです。ありがとうございました」
ダリオは深々と頭を下げる。
「それから……」
ダリオは少しだけ真面目な顔になった。
「昨日、あの薬のことを何人かに聞かれました」
リアは目を瞬いた。
「薬のことを?」
「ええ。あの怪我の治り方を見たアルベルト商会の仲間が、どこの薬なのかと」
ダリオはリアを見た。
「ベルフォード領の薬だと答えました」
リアの胸が、わずかに高鳴った。
「そうですか」
「あの…、薬師ギルドの登録はまだされてないとか?」
「ええ。実は門前払いだったの…」
ダリオは、腕を組んだ。
「……ですが、ベルフォード領の騎士団では使用されているのですよね?」
「そうです!」
レオンが力強く頷きながら応える。
「……もしやよろしければ、私共のアルベルト商会で取り扱わさせて頂けませんか?」
リアは商人の提案に驚く。
「いいのですか?薬師が作ったわけでもなければ、薬師ギルドの承認もない傷薬なんですよ?」
「薬の信憑性についてなら、問題ありません」
ダリオの言葉にリアたちは驚く。
「辺境とはいえ、貴族の私兵であるベルフォード領騎士団の使う薬…。それだけで、信憑性はありますよ」
ダリオの言葉にリアは息を呑む。
「すぐに王都全域で販売する、という話ではありません。まずは、父のように実際に必要としている者へ届けたいのです」
ダリオはリアを見つめる。
「もちろん、薬師ギルドの登録がない以上、表立って大々的に販売することは難しいでしょう」
リアは頷いた。
「ですが、商会として取り扱う方法がまったくないわけではありません」
ダリオは、リアをまっすぐに見つめた。
「それに、私共も商会です。善意だけで取り扱うわけではありません。この薬には、商売になる可能性があると考えています」
リアは、ダリオの言葉に目を瞬いた。
「……アルベルト商会で取り扱っていただけるなら、むしろ私たちからお願いしたいくらいよ」
「では、契約成立ですね」
ダリオの言葉にアルが立ち上がり、リアを見つめる。
「では、詳しい契約については私が動いてもよろしいですか?」
「ええ。お願いね」
そうして、アルとダリオは契約内容について話始めた。
リアは、しばらくその背中を見ていた。
「リア様」
レオンが声をかける。
「よかったですね」
「ええ」
リアは小さく笑った。
「でも、まだ始まったばかりよ」
リアは、薬の入った箱を見つめた。
「……けれど、認めてくれる人もいたわね」
薬師ギルドが認めなくても。
正式な薬師が作ったものでなくても。
実際に必要とする人の手に届けば、薬は薬として役に立つ。
「これから、もっと多くの人に知ってもらえるかもしれませんね」
レオンが言った。
「ええ」
リアは頷いた。
まだ、薬師ギルドは認めていない。
それでも、リアたちの薬は確かに一歩を踏み出していた。
そしてリアは、まだ知らなかった。
この取引が、やがてベルフォード領の薬をめぐる大きな騒動へとつながっていくことを。




