第33話 薬師ギルドの反発
ベルフォード領で作られた初めての治療薬を積んだ馬車が、王都へ向かっていた。
「いよいよ王都ですね」
アルが窓の外を見ながら言った。
「ええ」
リアは、隣に置かれた小さな箱へ視線を向けた。
その中には、セレスが作った傷薬が入っている。
「この薬が、王都で認められれば……」
この薬が売れるようになれば、ベルフォード領には新しい仕事が生まれる。
薬草をただ売るだけではない。
ベルフォード領で薬を作り、その薬を多くの人に届ける。
それが実現すれば、領地の新しい産業になるかもしれない。
「リア様」
向かいに座っていたレオンが声をかけた。
「緊張していますか?」
「少しだけね」
リアは正直に答えた。
「でも、楽しみでもあるわ」
「楽しみ?」
「ええ」
リアは薬の入った箱を見つめた。
「この薬が、王都でどのように評価されるのか知りたいの」
「セレス様の薬なら、きっと大丈夫でしょう」
アルが言った。
「まだ試験段階ではありますが、少なくとも騎士団では問題なく使えています」
「そうね」
リアは頷いた。
「だからこそ、きちんと評価してもらいたいわ」
やがて、馬車は王都へ到着した。
王都の薬師ギルドは、街の中心部にある大きな建物だった。
石造りの建物の前には、多くの人が出入りしている。
薬草を積んだ荷車。
薬を運ぶ商人。
白い衣服を身につけた薬師たち。
「ここが薬師ギルド……」
リアは建物を見上げた。
「大きいわね」
「王都中の薬師が関わっている場所ですから」
アルが言う。
「なるほど」
リアは少しだけ背筋を伸ばした。
「行きましょう」
3人は薬師ギルドの中へ入った。
受付で用件を伝えると、しばらくして一人の男性が現れた。
「ベルフォード領の方々ですね」
年齢は50代ほど。
整えられた髭に、質の良い衣服。
胸元には、薬師ギルドの紋章が刻まれている。
「はい」
リアは頷いた。
「本日は、薬の登録についてご相談がありまして」
「薬の登録?」
男性はリアを見た。
「はい。こちらの薬です」
リアは持ってきた箱を開けた。
中から、小さな容器を取り出す。
「ベルフォード領で作った傷薬です」
「……」
男性は、容器を見つめた。
そして、わずかに眉をひそめる。
「ベルフォード領?」
「はい」
「辺境のベルフォード領ですか?」
「ええ」
リアは頷いた。
男性は、リアの手元にある薬を見た。
それから、リアの顔を見る。
「……なるほど」
「何か?」
「いえ」
男性は、薄く笑った。
「まさか、ベルフォード領が薬を作ったとは思いませんでしたので」
その言葉に、アルの眉がわずかに動いた。
「薬草の栽培と採取を行っていたのはご存じでしょうか?」
「ええ」
男性は頷いた。
「ベルフォード領の薬草については、聞いたことがあります」
「それなら――」
「ですが」
男性はリアの言葉を遮った。
「薬草を作ることと、薬を作ることは別でしょう」
「……」
リアは黙った。
男性は薬の入った容器を手に取った。
「これが、ベルフォード領で作られた薬ですか」
「はい」
「どのような薬でしょう?」
「傷薬です」
リアは答えた。
男性は容器をしばらく眺めた。
「それで?」
「え?」
「何が特別なのですか?」
リアは一瞬、言葉に詰まった。
「薬草に詳しい人物の知識をもとに、薬草の組み合わせや加工方法を研究して作りました」
「薬草に詳しい人物というのは?」
「セレスという女性です」
「セレス? 聞いたことがありませんね。薬師なのですか?」
「……正式な薬師ではありません」
男性の表情が変わった。
「正式な薬師ではない?」
「ええ」
「では、誰がこの薬を作ったのですか?」
「セレスが――」
「薬師ではない者が?」
男性は、薬を机の上へ戻した。
「それは薬とは呼べないでしょう」
リアの表情が固まった。
「……なぜですか?」
「薬とは、誰でも作れるものではありません」
男性は淡々と続けた。
「一歩間違えると、副作用がおきることもある。最悪、後遺症だって残るのですよ」
リアは静かに答えた。
「ええ。なので、その部分に関しては試験も行っています」
「試験?」
「騎士団に協力してもらい、実際に傷の手当てに使用しました」
「研究を始めて、どのくらいになるのですか?」
「本格的に始めてから、3 か月ほどです」
「……たったの3 か月?」
男性は、呆れたように笑った。
「はい」
リアは答えた。
「ですが、この3か月間は薬草の採取時期や乾燥方法を変え、配合や加工方法を何度も試しました」
「それで、実際に何人の人間に使ったのです?」
「騎士団の中で、30人ほどです」
「30人?」
男性は鼻で笑った。
「たった30人に使っただけで、薬として認めろと?」
「人数は30人ですが、訓練中の擦り傷や切り傷などで使用したので、延べ100回以上は確認しています。すべて、問題なく使えました」
「問題なく使える?」
男性は小さく笑った。
「それだけで薬だと?」
リアは黙った。
男性は、薬の入った容器を指で軽く叩いた。
「ベルフォード領の薬草が良いものだという話は聞いています」
「……」
「しかし」
男性は冷たい視線を向けた。
「薬草と薬は違います」
「ええ」
リアは頷いた。
「薬草は誰のものでも構いません。ですが、薬は信頼が第一です。その証明として、我々薬師ギルドがあるのです」
男性は言葉を続ける。
「それを、薬師ギルドにも所属していない、田舎の薬草に詳しいだけの女が作った薬?」
男性は馬鹿にしたように笑った。
「あなた方の薬の信頼の在り処は何ですか?」
「それは……」
「薬師ギルドに所属すらしていない者が作ったものを、簡単に薬として認めるわけにはいきません」
リアは静かに答えた。
「私たちはただ、役に立つ薬を作りたいだけです」
「役に立つ?」
男性はリアを見つめた。
「薬とは、役に立つかどうかだけで決まるものではありません」
男性は、少しだけ目を細めた。
「誰が作ったのか」
「……」
「どのような知識を持つ者が作ったのか」
男性は続けた。
「どのような資格を持っているのか」
リアは薬を見つめた。
「あなた方の薬は、認められません」
男性は、はっきりと言った。
リアの手が、わずかに握り締められる。
「なら、この傷薬を認めたり、監修してくださる薬師がいたらいいですか?」
「しつこいですね。我々も忙しいのです。どうぞお引き取りください」
男性は、話はこれで終わりというように立ち上がった。
「待って! 効果だけでも確認してもらえませんか?」
リアは必死に引き止める。
「必要ありません」
「なぜですか?」
「認めるつもりがないからです」
その言葉に、室内の空気が止まった。
アルが静かに息を吸う。
レオンも、険しい表情で男性を見つめていた。
リアは、机の上に置かれた小さな薬を見た。
ベルフォード領で作られた初めての治療薬。
セレスが知識を使い、何度も試行錯誤を重ねて作った薬。
騎士団が実際に使った薬。
それを、この男は一度も試すことなく否定した。
「……そうですか」
リアは、ゆっくりと顔を上げた。
男性は勝ち誇ったように微笑んだ。
「理解していただけましたか?」
「ええ」
リアは頷いた。
「よく分かりました」
リアは薬を手に取った。
「あなたの言うことは正しいと思って、ずっと聞いていました」
男性の笑顔が消えた。
「ですが、違った」
「何がです?」
「薬の安全性を心配しているのなら、実際に調べればいいはずです」
リアは男性をまっすぐに見つめた。
「使用人数が少ないというのなら、さらに試験をすればいい」
「……」
「薬師ギルドに所属していないことが問題なら、監修してくれる薬師を探せばいい」
男性の表情が険しくなる。
「しかし、あなたは最初から――」
リアは薬を見つめた。
「ここでは、薬の中身を見てもらうことはできないのですね」
「当然でしょう」
男性は鼻を鳴らした。
「薬師ギルドを何だと思っているのですか?」
「そうですか」
リアは頷いた。
そして、静かに言った。
「では、別の方法を探します」
「別の方法?」
「ええ」
リアは薬を箱へ戻した。
「この薬を必要とする人に、実際に使ってもらいます」
男性は、呆れたように笑った。
「好きにすればいいでしょう」
「そうします」
リアは立ち上がった。
「そして、いつか」
リアは、薬師ギルドの紋章を見つめた。
「この薬を、あなた方にも認めさせます」
男性の表情が険しくなる。
「辺境の草を薬と呼ぶとは笑わせる」
「……」
「王都で、そんなものが通用すると思わないことです」
リアは、静かに振り返った。
そして、薬師ギルドの紋章をまっすぐに見つめる。
「それを決めるのは、あなたではありません」
「何?」
リアは薬の入った箱を抱え直した。
「実際に使う人たちです」
そう言い残し、リアたちは薬師ギルドを後にした。




